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第18話: スパイ疑惑の罠 ——国家反逆と絶望の淵

 自室での襲撃事件。それは私とレオルガン、そして私たちの周囲に、これまで以上の衝撃と緊張感をもたらした。


 『蛇』の紋章の組織が、高度に訓練された暗殺部隊を投入し、しかも自らの紋章を残していったということは、彼らがもはや潜伏を止め、より大胆な行動に移るつもりであることを示唆していた。


 最後通牒であり、全面戦争の始まりを告げる狼煙だったのだ。


 というのも敵の攻撃は、それだけでは終わらなかったからだ。物理的な脅威と並行して、彼らはより狡猾で悪質な罠が続いた。


 それは、私の社会的信用を完全に失墜させ、皇太子妃候補の座から引きずり下ろし、そしてレオルガンをも窮地に陥れるための大規模なスキャンダル工作だった。



 襲撃事件から数日後、宮廷内に、そして帝都の民衆の間にまで、悪意に満ちた噂が、燎原の火のように広まり始めた。


『あの襲撃事件は

 ケルベロス令嬢の自作自演だったのではないか?』


『皇太子の同情を引き

 自分の立場を有利にするための

 計算された芝居だったのでは?』


『彼女は自分の目的のためなら

 人の命さえ利用する真の悪女だ!』


 火元はおそらくグロリア姉様と、彼女に同調する宰相派の残党、そしてその背後にいる『蛇』の紋章の組織だろう。


 「心の声」も——


『今度こそあの女を、社会的に抹殺してやる』


『襲撃を逆手に取り、民衆の憎悪を煽るのだ』


『皇太子もろとも失墜させてくれる!』


 ——という卑劣な喜びと悪意に満ちていた。


 彼らは情報を巧みに操り、人々の不安や不満を利用して、私とレオルガンへの敵意を増幅させようとしていたのだ。


(自作自演ですって……?

 またしてもそんな……! ふざけないで……!)


 怒りに体が震えた。命懸けで襲撃を切り抜けたというのに、それを自作自演だなどと。


 だが怒っていても始まらない。この噂は、周到に準備された次なる罠への布石と考えるべきなのだから。


 そして「次の罠」は、思ったよりもさらに早く、最悪のタイミングで発動した。


 隣国アルビオンからの賓客を歓迎するために開かれる、盛大な夜会。


 それはヴァリスガル帝国にとって、外交的にも政治的にも極めて重要なイベントだった。


 しかも皇太子妃候補である私が、レオルガン皇太子と共に、その夜会のホスト役を務めることになっていたのだ。


 この場で私の信用が失墜すれば、それはヴァリスガル帝国全体の威信に関わる問題となる。敵は、まさにそこを狙ってきたのだ。



 夜会の数日前、衝撃的な事件が起こった。レオルガン皇太子の執務室から、国家機密に属する書類が数点、盗まれたというのだ。


 盗まれたのは、アルビオン王国との外交に関する極秘文書、そして帝国の防衛計画に関する最高機密資料の一部。


 これが外部に漏れればヴァリスガル帝国は計り知れない損害を被ることになる。


 悪夢は繰り返された。その盗まれた機密書類の一部が、なんと、私の私室から「発見」されたのだ。


 もちろん私には全く身に覚えがない。何者かが、ライルたちの厳重な警備を掻い潜り、私の部屋に忍び込み、書類を隠したのだ。


 おそらく自作自演の噂を流したのと同じ、敵対勢力の仕業だろう。だがどうやって? 内部に協力者がいるということなのだろう——。


 状況は私にとって最悪だった。機密書類の窃盗、そしてスパイ疑惑。


 自作自演の噂が広まっていたことも相まって、多くの者は私がアルビオン王国、あるいは他の敵対国に通じ、国家への反逆を企てている、と信じ始めていた。


 【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】が捉える宮廷内のノイズも、私への疑念、非難、そして——


『やはり悪女だったのだ』

『国を売るつもりだったのか!』


 ——という、怒りと失望の響きで満ち溢れていた。レオルガンへの信頼も揺らぎ始めており、


『皇太子はなぜあのような女を……』


 という声も聞こえてくる。


「どういうことなの、これは……!

 何もかも仕組まれている……!」


 私は自室でミーアとリリアを前に、激しい怒りと焦りに駆られていた。リリアは、顔面蒼白で震えている。


「も、申し訳ございません、ロマンシア様……

 わ、私にも、何が何だか……

 警備は完璧だったはずなのに……」


 私の能力を通じてみても、ミーアは混乱と恐怖を示しており、今回の件に彼女が直接関与していないことは明らかだった。


「敵は、私を完全に陥れるつもりよ……!

 夜会で、このスパイ疑惑を公表し

 私を国家反逆者として断罪するつもりなんだわ!」


 仮面舞踏会の時と同じ、いや、それ以上に悪質で致命的な罠。外交問題にまで発展しかねないこのスキャンダルは、もはや言い逃れできないかもしれない。


 前世の断頭台が、現実のものとして、再び私の目の前に迫ってきているような気がした。


「ミーア。

 何か手掛かりは? 誰が私の部屋に侵入したのか……

 内部の者の犯行の可能性は?」


「……申し訳ございません。

 侵入の形跡は一切見当たりません。


 警備にあたっていた騎士・ライルや

 他の近衛兵たちも

 何も異常はなかったと証言しています。


 もしこれが人為的なものだとしたら、

 我々の警備体制の根幹を

 揺るがすほどの内部協力者か……


 あるいは噂の『蛇』の紋章の組織が持つという、

 ごく一部の幹部のみが使える

 空間転移のような特殊な『力』でも使わない限り……


 まるで魔法か何かで

 瞬間的に現れたかのようです……。

 通常の手段では考えられません」


 ミーアは悔しげに唇を噛んだ。彼女の有能さをもってしても、敵の巧妙すぎる手口を防ぎきれなかったのだ。


(魔法……?

 まさか、『蛇』の紋章の組織は

 そんな力まで持っているの……?)


 さらに悪いことに、エルザが語った「前皇太子妃の死に関する証言」——これもまた、敵対勢力によって巧妙に利用されようとしていた。


 彼らは、私が前皇太子妃の死を利用してレオルガンに取り入り、さらにはその死の原因を政敵になすりつけようとしている、という偽の情報を流し始めたのだ。


 私が持つ知識や行動が、全て悪意ある計算に基づくものであるかのように、歪曲されて伝えられていく。


(前妻の死とスパイ疑惑……

 この二つを結びつけて

 私を完全な悪女——

 そして国家反逆者として断罪する……

 これが敵の描いた最終的な筋書き!)


 そんなことが分かったところで——絶体絶命だ。アルビオン王国歓迎夜会まで、時間はあと僅かしかない。


 このままでは私は再び、断頭台へと送られることになるかもしれない。いや、今回は国家反逆罪だ。処刑だけでは済まない——ケルベロス家も跡形も残らないだろう。まあ、お姉様たちがどうなったとて、という気もするが。


(どうすれば……?

 どうすればこの状況を覆せる……!?

 証拠は、ない……! 時間も、ない……!)


 焦りと絶望が私を押し潰そうとする。前回の人生の記憶がフラッシュバックする。


 断頭台の冷たさ、民衆の罵声、そして無力なまま死んでいった自分の姿。


(いや……! 諦めては駄目……!

 まだ、方法はあるはず……!

 私には前世にはなかった力が……!)


 私は奥歯を強く噛み締めた。そうだ、私には武器がある。


 【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】、ミーアとリリア、そして——レオルガン皇太子との絆が。


(彼に……レオルガンに全てを託すしかない……!

 彼を信じるしかない……!)


 それは大きな賭けだった。彼が私を信じてくれる保証はどこにもない。むしろ、これだけの状況証拠が揃っていれば、彼自身も私を疑っているかもしれない。


 だが他に道はない。彼を動かすことができなければ、私に未来はない。


「ミーア。

 殿下の元へ行くわよ。


 リリア。

 あなたはここで待機して

 引き続き情報を集めてちょうだい。


 どんな些細なことでもいいわ。

 敵が残した僅かな綻びを見つけ出すのよ!」


「は、はい!」


「ロマンシア様……どうか、ご無事で……」


 私は、覚悟を決めて立ち上がった。運命の夜会が刻一刻と迫っている。残された時間は、あまりにも少ない。


 果たして私はこの絶望的な状況を、覆すことができるのだろうか? 氷の皇太子の心を動かし、共にこの罠を打ち破ることができるのだろうか? 

 

 私の二度目の人生の命運も、いよいよ決まろうとしている——。 

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