ラーシャSide 正体
「わかった・・・・・・じゃあ、できるだけラーシャに顔を見せないようにするよ・・・・・・。」
その一言が聞こえて、あたしが振り向いたときには、イリューストはあたしに背を向けていた。
何故だか、悲しくなった。
本当は、あたしを探してくれて、仲間だって言ってくれたこと、すごく、嬉しかったのよ・・・・・・イリュースト。
一番最初にあなたに見つけてもらって、わだかまりや謎がとけて、嬉しかったの・・・・・・。
でも、あなたはまだあたしの顔を見るとアレを思い出すでしょう?
その時、あの時の感情と戦い、苦しくなるのは、あなた。
あたしではなく・・・・・・あなたじゃない・・・・・・。
やはり、あたし達は・・・・・・顔を合わせるべきではなかったのではないかしら・・・・・・。
そんな思いがよぎって、苦しくなり、ついにはあたしもイリューストに背を向けて、背中合わせになった。
「・・・・・・そうしたほうが、いいのかもしれないわね・・・・・・。」
ルキィルが心配そうにあたしを見てくる。
ごめんなさいね、ルキィル・・・・・・やっぱり、もとの仲間には、もう、戻れないみたい・・・・・・。
「ラーシャ・・・・・・。」
静かにルキィルが呟いたあたしの名前だけが暗闇に溶けて消えた。
「そんなことよりよぉ、ラーシャ、ずいぶん逃げ回ってくれたじゃねぇか・・・・・・こっちは大変だったんだぞ!?」
唐突にダルキリが沈黙を破り、あたしの肩を抱いてきた。
「やめなさい!逃げるあたしだって、大変だったわよ・・・・・・。」
あたしはダルキリの手を叩き落とした。
「ダルキリ・・・・・・あまり、そのことに・・・・・・触れない・・・・・・。」
「あー?何でだよ?」
「また・・・・・・そんな態度する・・・・・・ラーシャだって・・・・・・きっと・・・・・・わけがあった・・・・・・だから・・・・・・。」
あたしはダルキリとルキィルのやりとりに目を見張った。
「ずいぶん、仲が良くなったのねぇ・・・・・・二人とも。」
ルキィルは、少しだけ笑って、首からつっている腕を少しだけ揺らした。
「ダルキリに・・・・・・やってもらった・・・・・・まだ、仲良くは・・・・・・なれないかもしれない・・・・・・それでも・・・・・・前とは・・・・・・変わってきてる・・・・・・私は・・・・・・そう、信じたい・・・・・・。」
なるほど・・・・・・この中で一番包帯などのちょっとした治療が得意なのは、ダルキリだからダルキリがルキィルの治療をして、それがきっかけで二人はお互いに歩み寄ったわけね・・・・・・。
「良いことだと思うわ。」
あたしはニコリと笑ってそれだけ言った。
あたしがいなくても、時間は進んでいる。
あたしがいなくても・・・・・・。
「ラーシャ!何考えてんだよ!?」
「キャ!?」
後ろから抱き締められたので、驚いて、しゃがみこんでかわすと、反射的にダルキリの頭を叩いていた。
「や、やめろって言ってるでしょ!?」
「いてぇなぁ・・・・・・。」
「ダルキリ・・・・・・傷は・・・・・・?」
「あ?こんなもん、なめときゃなおる。」
「治らない・・・・・・力の使いすぎもある・・・・・・だから、ちゃんと休むべき・・・・・・。」
そういってルキィルは、ダルキリの腕に触れると、頷いた。
「熱は・・・・・・引いた・・・・・・。」
ダルキリは、顔をそらすと、「大げさ過ぎるんだよ・・・・・・おまえは・・・・・・。」と言った。
ダルキリが・・・・・・緊張している・・・・・・?
あたしにはあんなにポンポン触れるのに、ルキィルには、触れる事さえ、緊張している・・・・・・。
なんだ・・・・・・本当は、なんだかんだ言ってもルキィルのこと・・・・・・。
なら、あたしに抱きつくのをやめるべきじゃない!?
微笑んでからムッとし、相変わらずあたしを見ないイリューストを見て、悲しくなった。
すると、唐突にイリューストが拒絶反応を見せはじめた。
いきなり膝をつき、咳き込みはじめた。
「ガハッ・・・・・・ゲホ・・・・・・ウェッ!」
「イリュースト!?」
焦るあたしを前に、ルキィルはイリューストの背中をさすりはじめ、あたしは何もできずにうろたえた。
しばらくすると、「大丈夫・・・・・・ありがとう、ルキィル・・・・・・。」と言って、涙目のまま立ち上がった。
ルキィルは、あたしの横に立つと、「落ち着いて・・・・・・ラーシャ・・・・・・大丈夫・・・・・・イリューストは・・・・・・よく、こうなるから・・・・・・。」と言った。
ダルキリも特に慌てた様子は見せていない。
・・・・・・知らずに慌てたのは、あたしだけ・・・・・・。
あたしだけ、知らなかった・・・・・・。
流れた時間が、重たくのしかかってきた。
「もう寝よう。明日に備えて僕らは休むべきだ。」
その一言でみんなは寝る支度に入り、あたしは一人寝れずに夜を明かした。
翌朝、すぐに出発すると、数時間歩いた場所に洞窟があらわれた。
「・・・・・・そういえば、あなたたち、よく同じ世界にとどまってたわね・・・・・・あたしは船に乗って移動したのに・・・・・・。」
「え?同じ世界だったの?あの国もこの洞窟を抜けたよ?」
イリューストの反問にあたしは沈黙してしまった。
そんな馬鹿な・・・・・・この洞窟は、別の世界へ通じるものだったはず。
私は、同じ世界にとどまっていた・・・・・・はずなのに・・・・・・?
魔物が出てこなくなり、ついにはパズルさえなくなった洞窟をくぐり抜けると、小さな村があらわれ、あたしはみんなの治療費として、持っていた最後のアクセサリーを手放した。
その村は、少しさびれているものの暖かく、優しくあたし達を受け入れてくれた。
しばらくすると、だいたい全員の傷が完治し、元気に動き回るようになった。
旅に支障がなくなり、その村を出ると、すぐに息を切らして凄い形相をした少年と会うことになった。
「ようやく・・・・・・見つけた!ちょこまか、移動してんじゃ・・・・・・ねぇヨ!こっちは緑のネェチャンほど青いニィチャンの波動キャッチが鋭くねぇんだから・・・・・・ヨ!」
あたし達は少年に殴り飛ばされたり、蹴り飛ばされたりして四方に飛び散った。
ルキィルは背中を木に強打し、ダルキリは、地面にバウンドして数メートル先に転がった。
なんとか少年の動きを見切り、踏張れたのはあたしとイリューストだけだった。戦い慣れているダルキリでも、このスピードを見切ることはできないのだろう。
あたしも少年に覚醒と言われたあのことがなければ未だに見切ることはできなかっただろう。
一度あのスピードに慣れなければ・・・・・・しかし、あたしもあと一回攻撃されていたら次こそ見切れないかもしれない。
そうなれば、あたし達は―――…‥。
「オイコラ!ディカルト!突っ走ってんじゃねぇよ、カダルネア姉に言い付けんぞ!?お前の役目は覚醒した青と緑の確認。」
木のうえに立っていたと思われる謎の女性は、凄いスピードで地面に降り立つと、少年の頭を殴りとばした。
少年はそのまま床を転がってから、地面に座り込むように頭を押さえ、「いてぇ!何すんだヨ!クソ馬鹿姉貴!」と叫んだ。
「お前が勝手なことばっかしてっからだ。あの青、たった一人に相討ちにまでなった・・・・・・お前じゃ役不足・・・・・・だからお前のクソ姉貴様がお前の見守り役してんだろ?勝手な行動はつつしめ、クソ馬鹿が。」
そこへダルキリの炎が飛んできた。
「ごちゃごちゃ・・・・・・喧嘩してんじゃねぇぞ・・・・・・ケホッ・・・・・・!」
そんなダルキリを無視し、攻撃をあっさりと避けると、「あーぁ、つまんねぇ。早く戻るぞ。あいつらに手出しする権利はまだうちらにはねぇんだから。」と言った。
女性とは言っても、まだ若い・・・・・・16くらいだろうか?
あたしよりも年下に見える。
「ふざけんなヨ!クソ姉貴!そんなことしたら奴らにあいつら取られて、自分らが殺せなくなるだろ!?楽しみがなくなるじゃないかヨ!」
「ま、そりゃ同感だけどねぇ・・・・・・。」
背筋に悪寒が走った。
な、に?
この、得体もしれない強大な魔物に狙われているような圧力と殺気は・・・・・・。
二人は同じ表情を見せた。
舌で脣をひとなめすると、ニヤリと狂ったようにあたし達を睨み付けてきた。
・・・・・・睨むというより、獲物に狙いをつけたような目だった。
今すぐ走って逃げ出したい衝動に狩られながら、どのようにしてルキィルとダルキリを守りながら戦えるかを必死で考えていた。
どうやら獲物は決まったらしく、少年はイリューストの方へ走りだし、少女はあたしの方へ近づいてきた。
あまりのスピードにどうしていいかわからずにいると、手が勝手に動き、突き出してきた彼女の手の上をトンッと叩いて、飛び越えていた。
「・・・・・・え・・・・・・?」
「クソッ・・・・・・ちょこまか、逃げてんじゃねぇぞっ!」
続いてきた回し蹴りも危なっかしく避けることができた。
だが、彼女の攻撃は見切れても、反撃はできない。
彼女の動きは、早すぎた。
目で追うのが一杯一杯になった時、イリューストが殴り飛ばされたのを目の端で捕らえた。
「イリュースト!!」
あたしが首を横にずらした刹那、彼女の蹴があたしの体の中心に命中し、吹っ飛ばされた。
「カハッ・・・・・・ゲホッ!」
あたしが地面に叩きつけられてから、彼女は、あたしの手をふみつぶすと、「よそ見してんじゃねぇよ・・・・・・クソ緑。」と呟き、さらにあたしの手をふんずける力を強めた。
「あっ!ぅっ・・・・・・いぎっ・・・・・・!」
歯を食い縛り、腕に力を入れた。
少しでも力を緩めれば折られかねなかった。
「ラーシャ!」
ルキィルの氷が飛んできて、少女の左腕をかすっていったが、彼女は流れる血をとくに気にせずに、「クズは・・・・・・引っ込んでろ!」と言ってルキィルを蹴り飛ばし、顔の横を殴って気絶させた。
「ルキィルッ!!」
あたしは体を起こすとすぐさま戦闘態勢に入った。
その時、ダルキリの炎が彼女を焼いたように見えた。
が、彼女は、空から振ってくるようにダルキリにかかと落としをすると、ダルキリの体を何発も殴り付けた。
「ダルキリ・・・・・・!」
あたしが少女のもとに駆け付けたとき、ダルキリは意識を失っていた。
少女は、「だから、邪魔すんなっつってんだろうが、クソが!今度邪魔したらマジで殺す!」と吐き捨てた。
あたしの目の前には、守り切れなかった仲間が死んだように転がっていた。
「あ・・・・・・ぁ・・・・・・ぁ・・・・・・あ゛ぁぁぁぁああああ!!」
あたしは、一体何度仲間を傷つければいいのだろう。
あたしは、何回自分が無力だと噛み締めればいいのだろう。
必死になってあたしを探してくれた仲間を、これ以上傷つけたくないのに・・・・・・守りたいと、そう強く思ったのに・・・・・・!
変な力が沸き上がるのを感じた。
少女は、一瞬焦ったように見えたが、すぐにニヒルに笑うと、「へっ、覚醒かよ?」と言ってこちらに突っ込んできた。
が、動きが遅い。
まるでスローモーションでも見ているかのようだ。
私は体を斜めにして突っ込んでくる態勢の彼女の背後に回ると、背中と首の辺りをポンと叩いた。
攻撃を避けるにはそれで十分だと判断したからなのだか、少女はそのまま数センチ地面にめり込んで沈んだ。
「・・・・・・え?」
わけがわからずに、呆気にとられていると、状況を理解しているらしい少女は、「これで、少しは本気がだせそうだな!」と言って殴りかかってきた。
しばらく少女の攻撃を避けていたのだが、あたしは、少女の鎖骨の辺りを押すと、「つまらないわ、やめましょ。こんなくだらない争い。」と言い切った。
すると、少女は、激しく怒りだし、「オイ、ディカルトォォオオ!こんな奴らに見せるのは納得いかねぇが、やるぞ!」と叫んだ。
「やってやるヨ!こいつは・・・・・・こいつらは、自分らの獲物だ!他のやつらに手出しはさせねぇヨ!」
何が始まるのかと思ったが、それよりもイリューストが無事なのかを確認するほうが先だった。
イリューストは、あの“覚醒”と呼ばれた時と同じ目をしていた。
「イリュ・・・・・・」
あたしは、名前を口にしかけてやめた。
今は戦いに集中すべきよね?
少年と少女はお互いに手を取ると、叫び声を上げた。
まるで超音波のような、人間ではない音があたし達の体を蝕んだ。
「う、ぁ!頭が、割れる!それに・・・・・・なんか・・・・・・気持ち悪いわ・・・・・・!」
イリューストは、二人に向かって飛び込んでいき、何発か殴り込むと、そのまま相手を吹っ飛ばした。
その直後だ。
「ディカルトッ!!」
焦ったような少女の声が聞こえ、「クソッ!」と言ってそのままいなくなってしまった。
なのにイリューストはあたりを見渡し、まだ敵を探している仕草を見せている。
「イリュースト・・・・・・もう、終わったのよ・・・・・・もう、いいの。」
あたしの声も届かず、虚ろな目をしていると、唐突にイリューストは、倒れこんだ。
「う、ガハッ!・・・・・・オェッ!」
「イリュースト!」
あたしは近寄った歩みを止めた。
今、近づけばイリューストは・・・・・・あたしを殺そうとするかもしれない。
あたしを殺した後、どう暴走するか分からない・・・・・・ルキィルが止められるかもしれないけど・・・・・・今はそのルキィルさえ倒れている・・・・・・。
どうしたらいいの?
どうすればいいの?
苦しむ仲間を前に、見捨てる事しかできないの?
そんなの嫌・・・・・・そんなの・・・・・・嫌!
あたしはイリューストの背中をさすり、イリューストの手を握った。
「落ち着いて!落ち着くのよ、イリュースト・・・・・・今あなたが魔物にどんなこと言われて誑かされているのか、あたしにはわからない。だけど、だけどね、イリュースト。あなたは殺人兵器なんかじゃない!そうはさせないわ!あなたは本当はやさしい人。みんなが戻ってきて欲しいと願えるやさしい人なの!だから、魔物の言うことに耳を貸さないで・・・・・・!」
必死にあらがおうとしているイリューストを見て、あたしは泣きたくなった。
あたしが、あそこに行きたいなんて言わなければイリューストはこんなに苦しまずにすんだ?
違う、どのみちリベアさん・・・・・・あの、お婆さんの皮をかぶった魔物があたし達を導いただろう。
あたし達の旅は、最初から見張られていて、こうなるように仕組まれていた。
最初と最後だけ違えなけば魔物にとって、それでよかったのだろう。
あたし達は仕組まれて出会った・・・・・・それでも、それでもいい。
もう、この旅と旅仲間に出会った事を後悔したくない。
イリューストが苦しむなら、あたしが悪役になれたらどれだけよかっただろう・・・・・・だけど、それはできなかった・・・・・・やっぱり、嫌われたくなかった・・・・・・。
ごめん、ごめんなさい・・・・・イリュースト・・・・・・。
「わかっ・・・・・・てるよ・・・・・・ラーシャ・・・・・・なか・・・・・・ないで・・・・・・僕は・・・・・大丈夫・・・・・・ゲホッ・・・・・・だから・・・・・・。」
イリューストの手があたしの頬に触れた。
「イリュースト・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・あたしが、悪役になれたら・・・・・・あなたは、こんなに苦しまずにすんだのに・・・・・・!」
「・・・・・・それは、違うよ・・・・・・ラーシャ・・・・・・僕らは、お互いに知らずに罪を背負ってたんだ。はじめから・・・・・・それがわかっただけのこと・・・・・・特にラーシャには・・・・・・何の、罪も・・・・・・ない。」
浅い呼吸を繰り返しながら呟くイリューストの言葉に少しばかり、救われたような気がした。
「あたし・・・・・・は・・・罪深い・・・・・・わ・・・・・・だって・・・・・・この手を・・・・・・仲間を、離したくないと、願ってしまったもの・・・・・・自分から離れると、決めたのに・・・・・・。」
あたしが微かに笑うと、イリューストもちょっとだけ笑ってみせた。
「いいんだよ・・・・・・それで・・・・・・いいんだ・・・・・・グァッ!くっ、うぅっ!」
「イリューストッ!」
あたしが握っている手にさらなる力を加えると、イリューストは、ふっと息を吐いた。
「もう、大丈夫・・・・・・ありがとう・・・・・・。」
「本当・・・・・・に?」
「うん・・・・・・っ!?」
イリューストは、あたしを見るとあの憎悪に見開かれた輝く目を一瞬見せた。
あたしはすぐに顔をそらしてから謝った。
「ごめんなさい・・・・・・本当ならルキィルがよかったのでしょうけど・・・・・・あたししかいなくて・・・・・・。」
「・・・・・・いや、僕こそごめん・・・・・・ラーシャは僕の顔なんて見たくないはずなのに・・・・・・。」
あたしは眉をしかめてイリューストを見ると、「何よそれ?意味がわからないわ。何であたしがイリューストを見たくなくなるの?」と問い詰めた。
「え!?だって・・・・・・ラーシャは僕のうわごとを気にしてるんじゃ?」
「気にしてるわよ!ええ!気にしてます!だけどね、それだけの理由であたしがイリューストを見たくないほど嫌うとでも!?」
あたしが詰め寄ると、イリューストは、顔を反らして、「そんなん、じゃあ何でラーシャは僕から顔をそらすんだよ?」と言った。
「それは・・・・・・あたしの顔を見ると思い出すのでしょう?あの、他者の記憶や過去を。だから・・・・・・できるだけイリューストが苦しまないようにできるだけ努力してるのよ!」
強い口調でそう言い切ると、イリューストは、「そうなんだ・・・・・・僕は、仲間を傷つけて、ラーシャを傷つけたことが許されないんだと思ってた・・・・・・。」と呟いた。
「あら、許さないわよ?」
「ええ!?」
「でも、あれはあなたの意思じゃない。仲間を傷つけたのも、あなたの意思ではなくて、操られていたせい。あなたのうわごとも、あなたの感情ではなくて、他者による感情のせいじゃないじゃない。だからあなたには最初から許すも許さないもないのよ。あなたは、あなた。あれは、あなたのせいなんかじゃないわ。」
あたしがそう言い切ると、イリューストはあたしを見てはっきりと言った。
「ラーシャも、ラーシャだよ。なんかしらで僕の民族を滅ぼした人の血縁者であっても僕はラーシャはラーシャで、過去の人は過去の人だと思ってる。例え、ラーシャを見て過去の人を思い出しても、それは、ラーシャのせいなんかじゃないよ。」
「イリュースト・・・・・・。」
数分の間、お互いを見つめあう時間が流れ、妙な気分になったあたしは下に視線をずらした。
「でも・・・・・・だけど、少しでも苦しんでほしくないと思うじゃない?ほら・・・・・・仲間としては・・・・・・。」
「うーん・・・・・・ラーシャの場合、極端すぎてこっちが辛い・・・・・・かな?」
イリューストが苦笑したのであたしは両手を振り上げ、叩くふりをした。
「何よぅ、イリューストの馬鹿!あたしだって必死なのよ?」
「わわ、やめて!ラーシャに殴られたら痛そうだ!」
「本当に叩くわよ・・・・・・?」
「ギャー!」
あたしは苦笑して気絶したままのルキィルやダルキリを見た。
「さ、運ぶのが大変そうだわ。あたしはルキィルをおぶっていくから、イリューストは引きずってでもダルキリをつれていってちょうだい。」
「なんだか、ダルキリに怒られそうだな・・・・・・。」
イリューストはそう言いながらもしっかりとダルキリの腕をつかみ、肩にかけると歩き始めた。
次の場所では、二人が目覚めるまで宿を借りる事になった。
「あ・・・・・・でも、お金・・・・・・。」
「大丈夫よ。何のためにあたしがイヤリングをしていると思ってるの?」
両耳のイヤリングを外し、それで最低でも三週間はいられるように交渉した。
それ以上彼らかが目覚めないなら弓矢を売ってもいい。
マントを売ったっていいし・・・・・・なんだってやってみせるわ。
月日が流れて、二人が目覚めると、すぐさまあたし達は次の場所へ移動した。
その国は、とても栄えていて、あたしにはとても見覚えのある場所だった。
「・・・・・・首都?」
「騒がしいな。」
「ここは・・・・・・どこ・・・・・・?」
三人が様々な感想を告げる中、あたしは一人つかつかと歩き始めた。
わかっていた・・・・・・逃げられないことくらい・・・・・・。
けじめをつけなければ行けない時が、訪れただけよ。
「どこに行くんだよ?ラーシャ。」
ダルキリがそう聞いてくるので、あたしは「よく知ってる場所なの。みんな、ついてきて。」とフードをかぶりながら言った。
「え?ラーシャ!?」
イリューストが焦ったような声を出した。
当然だろう。
あたしが真っ先に向かっている先にある建物はどう考えても立派なお城にしか見えない。
正門に近づくと、兵士が長い槍であたしの前をふさいだ。
あたしは「通しなさい。」と言って兵士をにらんだ。
「しかし、ここから先は・・・・・・馬鹿な!?いや、本物そっくりの別人か!?」
「何事だ?」
兵士が二人してあたしの顔を覗き込み、血の気が引いたように青白くなった。
「信じられない?」
あたしはマントを脱いで鎧を見せ付けた。
二人の兵士はすぐにどき、「失礼いたしました!お帰りなさいませ!よくぞご無事で!」と早口で告げた。
だが、イリュースト達が城に入ろうとした瞬間にまた道を阻んだ。
「・・・・・・彼らはあたしの客人よ。通しなさい。無礼なことをしたら、承知しないわよ。」
すると、「は、ハッ!」と言って敬礼して道を開けた。
「なんだぁ?」
「ラーシャ・・・・・・あれ、何?」
「いや・・・・・・ラーシャ・・・・・・ただ者じゃないとは思ってたけど・・・・・・君は、何者なの?」
イリューストだけがまともな事を聞いてきたのであたしは彼らを振り返らずに「あたしはラーシャ。ただの通りすがりのどっかの女よ。」と答えておいた。
近寄ってきたメイドに「お父様に会いたいのだけど、どこにいるかあなたは知ってる?」と聞いた。
あたしが帰ってきたことににわかに信じられない顔をしながらも深々と頭を下げて「王の間にいらっしゃるのではないかと思われます。」と告げた。
「そう。ありがとう。」
あたしは素っ気なくお礼を言うと、すぐさま階段を何段も上がり、王の間へ行った。
階段の途中で三人に「ここにいて。お父様は、とてもいけすかないの。」と告げてまってもらう事にした。
とは言っても、あたしの出身、身分に興味があるらしく頭がぴょこぴょこ出ている。
ここまできては、何も隠すことはない。
私は玉座に座っている国王様の前に跪くと、「少しばかりの間、国をあけて申し訳ありませんでした。ただいま、ミシェラ・ル・ド・ターク・グラウン、ここに帰国致しました。」と言った。
「お前は、この国を背負う身、その重さをちゃんとわかっているのか?」
「はい、国王様。」
「ならばなぜ5ヶ月もの間国をあけた。隣国からは我が国の姫は逃亡したとか、亡くなったのでは、とか様々な噂をたてられたのだぞ。」
まだこの国では5ヶ月しかたってないらしい。旅をした月日はもっと長いように思うけれど・・・・・・。
「申し訳ありません。国王様。」
「国王様と言うのはやめなさい。そして、そこにいる異人を私の前へ。」
「・・・・・・はい、お父様。」
「お、お父様ぁ!?ムグッ!」
ダルキリの叫んだ声が聞こえ、すぐさま取り押さえられた音がした。
あたしは階段で待ってもらっている三人に、「きて。」と告げると、まだ状況を飲み込み切れていない三人が王の間へ来た。
「・・・・・・お前はどうやらこのターク・グラウン国の姫君だと異人達に告げなかったようだな。」
「はい。」
あぁ、嫌だ。
この、自分の体が自分のものではなくなっていくような、操り人形のようにされるようなこの感覚。
お父様は、あたしが国を出てもただの反発程度にしか考えていらっしゃらないのね。
なら、もういいわ。
通じないのなら、もう。
「異人よ、この娘はこの国を次ぐ王女となるべき存在だ。誑かすようなマネは止してほしい。」
「なっ!」
ダルキリが言い返そうとしたのをルキィルが止め、イリューストが「申し訳ありません・・・・・・」と言って頭を下げかけた瞬間、あたしが前に出た。
「恐れ多くも申し上げさせていただきます。お父様。この旅を始めたのはわたくしであり、彼らに誑かされたわけではございません。それでも、あくまでそれをおっしゃるのであれは、彼らをこの旅に巻き込み、彼らをたぶらかしたのはわたくしの責にございます。彼らにお咎めを下すようであれば、まず使い物にならないこの国の姫・・・・・・わたくしをこの国から永久追放などにされてから彼らに下働きをさせるなどの罪を負わせてくださいますよう、ここに申し上げさせていただきます。」
「異人を庇うのか?その地位をすべて捨ててでも。」
「はい・・・・・・。」
「よい。下がれ!その汚らしい格好を早く着替えよ!」
「失礼します。」
一礼してあたしが下がると、三人に「行きましょ。」と告げた。
部屋は一人一部屋ずつ用意させ、あたしは鎧を脱ぎ、何ヶ月かぶりになるドレスを身にまとい、絨毯の引かれた階段を下りた。
一度お父様に呼ばれ、王の間に行くと、お父様は、「明日、お前と仲が良かったデルア・ティルアの国の王子とお前を婚約させる。おまえがいなくなった5ヶ月、こちらも手を抜いていたわけではないからな。」と言った。
「そんな!あんまりです!お父様!」
「そうでもしなければお前はまた国を出るだろう!下がれ!」
「・・・・・・わたくしは、お父様のおもちゃではありません!」
走り去ってきたものの、やっぱり、お父様は、あたしを自分のおもちゃ程度にしか見ていない・・・・・・。
何を期待したのだろう、馬鹿馬鹿しくなる。
ふらふらとルキィルの部屋の前に行き、ノックをすると、あたしは全身に力を入れて元気を振り絞った。
「ルキィル、調子はどうかしら?」
ルキィルは振り向くなり目を丸くした。
「あら、変?あたし、太ったかしら?」
あたしがお腹まわりを気にしてみると、ルキィルは首を激しく降った。
「ラーシャ、髪型、違う・・・・・・ドレスも・・・・・・凄く、きれい・・・・・・。」
あたしはメイドにゆいあげてもらった頭に触れた。
「ああ、これ・・・・・・ありがとう。でも、ルキィルもさすが国を背負ってた一国の姫ね。あんまり胸のサイズはあってなさそうだけど・・・・・・ドレスが様になってるわよ。」
「こんなの・・・・・・着たことない・・・・・・これで、いいの?」
「いいのよ。」
あたしがニコリと笑うと、ルキィルも少しだけ落ち着いたように笑った。
「さ、あなたのドレス姿をあのダルキリに見せ付けてやりましょ!もしかしたら鼻血ふいちゃうかもしれないわよ?」
ニヤリと笑うと、ラーシャはあわてて、「私、太ってるから・・・・・・。」と言って胸を無理やりしまいこもうとしていた。
いや、それは、太っているんじゃなくて、発育がいいのよ、ルキィル・・・・・・。
全く・・・・・・あたしはこんなに平べったいのに・・・・・・。
「あなたの胸分けてほしいくらいよ。」
あたしがため息混じりに言うと、ルキィルが、じっと自分の胸を眺め、「何かで切って・・・・・・張りつける?でも・・・・・・どうやって・・・・・・均等に分ける・・・・・・?」などと言い始めたので、「じょ、冗談よ!?ルキィル!本気でそんな馬鹿な事考えないでちょうだい!」とあたしは慌てながら手をふった。
ダルキリの部屋に行くと、相変わらずダルキリはあたしに抱きつき、殴って離れるとその場にルキィルだけ残してあたしはイリューストのいると思われる部屋に向かった。
そう・・・・・・問題は、イリュースト。
あたしが王族の血縁者と言うことは、一番憎んでいたルージュやテオクレテミスの血縁者ということ。
そして何より・・・・・・ここから連れ出してほしいとあたしが願ってしまう相手・・・・・・。
「失礼するわよ?イリュースト。」
開けっ放しのドアをくぐり抜けると、そこにはボーッと外を眺めるイリューストがいた。
作「は~い、ついにラーシャの正体が明らかになりました。ラーシャ、本名はミシェラ・ル・ド・ターク・グラウン。緑の民ですね。」
ラ「あたしの名前は、ミシェラ・ターク・グラウンでも通じるわよ。」
作「どうでもいいんだけどね、国の名前がターク・グラウンだったことを覚えてる人はいるでしょうか?最初の手配書の頃の話なんですけど……。」
ラ「誰に聞いてるのよ?あなた……。」
作「そりゃぁ、読者様でしょ?」
ラ「当たり前でしょ、みたいな顔されてもわからないわよ。」
作「ふんふん、そんで、お父様は相変わらずで、ラーシャは気になる人が出来ちゃって……。」
ラ「な、何言ってるのよ!?」
作「あわてちゃうなんて、らしくないなぁ~どうしたのさ?ラーシャ?」
ラ「何ニヤニヤしてるのよ!!叩くわよ!?」
作「痛そうだからやめて。」
ラ「あ、あなたまでイリューストと同じこと言うの!?」
作「怒らないの。ラーシャが暴れだしそうなので、今回はここまでです。ありがとうございました。」
ラ「ちょ、誰が暴れるのよ!?」