イリューストSide 柱
僕がラーシャの顔を覗き込んだとき、ラーシャの目は少しばかり泳いでいた。
「まずはあたしの目を見て話さない?」
それは、ごもっともな事だけど、視線をそらさずにじっと顔を見られることは慣れてない。
ダルキリは、いつも自分の武器や、鍛え方について考えているから、真っ直ぐ僕を見ることは少ないし、ルキィルも、ラーシャほど話さないからじっと見られることはない。
僕はどうしたらいいかわからずにラーシャの輪郭を視線でなぞっていた。
すると、その唇は薄く開いたと思うと、次には、「ねぇ。本当は、真実を知るのが怖いんじゃないの?無理して真実を知る必要もないのよ?」と言っていた。
「え?」
僕がラーシャを見たとき、ラーシャは、真っ直ぐ僕を見ていた。
それからすぐ、視線を少し下にずらして、「真実が、必ずしもあなたのためになるかは、わからないわ。」と言った。
「・・・・・・それでも、僕は、僕がなにものなのかを知りたいよ。」
僕はそれだけ言うと、ラーシャは、「本当ね?後で、知りたくなかったと思うかもしれないわよ?」と、少し首を傾げながら僕を見てきた。
「・・・・・・それは、僕が決めるよ。」
「・・・・・・そうね。あたしがどうこう言える話じゃないわ。でも、警告はしたからね?あなたは・・・・・・。」
ラーシャが、僕の正体を言い掛けた時、ゴゴゴゴゴッと鈍い音が響き、目の前には無かったはずの石製の柱と、入り口が現われた。
柱はもうずいぶんと脆く、上の方は欠け、白い石は苔が生えて、ほとんど緑色をしていた。
その中でかろうじて白が見える程度だ。
柱には植物の弦も巻き付いていて、パッと見、周りの木に馴染んでいて気付かない。
「・・・・・・何・・・・・・これ?」
ラーシャは驚いて柱を見つめていたが、僕は、また良いところで邪魔されたな・・・・・・と思った。
みんな、タイミングを見計らってるんじゃないだろうかと思うほどだった。
「今の音は何だ!」
「なんかあったのか?」
「ラーシャ・・・・・・こっちには・・・・・・無かった。」
みんな、呼んでもいないのにここに集まり、僕は突如として現れたこの入り口のような柱について説明した。
「ふむ・・・・・・ならば、これが今回の宮殿の入り口なのかもしれないな。俺とミィヤが見つけたときは、水面の上だった。ただ、そこに模様が浮いていて、そこに遊び半分で乗ったら、宮殿にたどり着いた。」
僕より幼い容姿をしているノイさんは、腕組をすると、「行ってみるしかないだろう。」と付け足した。
「・・・・・・うん・・・・・・。」
僕が頷くと、みんな入り口へと向かって歩いていった。
中は外からは想像もできないほど広く、青く、そして暗かった。
でも、どことなく明るくて一歩先は真っ暗闇なんて事は無かった。
薄暗くて、どこかひんやりとしている。
地面のタイルは、常に磨かれたようにピカピカで、僕らを鏡みたいに反射していた。
まるで他人の目から自分が映ってるのを眺めているみたいだ・・・・・・人物的には・・・・・・ルキィルの目が青いから、ルキィルの青い目から反射僕ってこんな感じかな?
しばらく進むと、ノイさんは呟いた。
「・・・・・・間違いない。ここが宮殿だ。俺の記憶が定かであるとするならば、ミィヤはこの先の階段を上った右側に存在している“神の間”と呼ばれる大広間で・・・・・・いや、神の石像の前で・・・・・・あの姿に・・・・・・。」
「ならば、急ぎましょう。こちらにも時間の猶予はあまりないの。」
何をそんなにカリカリしているのか僕にはわからなかったが、ラーシャが焦っているという事だけは、手に取るようにわかった。
ラーシャは、ノイさんと同じくらいの先頭を行っていた。
僕は・・・・・・何者なんだろう?
たまに、自分が自分では無いような気がすることがある。
・・・・・・世界は終わらせない。切り札。どれも僕にはわからない。
どうして故郷が燃えたのかも、ラーシャが何故僕も知らないような僕の存在を、いや、僕の何かを知ってるんだろう?
それに、ラーシャの言ってた、“第二の故郷まで失ってるかもしれない”って、それもわからないんだ。
「キャッ!!」
ラーシャの叫び声らしき声が聞こえて、慌てて駆け付けると、神殿の大広間だろうか、無駄に広い部屋の空間に、ラーシャが浮いていた。
それも、真ん中に。
それも・・・・・・ラーシャの意識が無いような状態で。
「ラーシャ・・・・・・?」
僕が声をかけても反応を見せない。
それどころか、ラーシャはいきなり話しはじめた。
「愚か者どもめ。何故怒りに触れると知ってもなお、訪れる。」
それは、確かにラーシャの声だった。
確かにラーシャの口から発された言葉だった。
だけど、抑揚のない、無機質な声だった。
目は虚ろで、どこも見ていない。
僕等の方向を見てはいても、その瞳に何も移してはいない。
完璧にラーシャは、“何か”に憑依されていた。
普段の、僕らが知っているラーシャは、今、ここには・・・・・・いない。
「小娘、いきなり何を言う。」
ノイさんが眉をしかめると、攻撃態勢をとった。
すると、ラーシャは笑った。
いや、正式には、ラーシャの体を乗っ取った何かが、ラーシャを通して乾いた笑いをした・・・・・・と言うのが適当なのだろう。
「愛するものをあの姿に変えて、罰を与えられてもなお、我に歯向かう気か?たかが人間の分際で。」
すると、ノイさんは、拳を強く握りしめ、ラーシャを睨むと、一言「神か。」と呟いた。
その呟きに対し、ラーシャは「そうだ。」と答えると、うなずいた。
「以前は、人の体など使用しなかった神が何故今、人間に憑依している?しかもそいつは異世界人だ。この世界の住人だ。」
「・・・・・・人間よ、お前たちは何を思い、何を望むか。地位か?権力か?富みか?健康か?だが、我の上げたものはほんの一例にしか過ぎぬ。今、お前の愛するものは、“神”になりつつある。あの器もやがて朽ちる。朽ちたときこそ真の神となるのだ。宮殿に来るものはそう多くはない。野心や邪心を持つものは、宮殿を捜し当てられぬようになっているからだ。お前は野心を持っていた。だから捜し当てられなかった。なのに異世界人を呼ぶとは、考えたものだ。」
「俺が提案したわけじゃない。気付いたときにはミィヤはもう、呼び掛けを始めていた。1ヶ月も呼び続けた。自分の声が届く奴のもとへ。」
1ヶ月も呼んでいたのか、と正直驚いていたら、ラーシャの姿を借りた神と名乗る人物は、冷笑した。
「愚かな・・・・・・。」
「それよりも、俺が聞きたい。ミィヤの呪いはどうやれば溶ける?教えてくれ。いや、教えて下さい。お願いします。」
ノイさんはそう言って土下座した。
僕にはそれが、信じがたい光景だった。
彼はプライドが高く、いつも上から目線で僕らと話していた。
そんなノイさんが、プライドをかなぐり捨て、頭を地面につけている。
・・・・・・それだけ本当に本気だということなのだろうか。
「呪いを説く方法は始めから知っているであろう、他者により殺され・・・・・・」
「違う方法だっ!それ以外の方法は何か無いのか!?」
神の言葉を遮り、ノイさんは、叫んだ。
だが、その叫びも虚しく、ラーシャの口は淡々と、「無い。」と語り、希望を打ち砕いた。
「・・・・・・おかしい・・・・・・。」
長く思えた沈黙を、ぽつりと呟き、破ったのは、ルキィルだった。
「何故、他者により、殺されなければならないの・・・・・・人間の体にも限度がある・・・・・・永遠の命は存在しない・・・・・・でも、話、聞いてると・・・・・・寿命を全うするという自然の摂理を、彼女だけは、覆しているように思う・・・・・・。」
「摂理も覆せるのさ。神だからな。あれは、人間ではない。人間の皮をかぶり、余計な荷物をまだ捨てていない神なのだ。我は、神の座を下りる。そこの人間よ。先程の問いに答えよう。お前の“何故今、人間の体を借りるか”を。我は、神、臨時なのだ。それが情けないとも思わぬ。ここに辿り着けたものは、神になる資格がある。我の力は弱まった。その中で着実に器は熟している。そうして神は交替を繰り返し、人間は、力を求めるくせに神を、宮殿を、呪いと蔑むようになったのだ。」
ラーシャは、いや、神は、また冷笑をしてからノイさんに向けていた視線をどこか遠くに投げた。
「・・・・・・待て・・・・・・なら、ミィヤは・・・・・・神になるのか?」
「無論であろうに。」
「・・・・・・ムロン・・・・・・?」
“無論”に、反応したのはダルキリだけだったが、その後ダルキリは黙って口を閉じていた。
普段ならラーシャがダルキリに突っ込むのだろうが、ラーシャは乗っ取られている。
というか、ダルキリ・・・・・・まさか無論を知らない気じゃないよね?
「なら、何故ミィヤは苦しんでいるんだ。」
「・・・・・・苦しんでいるのは、人間にとって心となりゆる感情を捨てようとしないからだ。過去も、感情も、すべてを捨て去り、何事にも、何者にも冷静に審判をくだす。神という地位を前に何を出し渋っているのかは知らないが、どうせあらがえぬ事。神となりえたあの者の体は、もう朽ちる事しか許されぬ。放って置いても時期、権力や、財産、地位に目の暗んだ人間がいつかあやつの肉体を殺すであろう。もう、十分弱っているのではないか?この小娘にあやつの力が宿っているのだからな。」
え・・・・・・?
耳を疑い、眉をひそめたのは、僕だけではなかった。
みんな、眉をひそめていた。
「・・・・・・力?」
僕が呟くと、ノイさんはワナワナと震えだし、「この小娘が、ミィヤを利用したっていうのか?やっぱり他人は信じられねえ。切り裂いてやる!」
「かまわぬよ。」
そう聞こえると、ラーシャは、ドサリと床に倒れ落ちた。
「ラーシャッ!」
僕がなんとかノイさんとラーシャの間に滑り込み、ラーシャを守った。
どこかで、〔どうせ我の体ではない。〕とせせら笑ったような声がした。
それは、どこまでも冷たい声だった。
まるでラーシャの事を、人の命を、なんとも思ってないような声だった。
「ふざ・・・・・・けるなっ・・・・・・!」
僕は剣を構えて、「出てこいっ!」と叫んだ。
見えない相手に向かって力一杯叫んだ。
すると、頭に文字が入ってきた。
声というよりは文字だった。
音が無かったのだ。
〔何故守る?何故怒る?何故その者のそばにいる?〕
僕は下唇を少し噛むと、「・・・・・・そんなの、仲間だからだろ・・・・・・大事な、仲間だからだろ!」と、今にも震えそうな足をしっかりと踏張って、ラーシャが落ちた地面に立ち尽くしていた。
多分周りには僕の声しか聞こえていないと思うので、かなり不思議な光景だろうが、そんな外見など構ってはいられなかった。
〔・・・・・・仲間ではないと、敵だと知ってもなお、お前はこの小娘を仲間だと言い張れるか?〕
「ラーシャは・・・・・・仲間だ!何があっても、僕等の仲間だ!」
「そうか。ならば・・・・・・こうされても構わないわけだな?」
僕の背後からラーシャの声がして、ヒヤリと、冷たいラーシャの剣が首に添えられる。
「笑止。お前は、この小娘が大事みたいだが、この小娘には・・・・・・いや、いずれわかる。いちいち秩序を変える必要も、我が教えてやる必要もない。」
ラーシャの剣が僕から離れると、ノイさんは叫んだ。
「待て!ミィヤを救う方法は、本当に、何もないのか!?」
すると、ラーシャはピタリと動きを止め、僕が振り向くと、全くこちらを気にせずに薄く口を開いた。
「・・・・・・無いこともない。」
「その方法は・・・・・・!?」
「・・・・・・世界すべての人間が、神という存在を求めずに、手の届きもしないような地位や財産、権力などのすべての欲をなくせば、神という存在は、必要なくなる。」
「・・・・・・ふざけるな!そんな、そんな他人の欲までこっちが制御できるかよっ!」
ノイさんは、僕らより高い声を必死に低くして叫んでいた。
でも、ラーシャの顔色は何一つ変わらない。
無表情のまま、眉毛一本動かさなかった。
「ならば、あきらめるがよい。」
そのまま、ラーシャは倒れこみ、神はラーシャの体から抜けた。
「ラーシャ!」
僕は倒れてきたラーシャを何とか抱き止め、剣だけがラーシャの手を離れて地面に、カシャンという小さな音を立てて落ちた。
ノイさんは、ガクリと、地面に叩きつけられるように膝から落ちると、「クソッ!」と言って、拳で床を殴った。
三発くらい殴ったところで、どうにもならないと、我に返ったのか、ゆらりと立ち上がると、そのまま浮き上がって、もう一度「クソッ!」と呟いた。
ラーシャは、死んだように眠っていた。
息はしているのに、体が冷たく、血の気がない。
早くベッドの上に横にしなければ・・・・・・。
「・・・・・・ラーシャ。」
僕は、剣を拾い、ラーシャの剣を鞘に収めると、ラーシャを抱き抱えて空中へと飛んだ。
ラーシャの意識が戻ったのは、あれから1日半くらい経った頃だった。
「ん・・・・・・あれ・・・・・・ここは・・・・・・。」
「ラーシャッ・・・・・・!」
目覚めたラーシャに真っ先に飛び付いたのは、ルキィルだった。
「・・・・・・ルキィル?ダルキリに、イリューストも・・・・・・あれ?あたし、何したのかしら?宮殿を見つけて、大広間に行って・・・・・・それからの記憶がないわ・・・・・・。」
「・・・・・・乗っ取っられてたよ。神に。」
「え?じゃあ、一応神とやらに話は出来たのね?それで、ミィヤを助ける方法は?」
「・・・・・・ないよ。」
自分の体を乗っ取られていたというのにラーシャは、何もないような顔で話を進めるので、少し驚いてしまう。
「・・・・・・何も?」
「・・・・・・ミィヤが死ぬか、まわりの人間が・・・・・・この世界の人間全てが、神を望まないこと。そのどちらかしかない。どっちも実行不可能だよ・・・・・・人間の欲を押さえて、力を望ませないようにする・・・・・・なんて。ミィヤさんに触れれば叶うかもしれないのに、手をのばさない人はいないだろうし、絶対の存在である神を作り出すのは、そういった欲望もあったりするだろ?」
「・・・・・・あたしの神は、“願いを叶えてくれる神”ではなかったから、わからないわ。でも、そうね、きっと誰しもが一回くらい神に拠り所を求めるわよね。それを神はいらないと寝返る人は少ない・・・・・・それも“願いを叶えてくれる神”ならなおさらよ。でも、ねえ?ということは、ミィヤは、神様、なの?」
「・・・・・・神になりたくない神だよ。まだ未熟って感じかな。」
「・・・・・・私の神は初代の王よ。もちろん王だけではなく王女もだけど・・・・・・ねぇ、どうして人は神を求めるのかしら?しかも、誰かの何かを犠牲にしようとするのかしら?始めから思っていたけど、まるでルキィルの国にいた時みたいだわ・・・・・・。」
作「今回は、謎多きミィヤについて話そう。過去は後々出てくるが、言い習わしについてだ。」
イ「あ、それ、ちょっと気になってた。」
作「だろう。ルキィルと似てる部分はあるものの、今回、ルキィルと全く異なる部分は、神となり世界を支える柱に補助が一切ないこと。あと、国ではなく、本当にその世界を捌くものになることだ。」
イ「そんなこといわれても、そこらへん、僕あんまりしらないんだけど……。」
作「知らないだろうな。これをよく理解しているのは、ラーシャとルキィル本人だからな。」
イ「そうなんだ?というか、どうしてラーシャはそんなに物知りなの?」
作「一種のキー人物だからな。ストーリーに必要なことを知っているのはラーシャで、そのストーリーに波乱にさせたり、様々な方向性に変えることができるのはイリュースト……お前だ。」
イ「え……僕?」
作「当然だろ。主人公なんだからな。ちなみにそれにちょくちょく問題を起こす問題児がダルキリ、それにいい味を出させる(予定)役がルキィルなんだよ。ストーリーはラーシャとイリューストが推し進めてく。周りが何をしようと本筋はあんまりぶれないようにしてる。」
イ「へ~僕ってそんなにスゴイ位置にいたんだ……。」
作「おう!すげぇよ!!」
イ「ダルキリみたいだ……。」
作「失礼な、作者をあの能無しと一緒にしないでくれたまえ!!」
イ「それ、ひどいよ!?逆にひどいよ!?ダルキリに失礼だよ!?」
作「いや、いいんだ、ダルキリは元々能無し設定だったから……しかし……せっかく顔がいい設定にしたんだからもっとチャラ男にしとけばよかった……!ちなみに、イリュ、お前もなかなか顔はいいほうだぞ!!」
イ「それって……ほめられてる気がしないんだけど……。」
作「まぁいいじゃないか、そんな深く考えるなよ!じゃ、また次回!次回もよろしくお願いします!!」