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第13話: 宮殿改革と女官長・エルミーヌの壁 ——小さな一歩と確かな手応え

 イヴァールの一件以来、獅子の檻の中の空気はさらに良い方向へと変化していた。


 私がイヴァールを原因不明の高熱から救った——ように見えた——ことは、侍従たちの間で驚きと賞賛をもって語られた。


 これによって私に対する見方は、単なる「皇太子妃候補」や「ケルベロスの令嬢」から、何か特別な力を持つ、あるいは深い慈愛を持つ存在へと変わりつつあった。


 聞こえてくる「心の声」も——


『あの方は、不思議な力をお持ちなのかもしれない』


『イヴァール様をあれほど

 献身的に看病なさるなんて……』


 ——といった畏敬や好意的なものが格段に増え、私の精神的な負担も少し軽減された。


 子供たちとの関係も良好に進展していた。イヴァールは、まだ口数は少ないものの、以前のような敵意を見せることはなくなり、時折、私に対して探るような、あるいは助けを求めるような視線を向けてくるようになった。


 セラフィナは、すっかり私に懐き、私の側にいる時間が増えた。カリクスも、相変わらず憎まれ口は叩くものの、私を「悪女」ではなく一人の人間として認め始めているようだった。


(少しずつだけど確かに変わってきているわ……

 この場所が本当の「家」になる日も

 遠くないのかもしれない)


 そんな前向きな気持ちと共に、私は以前から気になっていた宮殿内の問題——家政運営の非効率さや侍従たちの労働環境——の改善に、改めて取り組むことにした。


 実は以前も提案したことがあったが、その時は女官長のエルミーヌをはじめ古参の者から強い反発を受けた。


 だが今の私には、以前にはなかった「実績」と、そして宮殿内での微妙な「発言力」があるはずだ。


 私は具体的な改善案を再度まとめ、今度はエルミーヌだけでなく、他の主要な侍従長たちも集めた場で提案を行った。


 セラフィナとの一件以来、ただ威圧するだけの「悪役令嬢の仮面」に頼ることの危うさと虚しさを感じてはいた。


 だがこの旧弊な宮廷で改革を進めるには、時には強い態度も必要だ。重要なのは、仮面の下にある私の真意をいつか理解してもらうことだと心得ている。


「食事の配膳ルートの見直しと

 担当区域の明確化による効率化。

 交代制導入による適切な休憩時間の確保。


 そして侍従間の不和や

 不公平感を解消するための

 定期的な意見交換の場の設置。


 これらは宮殿全体の運営を円滑にし

 ひいては皇太子殿下への

 より良い奉仕に繋がるはずです」


 私は内心の僅かな葛藤を抑え、あくまで合理性と効率性、そして働く者たちの士気向上の観点から、改善の必要性を丁寧、かつ揺るぎない口調で説明した。


 エルミーヌのような古参の者に対しては、下手に下手に出るよりも確固たる意志を示す方が効果的だと、これまでの経験で学んでいた。


 予想通り、エルミーヌは、渋い顔で反論してきた。


「ロマンシア様。

 先般も申し上げましたが

 古くからの慣習には

 それなりの理由がございます。

 それを軽々しく変えることは…」


 そして、聞こえてきた心の声はもっと露骨で厳しかった――


『またこの小娘が……!

 私のやり方にケチをつける気か!

 見かけは変わっても

 やはりケルベロスの悪女か!』


 ——強い反発とプライド、そして私への変わらぬ不信感といったところか。


(……ええ、今はまだ 

 そう思われていても構わないわ。

 結果で示すしかないのだから)


 私は心の中で静かに呟き、表情を引き締めた。


 だが今回は、他の侍従長たちの反応が違った。聞こえてきたのは——


『確かに、ロマンシア様の仰ることも一理ある……』


『現状のやり方には限界を感じていた……』


『もしこれで我々の負担が減るのなら……』


 ——といった改善への期待や、現状への不満の響きが少なからず含まれていた。イヴァールの一件で、私の評価が変わった影響もあるのだろう。


「女官長」


 比較的若い侍従長の一人が口を開いた。


「ロマンシア様のご提案、

 検討してみる価値はあるかと存じます。


 特に、我々現場の者の負担軽減に

 繋がるのであれば……」


「なっ……! あなたまでそのようなことを!」


 エルミーヌは色めき立った。——が、これを好機と見た私はさらに畳み掛けた。


「もちろん、全てを一度に変える必要はありませんわ。


 まずは試験的に一部分で試してみては

 いかがでしょう?


 それで効果が見られなければ

 元に戻せば良いのですから」


 これは以前レオルガンにも提案し、許可を得た方法だ。段階的な導入であれば古参の者たちの抵抗感も和らぐかもしれない。


 私の提案と他の侍従長たちの賛同の空気に、エルミーヌももはや強硬に反対することは難しくなってきたようだった。


 彼女は不満げな表情を隠そうともしなかったが、最終的には「…そこまで仰るなら、『試験的に』ということであれば……」と渋々ながらも了承せざるを得なかった。


(やったわ……! 第一関門、突破ね!)


 小さな一歩だがこれは大きな前進だ。宮殿内の旧弊な体制に、風穴を開けるきっかけになるかもしれない。



 私は早速、試験導入のための具体的な計画策定に取り掛かった。ミーアやリリア、そして意欲のある侍従たちの協力を得て、配膳ルートの最適化、シフト制の導入、そして意見交換のためのミーティングの設定などを進めていく。


 それは地道で根気のいる作業だったが、私にとっては充実した時間でもあった。


 前世ではただ権力に媚び、虚飾の中で生きてきた私が、この二度目の人生では自らの知識や経験を活かし、組織をより良くするために具体的な行動を起こしているのだ。


 悪役令嬢ではない「ロマンシア=ケルベロッサ」としての、確かな自己肯定感を与えてくれた。


 もちろん改革は順風満帆ではなかった。古参の侍従たちの中には依然として非協力的な者もいたし、新しいやり方に戸惑う者もいた。だが私は諦めなかった。


 一人一人と対話し、「心の声」も聞きながら、彼らの不安や不満の声を丁寧に聞き取り、解決策を探っていった。時には厳しく、時には優しく、リーダーシップを発揮しながら改革を着実に進めていったのだ。


 そんな私の姿をレオルガンは、静かだが興味深そうに見守っていた。彼は私がエルミーヌたちを説得して試験導入にこぎつけたことを知ると、僅かに驚いたような表情を見せた。


「……君は、本当に変わったな」


 彼はある時そう呟いた。


「以前の君からは、想像もつかない行動力と指導力だ」


 もちろん、本心にも――


『ただ者ではないとは思っていたが……

 これほどとは……

 この女性は本当に国を変える力を

 持っているのかもしれない……』


 ——という、感嘆と私への新たな期待が込められていた。


「これも殿下があの時

 わたくしに機会を与えてくださったおかげですわ」


 私は微笑んで答えた。


「……ふっ」


 彼は、少し照れたように鼻を鳴らした。


 私たちの間には、もはや単なる政略結婚の相手や陰謀を共にする協力者というだけではない、互いを認め合い、支え合うパートナーとしての関係が、着実に育まれているようにも感じられた。


 宮殿内の小さな改革。それは地味な仕事かもしれない。だが確実に、人々の意識と「獅子の檻」の空気を変えつつあった。そしてこの経験は、私自身にも、大きな成長と自信をもたらしてくれた。


 私はもう、誰かの言いなりになるだけの存在ではない。自分の頭で考え、行動し、そして周りを巻き込みながら、未来を切り開いていくことができるのだ。


 ——その確信が、私をさらに強くしていくのを感じていた。 

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