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第27話: 詩歌の真価と老害の終焉

 新春の詩歌コンクール当日。ヴァリスガル皇宮の大広間は、朝から華やかな熱気に包まれていた。壁には色とりどりのタペストリーが飾られ、天井からは巨大なシャンデリアが眩い光を放っている。


 会場には帝国の有力貴族や文化人、そして友好国の使節団の姿も見え、誰もが、これから繰り広げられるであろう詩歌の競演に期待を寄せているようだった。


 レオルガン皇太子も皇族席に座り、そのアイスブルーの瞳で静かに舞台を見守っている。


 彼の隣には、特別審査員として招かれたという、隣国アルビオンの著名な詩人、レディ・イーソベールの姿もあった。彼女は、若いが公正な目を持つと評判の女性だ。


 審査委員長席には、マエストロ・コーレンタール=オルシーニが、いつにも増して尊大な態度で鎮座していた。彼の顔には、自信と私への悪意が隠しきれないほど滲み出ている。



 数名の参加者が次々に、緊張した面持ちで自作の詩を披露していく。伝統的な形式に則ったもの、斬新な試みを取り入れたもの、様々だ。会場からは、時に賞賛の拍手が、時に戸惑いの囁きが起こる。


 そして、ついに私の番が来た。


「続きましては——皇太子妃候補

 ロマンシア=ケルベロッサ様でございます!」


 司会者の声が響き渡ると、会場の注目が一斉に私に集まった。私は、アラン=セレスターが選んでくれた、深い森の色を思わせる落ち着いたドレスに身を包み、ゆっくりと舞台の中央へと進み出る。手には、アランと共に練り上げた詩稿を握りしめている。


 緊張はあった。だがそれ以上に、この日のために準備してきた全てを出し切るという、強い決意が私の胸にはあった。そして、あの老害詩人の鼻を明かしてやるという、密かな楽しみも……


 私は深く息を吸い込み、我ながら一度目の人生では出したことがないくらい凛とした声で、詩を読み始めた。


「古き風 新しき光 交わりて

 今 帝国の 暁鐘は鳴る


 忘れ去られし大地の声 魂の底に行き渡り

 氷解の涙は 春の風となり

 凍てつく大地を温もらす


 万象は手を取り合い 新たなる調べを奏で始め

 荊棘の道に咲き誇る花

 その名も希望 未来を照らす


 ああ ヴァリスガルの空に

 今 真実の夜明けが訪れん——」


 そう読み終わると、会場は一瞬の静寂に包まれた。


 次の瞬間、割れんばかりの拍手と賞賛のざわめきが、波のように押し寄せてきた。多くの聴衆が、私の詩の斬新さと、そこに込められた情熱に心を動かされたようだ。


 ——が、次の瞬間。その感動の空気を無粋に遮るように、審査委員長のコーレンタールが、顔を真っ赤にして立ち上がった。


「静粛に! 静粛に願いたい!

 このようなものは、詩ではない!

 断じて詩などと、呼んではならない!」


 彼の甲高い声が、会場の熱気を冷ややかに切り裂く。


「これは、ただの言葉の羅列!

 形式を無視した駄作!

 伝統あるこの詩歌コンクールを汚す

 許し難い冒涜行為である!


 皆様方の御前で

 このような軽薄な言葉遊びを披露するとは

 皇太子妃候補として備えるべき

 品位のかけらさえも微塵も見受けられない!」


 コーレンタールは権威を盾に、私と私の詩を徹底的に叩きまくった。彼の取り巻きである数名の保守的な審査員たちも、待ってましたとばかりに頷き、彼に追従する。


 会場の雰囲気は一変し、再び不穏な空気に包まれ始めた。


(やはり来たわね。

 けれどまるっきり想像通りだわ!

 あなたのその古臭い価値観では

 真の芸術の価値は測れないのよ——)


 私は、彼の怒声にも臆することなく静かに、毅然とした態度で反論を開始した。


「マエストロ・コーレンタール。

 お言葉を返すようですが……

 詩の価値は、定められた形式だけに

 あるのでしょうか?


 わたくしは、そこに込められた魂

 そして聴く者の心を動かす力こそが

 詩の本質だと信じております」


 私の言葉に、早くも会場の一部から「そうだ!」という声が上がる。これは想像外だった。思わず私も言葉が止まらなくなる。


「わたくしがこの詩に込めたのは

 ヴァリスガル帝国の輝かしい未来への祈り

 多様な文化が共存することの素晴らしさ

 そして古き伝統を尊重しつつも

 新たな時代へと踏み出す勇気でございます。


 もしそれが『軽薄』だと仰るのであれば

 それはマエストロ——あなたご自身の心が

 新しいものを受け入れる柔軟性を

 失ってしまっている証拠ではございませんの?」


「なっ……!」


 私の魂からの言葉は多くの聴衆の心を捉えた。特に、若い世代の貴族や、芸術家を志す者たちの間からは、私を支持する声や拍手が、徐々に大きくなっていく。


 レオルガンもまた、そのアイスブルーの瞳に温かい光を宿し、私に向けて力強い拍手を送ってくれている。


「伝統とは、守り伝えるべきものと

 時代と共に進化させていくべきものがあるはずです!


 わたくしの詩が

 その新たな一歩となることを願ってやみません!」


 私の言葉は、会場の空気を再び私の側へと引き寄せた。コーレンタールは、顔を真っ赤にして反論しようとするが詩人のくせに言葉に詰まってしまっている。権威が、今まさに揺らぎ始めているのがありありと分かった。


 その時、審査員席から、レディ・イーソベールが静かに立ち上がった。


「マエストロ・コーレンタール。

 失礼ながら申し上げます。


 ロマンシア様の詩は、誠に素晴らしいものでした。

 その斬新な形式。力強い言葉。

 そして何よりも、未来への希望に満ちたテーマ。


 これこそ、新しい時代の詩歌が目指すべき姿の

 一つではないでしょうか」


 彼女の澄んだ声は、会場全体に響き渡った。


「あなたの審査はあまりにも偏狭であり

 新しい才能を潰そうとするものにしか聞こえません。

 芸術とは常に変化し、進化していくものです。

 古い形式に固執し、新しい風を恐れていては

 芸術の発展はないものと心得ております」


 レディ・イーソベールの鋭い批判に、他の公正な目を持つ審査員たちも次々と同調し、ロマンシアを支持し始めた。


 コーレンタールは完全に孤立無援となった。取り巻きたちも慌てて距離を取り、保身に走ろうとしているのが見て取れた。


 権威はこの瞬間、完全に失墜した。彼は屈辱と絶望に顔を歪め、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 結果——これは思わぬ幸運だったが、私の詩はコンクールで最高評価を得た。会場は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれ、私にとってもまたとない時間になった。


 こうしてマエストロ・コーレンタール=オルシーニの目論見は完全に外れ、逆に自分の視野の狭さ、権威主義、そして新しい才能への嫉妬心が白日の下に晒された。


 副産物として風通しも随分よくなったようで、「若い詩人たちからも公然と批判の声が上がるようになった。これで帝国の文化にも、新しい風が吹き始める。


 私もレオルガンや多くの人々から勿体ない言葉をもらい、宮廷における私の地位と影響力がさらに高まることになった。


「見事だった、ロマンシア。

 君の詩は、帝国の未来を照らす光だ」


 レオルガンは私の手を取り、そのアイスブルーの瞳に、誇らしさと以前よりもずっと深い愛情の色を浮かべながらそう言ってくれた。


「身に余る光栄でございます、殿下。

 この光を、絶やすことなく灯し続けたいと

 思いますわ」


 私は心からの笑顔で彼に答えた。この勝利は、私一人のものではない。アランの協力、レオルガンの支持、そして何よりも、新しいものを恐れずに受け入れる人々の心があったからこそ、成し遂げられたのだ。


 しかしこの後、あの『蛇』の紋章の組織の仕業と思われる事件が、再び勃発するのだった。

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