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第17話: 『蛇』の脅迫 ——見えざる敵と執務室の暗殺者

 エルザとの接触、そして襲撃事件。あの一件は、私とレオルガンの関係を決定的に変えた。


 私たちは単なる政略結婚の相手や、疑心暗鬼の協力者ではなく、共通の敵と巨大な謎に立ち向かう、運命共同体となったようだった。


 彼は私の持つ【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】の力を認め、頼るようになり、私もまた彼の冷静な判断力と行動力を信頼し、共に戦う覚悟を決めた。


 だがそれは同時に、私たちが得体の知れない謎の組織から、明確な敵として認識されたことを意味していた。


 エルザの家に現れた襲撃者たちは、私の「生け捕り」を指示されていた。


 それは、私が持つ力あるいはエレオノーラ妃が私に何かを託そうとしていたという事実を、組織が掴んでいるということだろうか。


 いずれにせよ私は彼らにとって、もはや単なる邪魔者ではなく、重要な標的となったのだ。


 その証拠に私に対する脅迫は、以前にも増して露骨かつ執拗になった。




 最初に届いたのは、一通の脅迫状だった。差出人不明の簡素な羊皮紙。そこには、震えるような文字でただ一言、こう書かれていた。


『詮索ヲ スルナ。次ハナイ』


 【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】は、この文字に込められた強い殺意と——


『警告はしたぞ……

 次に我々の邪魔をすれば

 確実に息の根を止める……』


 ——という冷たい意志の残留物を捉えた。


(——強すぎる「心の声」は

 こんな形でも届くのね……)


 だがそれ以上の情報。差出人や、その背後にある組織の具体的な姿を読み取ることはできなかった。敵は巧妙に、感情的な痕跡を消しているのかもしれない。



 次に起こったのは、私の私室の窓に、一本の毒蛇の牙が突き立てられていた、という事件だ。


 近衛兵の厳重な警備を掻い潜り、一体誰がどのようにして? 牙には、微かに麻痺性の毒が塗られていた。


 その牙からも、触れた者の冷たい殺意と——


『お前は蛇に睨まれた蛙だ』


 ——という無言の恫喝が残っていた。組織は何か『蛇』に関連するものなのだろうか。


 これらの露骨な脅迫は、確実に私の精神を蝕んでいった。常に誰かに狙われているかもしれないという恐怖。いつ、どこで、次の手が来るか分からないという不安。


 この能力は、周囲の人間の悪意や敵意を敏感に察知してしまうため、些細な物音や視線にも過剰に反応してしまう。


 夜は眠れず、昼間も神経が張り詰め、疲労は蓄積していく一方だった。


(負けてはいけない……!

 ここで屈したら、前世と同じだ!

 こんな脅しに怯むものですか……!)


 私は自分自身を叱咤し、気力を奮い立たせた。脅迫に怯むことなくエレオノーラ妃の死の調査と、組織の正体を探る作業を続行する意志を固めた。


 いやむしろ、これらの脅迫は私が正しい道を進んでいる証拠なのだ、とさえ思うようにした。


 敵がこれほどまでに妨害してくるということは、それだけ知られたくない真実が隠されているということなのだから。


 レオルガンもまた、私への脅迫に対して激しい怒りを示し、警備体制をさらに強化した。


 騎士であるライルをはじめとする信頼できる近衛兵が、文字通り四六時中、私の周囲を固めるようになった。


 彼は私にこう言った。


「君の身は、私が必ず守る。

 だから、君は君の成すべきこと

 ——真実の探求に集中すればいい」

 

 彼の言葉と揺るぎない決意は、私の心を強く支えてくれた。


 だが敵は内部にも潜んでいるのかもしれない——その疑念が、私をさらに苦しめた。


 近衛兵、侍従、侍女たち。彼らの多くは私に好意的、あるいは無関心に見える。


 私の能力も常に微細なノイズを拾い続けている。日常的な不満、嫉妬、野心、そして……稀に、私に対する隠された敵意や何かを探るような不審な響き。


 この厳重な警備体制の中にさえ組織の手先が紛れ込んでいる可能性は否定できない。


(誰を信じればいいの……?

 ライルは信頼できる……

 ミーアも……

 でも、それ以外は……?)


 特に疑念の目を向けざるを得なかったのは、最近、私に対して妙に親切になった何人かの人物だった。


 例えば、以前は私を遠巻きにしていた将軍派の若い騎士。彼は最近やたらと私の身を案じる言葉をかけてくるが——


『この女に取り入れば

 将軍閣下のお役に立てるかもしれない

 何か情報を引き出せないか……』


 ——という聞き捨てならない心の声が混じっていた。


 あるいは、図書室で出会った学者貴族、アラン=セレスター。


 彼は依然として知的な会話相手だが、時折見せる探るような視線も持っている。彼の内心は——


『ロマンシア様は一体どこまで

 知っているのだろう……?


 彼女が関わっているであろう宮廷の闇は

 私の研究対象とも重なるが

 同時に大きな危険も伴う……慎重に見極めねば……』


 ——という学者としての純粋な知的好奇心と、危険な事態への警戒心が複雑に混じり合っていた。


(誰も完全には信用できない……

 いや、信じたいけれど信じきれない……

 この疑心暗鬼こそが

 敵の狙いなのかもしれないわね…)


 唯一、絶対的な信頼を置けるのは、ミーアだけだった。


 彼女は先の襲撃で負傷したにも関わらず、すぐに私の側付きに復帰し、献身的に仕えてくれていた。情報収集、身の回りの世話、そして時には、私の精神的な支えにまでなってくれている。


 「心の声」からも変わらず私への強い忠誠心が聞こえてくる。


 だがその奥にある謎は、依然として解き明かされていない。彼女の過去や彼女自身の目的……。それらが、いつか私たちの関係に影響を及ぼす可能性も、頭の片隅にはあった。


 そんな疑心暗鬼と緊張感に満ちた日々が続いていた、ある夜のことだった。



 私は執務室でレオルガンから借り受けた古い資料——古き民に関する伝承や記録——を読みふけっていた。


 エレオノーラ妃が探っていた「力」の正体と、それが「組織」にどう狙われているのか、その手がかりを探すために。


 ミーアは隣室で待機している。外にはライルが率いる近衛兵が厳重な警戒態勢を敷いているはずだった。


 部屋にはランプの灯りだけが揺らめき、静寂が支配していた。だがその静寂の中で私の能力は、何か不穏な気配を捉え始めていた。


 それは特定の誰かの思考というよりは、もっと希薄で、しかし明確な殺意の波動。


 まるで毒蛇が音もなく忍び寄ってくるような、嫌な感覚。以前、エルザの家で感じたものと似ているが、もっと洗練され隠密性が高い。


(……来る! また、奴らが……!

 でもどうやってこの警備を……!?)


 全身の毛が逆立つ。私は咄嗟にランプを吹き消し、部屋を闇に包んだ。そして、息を潜めて気配を探る。


 音はない。だが確実に「何か」が近づいてきている。近衛兵たちはどうした? ライルは? なぜ誰も気づかない?


 次の瞬間、窓ガラスが音もなく切り取られ、黒い影が複数、部屋の中に滑り込んできた。


 彼らは、猫のように静かに床に着地し、闇に溶け込むように身を潜める。プロの暗殺者だろうか。それも、前回とは比較にならない手練れの。


(やはり、内部に手引きした者がいる……!?

 それともこの警備すら

 掻い潜るほどの手練れが……!?)


 恐怖で心臓が凍りつきそうになる。だがここで竦ではいられない。私は机の下に隠し持っていた護身用の短剣を抜き放ち、構えた。


 暗闇の中で、複数の影が私に向かって音もなく動き出すのが、気配で分かった。

 【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】が、彼らの冷徹な殺意と——


『標的発見……

 今度こそ、確実に息の根を止めよ……

 ただし「魂」は傷つけるな

 命令だ……』


 ——という思考を捉えた。


(「魂」は傷つけるな……ですって?

 どういう意味?

 私の命は奪うけれど、魂……つまり

 この力の源だけは、無傷で手に入れたいということ?


 それとも、

 この力そのものを死んだ私から抽出でもして、

 何かに利用するつもりなの……!?

 まるで道具のように……!)


「ミーア!」


 私は叫びながら、飛びかかってきた最初の影に向かって短剣を振るった。手応えはない。相手は素早く身を躱し、逆に鋭い刃が私を襲う。


 キンッ!

 

 金属音が響き、火花が散った気がする。隣室から飛び込んできたミーアが、私の攻撃を受け止め、暗殺者の一人と斬り結び始める。


「ロマンシア様、お下がりください!」


 ミーアの声は、普段の冷静さとは違って切迫した響きを帯びていた。暗闇の中でも、彼女が複数の敵を相手に必死で応戦しているのが分かる。


 剣戟の音、息遣い、そして飛び散る汗の匂い。彼女の動きは以前よりもさらに鋭く、速い。まるで、本来の力を解放したかのようだ。


 だが敵の数も多い。三……いや、四人か? しかも、その一人一人が、ミーアと互角か、それ以上の手練れのようだ。


 ミーア一人では、持ちこたえられないかもしれない。私も短剣を構え直し、ミーアを援護しようとする。


 だが私の戦闘能力など、手練れの暗殺者の前では無いに等しい。


 私も敵の動きを読もうとするが、彼らの思考は極めて冷静で、感情のノイズが少なくて読み取りにくい。


 以前の様には、うまくミーアの目になれないようだ。


 一人の暗殺者が、ミーアの防御を掻い潜り、私に向かって音もなく突進してきた! 鋭い刃が、月明かりに鈍く光る。その切っ先は、私の心臓を正確に狙っている!


(死ぬ……! 今度こそ……!)


 無様に殺されるわけにはいかない! ……が、私が死を覚悟したその刹那。


 ガァン!!


 執務室の扉が外から蹴破られ、武装した近衛兵たちが雪崩れ込んできた。先頭に立つのはライルだ。


「ロマンシア様! ご無事ですか!」


「賊だ! 囲め!」


 状況は一変した。数で勝る近衛兵たちが暗殺者たちに襲いかかる。部屋の中は再び激しい戦闘の場となった。怒号、剣戟の音、そして呻き声。


 暗殺者たちは、予想外の増援に動揺しながらも、なおも激しく抵抗する。彼らは、捕まることを極端に恐れているようだった。


『しくじった……!』


『情報が漏れる前に……!』


『撤退! いや、始末しろ!』


 やがて戦闘は終結した。暗殺者たちは近衛兵たちによって制圧された——かに見えた。


 だが、捕縛されそうになった暗殺者の一人が、隠し持っていた小瓶を呷り、口から泡を吹いてその場に崩れ落ちた!


「自決したぞ!」


「他の者も気をつけろ!」


 ライルの声が響く中、残りの暗殺者たちも次々と自らの命を絶っていった。


 毒、あるいは心臓を貫くための隠し武器。彼らは捕まって情報を漏らすくらいなら、死を選ぶように訓練されていたのだ。


 結局、生き残った暗殺者は一人もいなかった。部屋には、死体と、血の匂いと、そして重い沈黙だけが残された。


 駆けつけてきたレオルガンは、凄惨な状況を目の当たりにして顔を蒼白にさせた。


 彼は負傷したミーアと、ショックで立ち尽くす私を交互に見つめ、そして床に転がる暗殺者の死体を検分し始めた。


 私は考えていた。


(ミーア……

 あなたの正体は依然として謎のまま。

 

 けれど、あの戦いぶり……

 そして私への揺るぎない忠誠心は

 心の声なんか聞かなくても肌で感じる。


 今は、あなたを信じるしかない。

 いいえ、信じたい。


 この底知れぬ陰謀の中で、

 あなたがいてくれなければ、私はとっくに……)


 すると、レオルガンが、死体の一つを検分しながら低い声で言った。


「この者たち……

 ただの暗殺者ではないな……


 装備も、技量も、そして自決の方法も……

 高度に訓練された、特殊な部隊だ」


 そして彼は暗殺者の所持品の中から、奇妙な紋章が刻まれた小さな金属片を見つけ出した。


 それは蛇が絡み合ったような、不気味なデザインだった。


「これは……『蛇』の紋章……?」


(まさか……これが「見えざる敵」の正体?)


「これは単なる警告ではなさそうだな」


 レオルガンは眉を顰めた。


「我々に対する挑戦であり、同時に

 彼らの力を誇示することで

 我々の内部分裂を誘おうという狙いかもしれん。


 あるいは、我々がこの紋章を

 手がかりに調査を進めることを

 見越したさらなる罠——その可能性もある」


 「心の声」を聞いてみても――


『これは単なる警告ではない……

 何かもっと大きな動きの前触れか……?

 それとも我々を油断させるための陽動……?』


 ——という深い疑念と警戒心が聞こえてきた。


 今回の襲撃は、私たちに敵の脅威を改めて認識させると同時に、新たな謎をもたらした。


 敵はなぜこのタイミングで、これほどの手練れを送り込んできたのか? そして、なぜ自らの紋章を残していったのか?


「……これは警告、ということでしょうね」


 私はレオルガンの考えを肯定するように言った。


「わたくしたちが真実に近づいていることへの。

 そして……次はもっと大規模な攻撃が来るという

 最後通牒なのかもしれませんわ」


 私の言葉にレオルガンも、ライルも、そしてミーアも、厳しい表情で頷いた。


 私たちは、見えざる巨大な敵から明確な宣戦布告を受けたのだ。この戦いは、もはや水面下のものではなく、帝国全体を巻き込む、全面的なものへと発展していくのかもしれない。


 部屋の窓から、冷たい夜風が吹き込んできた。それは——これから始まるであろう、より激しく、より過酷な戦いの予兆のように感じられた。 

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