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第23話: 私たちの作戦と、自ら破滅へと向かう古狐

 バルドゥス卿の流した悪質な噂は、まるで染料を垂らした水のようだ。宮廷内にじわじわと広がり続けている。


 これで私の評判は再び地に落ち、改革への期待は疑念へと変わりつつある。しかし私は焦らない。全て、あの老獪な狐を罠にかけるための、計算された布石なのだ。


 ミーアとリリアの調査は、着実に進んでいる。彼女たちの有能さは、私の予想を遥かに超えている。


 ミーアは、彼女独自の謎めいた情報網を駆使し、バルドゥス卿の不正な金の流れを示す帳簿の写しの一部を入手することに成功した。


 それは、彼が特定の御用達商人から長年にわたり多額の賄賂を受け取り、その見返りとして、質の悪い商品を法外な価格で宮廷に納入させていたことを示している。これは決定的な証拠となり得るものだ。


「素晴らしいわ、ミーア。よくやったわね」


「恐れ入ります、ロマンシア様。

 ですが、これはまだ一部です。

 完全な証拠を掴むには、もう少し時間が必要かと」


「ええ、分かっているわ。慎重に進めてちょうだい」


 一方、リリアは持ち前の明るさと人当たりの良さを活かし、侍従たちの間で情報収集を進めていた。


 バルドゥス卿の横暴な振る舞いや、彼と癒着している商人たちの噂、そして彼が過去にも同様の手口で私腹を肥やしていたという証言。これも彼の悪事を裏付ける状況証拠として、積み重なっていく。


 そこに、さらなる協力者が現れた。図書室で知り合った歴史編纂室所属で学者肌の書記官、アラン=セレスターだ。


 私が宮廷の会計記録に不審な点を感じていると仄めかすと、純粋な知的好奇心と、おそらくは私への僅かな好意から、自ら協力を申し出てくれた。


「ロマンシア様。

 もしよろしければ、私も過去の会計記録の調査を

 お手伝いいたしましょうか?

 私の専門知識がお役に立てるかもしれません」


 彼の心の声は、不正を許せないという正義感と、この複雑な謎を解き明かしたいという学究的な探求心に満ちている。


「ありがとう、アラン。

 あなたの助けは心強いわ。

 でも、危険なことに

 関わらせてしまうかもしれないのよ?」


「構いません。

 真実を明らかにすることこそ、私の使命ですから」


 彼の言葉に嘘はなかった。アランは、皇立図書室の古文書を丹念に調べ上げ、バルドゥス卿の会計処理における不自然な支出や、帳簿の改竄を示唆する矛盾点をいくつも発見し、私に報告してくれた。


 ミーア、リリア、そしてアラン。皆の集めてくる確たる証拠。それは私に正義の実現への確信と、悪を断罪することへの強い意志を与えてくれる。


(これで役者は揃ったわ。

 あとは、バルドゥス卿が自ら

 墓穴を掘るのを待つだけよ)


 予想した通り、バルドゥス卿は焦り始めていた。自身が流した噂が、思ったように私を貶める効果を上げていないどころか、逆に私が何かを探っていることに薄々気づき始めたのだ。


 私が自分の不正に近づいているのではないかと、疑心暗鬼に陥り、苛立ちを募らせている。


『あの小娘……一体何を嗅ぎ回っているのだ!?

 まさか、私の……いや、そんなはずは……!』


『証拠は全て隠滅したはずだ……

 だが、万が一ということもある……!』


 焦ったのか、これ以上私が調査を進める前に、より直接的で大胆な妨害工作を画策し始めたようだ。


 例えば、残っているかもしれない証拠を完全に隠滅しようとしたり、私の協力者であるミーアやアランを脅迫しようとしたり。だがすべて完全な悪手だ。


 そしてついに、自滅への最後の一手を打ってきた。


 次の宮廷会議で、私が進めている改革に必要な予算案を盾に取り「会計処理に不正の疑いがある」として差し止め、私を公の場で弾劾しようと計画している——という情報がリリアからもたらされたのだ。


 これが起死回生の一手だと信じ込んでいるらしい。


(愚かね、バルドゥス卿。

 私にとって最高の舞台を用意してくれるなんて)


 私は、彼の「心の声」を完全に把握していた。弾劾という形で自爆し、その不正が白日の下に晒される。若干、罪悪感が芽生える。だが、必要なことだと自分を鼓舞する。


 私はすぐにレオルガンにこの計画を伝え、宮廷会議での協力を取り付けた。彼もまたバルドゥス卿の最後の悪あがきを冷ややかに見ており、この機会に帝国の寄生虫を完全に駆除することに同意してくれた。


「バルドゥス卿。

 いよいよ最後の勝負に出るつもりのようですわ。

 まさか、自ら破滅に向かっているとも気づかずに」


 テーブルを挟んで、私はレオルガンに微笑みかけた。


「返り討ちにしてやろう。

 帝国の綱紀粛正のためにも、良い機会だ」


 レオルガンもまた、冷徹な笑みを浮かべて応じた。私たちの間にはもはや疑念の影はなく、確かな信頼と共闘の意志が通い合っている。



 宮廷会議の前日。まさに神の采配とでも言うべきか、決定的な出来事が起こった。バルドゥス卿の不正を長年手伝わされ、その罪悪感と身の危険を感じていた彼の元部下の一人が、夜陰に紛れて私の元を訪れ、全てを密告したのだ。


「こ、このままでは私も破滅する……!

 どうか、お助けくださいロマンシア様!

 バルドゥス様の悪行の全てをお話しいたします!」


 彼は震えながら、バルドゥス卿の不正の具体的な手口、賄賂の受け渡し場所、そして隠し帳簿の存在まで、詳細に語ってくれた。どれも私たちの掴んでいた証拠を裏付け、さらに強固にする、決定的な証言だった。


「よく勇気を出してくれました。

 あなたの正義とこれからの生活は

 わたくしが保証します。


 宮廷会議で、

 ありのままを証言していただけますか?」


「は、はい! 喜んで!」


 この密告は私の計画をさらに盤石なものとし、勝利への絶対的な自信を与えてくれた。全ての準備が整ったのだ。


 宮廷会議当日。私は静かに決戦の時を待つ。


 バルドゥス卿は自信に満ち溢れた表情で登壇し、私が提出した予算案の「不正」を声高に指摘し始めた。会場は緊張感に包まれ、貴族たちは固唾を飲んで成り行きを見守っている。


「ロマンシア様の提出されたこの予算案には

 看過できぬ不正が見受けられます!

 これは断じて許されるべきものではありません!


 ロマンシア様。

 あなたには皇太子妃候補の資格も

 この国を改革する資格もございませんぞ!」


 用意してきた偽の証拠書類を掲げ、熱弁を振るう。その顔には、勝利を確信した醜い笑みが浮かんでいた。


 私は彼の言葉を静かに聞いていた。申し訳ないと思いつつ心の中では、冷ややかに彼の愚かさを笑いながら。


(さあ、思う存分踊るがいいわ、バルドゥス卿。

 その舞台はあなた自身のために

 用意されたものなのだから——)


 彼の『告発』が終わった瞬間、私は静かに立ち上がった。反撃の狼煙を上げるために。旧体制の亡霊に、新しい時代の風を見せつけてやるために。


 長い夜も、こうやって明けていくのだ。

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