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第33話: 情報屋の末路と血染めの脅迫状

 情報屋ラット=ドゥネイブから引き出した情報を元に、レオルガン皇太子はライル騎士隊長率いる帝国の精鋭騎士団を編成し、夜陰に乗じて帝都アヴァロンの東地区に隠された『蛇』の紋章の組織のアジトの一つを急襲する作戦を決行した。


 私もまたレオルガンの許可を得て、安全な場所からではあるが、ミーアと共にその作戦の行方を見守ることになった。


 月明かりだけが頼りの深夜。騎士団は音もなくアジトとされる古い倉庫を包囲し、突入の準備を静かに進めていた。


 倉庫の窓からは明かり一つ漏れておらず、不気味なほどの静寂が漂っている。嵐の前の静けさのようであり、既にもぬけの殻であるかのようでもある。


(心の声も聞こえない——

 中はどうなっているのかしら?)


「各隊、準備はいいか! 合図と共に突入する!」


 ライルの低い、緊張感を帯びた声が、私たちが隠れている場所まで微かに届く。


 私の胸は、期待と不安で高鳴っていた。


(もしここで組織の幹部を捕らえるか

 もしくは重要な情報を手に入れられたら

 私たちの戦いは大きく前進するはず……)


 だが、私の心の奥底では、何か不吉な予感が渦巻いていた。


 実はラットから情報を引き出した時、「心の声」は確かに罠を仕掛けようとしていたが、同時に『蛇』の組織に踊らされているだけのような、危うい響きも感じられたのだ。


(思い過ごし——? でも「心の声」が……)


 突入の合図と共に、ライル率いる部隊が鬨の声を上げてアジトの扉を蹴破って中へ雪崩れ込んだ。


 しかし、ほどなくライルが悔しげな表情で倉庫から出てきて、レオルガンに報告した。


「殿下、申し訳ございません!

 敵の姿は一人も見当たらず……

 もぬけの殻でございました!


 どうやら我々の動きを事前に察知し

 撤退した後だったようです」


「なに……!?」


 レオルガンは、厳しい表情で唇を噛んだ。予感が的中してしまった。敵は、私たちの動きを完全に読んでいたということだ。


 あるいはラットの情報は正確だったかもしれないが、組織はそれ以上に迅速かつ巧妙に動いていたのかもしれない。


(やはり……。

 ラットが情報を漏らした時点で

 この結果は予測されていたのかもしれないわ。

 あの男も捨て駒として利用されていただけか……)


 敵の用意周到さと情報網の速さに、改めて戦慄した。私たちの想像を遥かに超える、恐るべき組織なのだ。


 失意の中でアジトの内部を捜索していた騎士の一人が、壁の隠し場所に残された一枚の羊皮紙を発見した。


「こんなものが——!」


 それは、明らかに私たちに向けて残されたものだった。私たちを嘲笑うかのような、次の計画を示唆する暗号めいた詩が震えるような文字で記されていた。


『星が揃う時、器は満たされん。

 月の谷にて、古き宴は開かれん。

 蛇は目覚め、世界は新たなる息吹を得ん。

 ケルベロスの娘よ、汝の絶望こそ

 我らが祝杯とならん』


 さらにその詩の下には、血文字で書かれた明確な脅迫が添えられていた。


『次はないぞ、ケルベロスの娘。詮索は死を招く』


(やはり筒抜けだったのね……

 それにしても——

 「月の谷」……「器」……?

 まさかイヴァールのこと……!?

 ——これもヒントに代えて情報収集しないと)


 私はここから、組織が「器」すなわちイヴァールと、「月の谷」——おそらくは古き民の隠れ里を、次の標的として狙っているということを推測した。


 イヴァールの持つかもしれない「古き民の力」を利用して、何か恐ろしい儀式を行おうとしている——そういうことではないか。


 新たな脅迫と次の計画が示唆されており、私は強烈な恐怖と、イヴァールを守らねばならないという焼けつくような使命感を抱いた。


「思い通りになんて、させるものですか——!」



 一方、情報屋ラット=ドゥネイブの末路は悲惨なものだった。私たちとの接触と情報漏洩が露見し、口封じのために、組織の刺客によって無残にも暗殺されたのだ。


 死体は数日後、下層地区のゴミ捨て場で発見されたという。哀れだが当然の報いと言えるかもしれないが、後味の良いものでは決してなかった。


(非情な組織ね……

 裏切り者には容赦しないということだわ)



 この一連の出来事を受けて私とレオルガンは、『蛇』の組織との戦いが、より危険な段階に入ったことを悟った。イヴァールと「月の谷」が次の標的であるならば、私たちは早急に対策を講じなければならない。


(まずは——「月の谷」と「古き民」……

 エレオノーラ妃の資料をもう一度読み解くべきだわ)


 レオルガンも同じことを考えていたようで——


「『月の谷』……。

 エレオノーラの日記にも

 それらしき記述があったはずだ。

 急いで調べよう、ロマンシア。


 イヴァールを……

 そして、この国を奴らの毒牙から守るために」


 レオルガンのアイスブルーの瞳には、強い決意と、そして私への揺るぎない信頼の光が宿っていた。


「ええ。

 イヴァールは、わたくしたちが

 必ず守り抜きましょう。

 『蛇』の組織の野望も、必ず打ち砕いてみせます」


 私もまた、その目を見つめ返し力強く頷いた。

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