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どうか私のことは気にせず楽しんで?


 タンジェリン子爵家主催の夜会当日。私はジョージのエスコートを受けながら会場入りした。見たところ参加者の年代は二十代が中心のようだ。おそらくロバートの交友関係を軸としているのだろう。


「今日のドレスは僕がプレゼントしたもの、だよね? とてもよく似合っているよ!」

「ありがとう。私も気に入っているわ」


 繊細な白いレースがふんだんにあしらわれた気品溢れるドレスの裾を摘まんで微笑む私に、ジョージも目尻を下げる。このドレスは彼から贈られたドレスの中で一番新しいものだ。袖を通すのは今日が初めてだが、自分でも非常に似合っていると思う。

 こんな機会でもなければ着ることもなかっただろうから、これはこれで良かったのかもしれない。ドレスに罪はないし。


 会場内は既に人で十分に満たされており、私たちも知り合いを見つけては挨拶を繰り返す。特にジョージは顔見知りが多いようで、先ほどから人が途切れる様子はない。

 そんな彼の横で適当に愛想笑いを浮かべながら会場内を観察していると、奥まった場所にタニアの姿を見つけた。今日は男爵と一緒ではなく一人で参加しているようで、同年代の男性数人に囲まれながら談笑している。しかし時折、その視線がジョージへと向けられていることに私は気づいてしまった。当のジョージは気づいていないようだが……計画のことを考えるといい兆候のように思える。


 そこから視線をさらに右方向へと動かせば、今度は窓際の柱に背を預けながら静かにたたずむヴィルの姿が視界に飛び込んできた。

 他の参加者に比べるとかなり地味な仕立ての衣装を身にまとっているが、それでも元来の美しさが損なわれることはない。その証拠に、先ほどから複数のご令嬢がヴィルを気にした様子で遠巻きにしている。話しかける機会でも窺っているんだろう。……なんだろう、ちょっとモヤモヤする。


 すると私の視線に気づいたのか、ヴィルがふいにこちらへと視線を向けた。目が合って、互いに見つめ合ったのはおそらく数秒のこと。薄く微笑んだヴィルはすぐに私から目を逸らし、明後日の方に歩いて行ってしまった。


 ――どうしよう。これしきのことで不覚にもドキドキしてしまった。そんな場合じゃないのに。


 私は浮ついた気持ちを落ち着けようと、隣に立つジョージの横顔を敢えて見つめた。こちらはこちらで端正な顔立ちだと思うが、もはやそれ以外の感情は一切湧いてこない。精神統一も兼ねてしばらくぼんやり見つめていると、私の視線を気にしたジョージが友人たちとの話を適当なところで切り上げた。心なしか嬉しそうにも見える。


「ごめんねキャロル。退屈だったかな?」

「そんなことありませんわ。お友達がたくさんいて羨ましいなと思っていただけです」

「そう? 僕としては、早くキャロルと二人きりでダンスでもしたいところだけど――」

「すまないジョージ。その前に軽く挨拶がしたいんだが?」


 私たちの会話にするりと割り込んできたのは、本日の主催であるロバートである。

 シャンパングラスを片手に微笑む姿はとても二十代前半とは思えない風格だ。


「いい会だなロバート。楽しませてもらってるよ」

「それは重畳。バーミリオン嬢も楽しんでくれているかな? ――ああ、飲み物がないな。失礼した」


 そこでロバートが近くにいた飲み物担当の給仕に声を掛ければ、色鮮やかなカクテルや赤ワイン、ノンアルコールのジュースなどが載った盆が選びやすいように私の前へと差し出される。この状況でアルコールは避けるべきかと私がオレンジジュースを手に取った――その瞬間だった。


「あっ……わわっ!?」


 誰かに背中を軽く押された私は前方へとよろけた。咄嗟に踏ん張ったので幸い転びはしなかったものの、手元を大きく揺らした結果、零れたオレンジジュースが胸元を直撃。淡い色を基調としたドレスはあっという間に濃い橙色へと染まっていく。


「キャロル! 怪我はない!?」

「え、ええ……大丈夫。ちょっとふらついただけだから」

「これは大変だ。バーミリオン嬢、すぐに着替えの手配したいところだが……」


 そう申し訳なさそうな声を出す傍ら、ロバートは私だけが気づくような位置で軽くウィンクをしてきた。これは……つまり、わざとやったってことね! とすると、私がこの後に取るべき対応は――


「……せっかくですが、着替えるにも時間が掛かりますので結構ですわ。残念ですが私は先に失礼させていただきます」


 こういうことかしら、と目線だけで訴えれば。


「そうか……申し訳ないな」


 言葉とは裏腹にロバートが満足げな瞬きを返してくる。どうやら正解のようだ。


「タンジェリン様が謝る必要はございません。もともとは私の不注意ですので」

「では、せめて馬車はこちらですぐに手配しよう」

「ありがとうございます」

「……それじゃあロバート、僕らはこれで失礼させていただくよ」


 私たちの会話を受け、当然のようにジョージも私と一緒に帰るつもりでそんなことを口にする。

 すると即座にロバートが気まずげな気配をさせながら頭を搔いた。


「……困ったな。実はジョージに折り入って相談があったのだが……」

「まぁ! それなら私は一人で先に失礼しますわ。まだ会も始まったばかりですもの。ジョージ様のお友達も会場に多くいるようですから、どうか私のことは気にせず楽しんで?」

「え!? いや、でもキャロルを一人で帰すなんて……」


 非常に歯切れの悪いジョージ。だが彼は基本的に私の提案を断らない傾向にある。

 ロバートからの引き留めもあり、最終的に彼は会場に残ることとなった。私は笑顔でジョージに別れを告げつつ、ロバートがつけてくれた女性使用人の誘導で会場を離脱する。

 そのまま人気のない廊下を進むと、何やらとても見覚えのある男性の姿を見つけて――私は思わず膨れっ面になりながら抗議の声を発した。


「こういうことをするなら最初から説明してほしかったんですけど……!」

「それだとドレスの事故が自然な反応にならないだろ? 敵を騙すならまず味方からってやつだよ」


 悪びれなく笑うヴィルに段々と怒る気持ちも失せてくる。確かにこれなら自然な形で私だけが会場を離れる理由が作れる。偶発的な事態に見えるからこそジョージの警戒心も薄まるだろう。また、火遊びをするにも私の目のないことが確定しているので羽目も外しやすいはずだ。


「――さて、ここからが本番だ」


 一転して落ち着き払った彼の言葉に自然と身が引き締まるが、まずはこの格好をどうにかしなければならない。


「ヴィル、私の着替えは用意してあるの?」

「もちろん。ついでに鬘と眼鏡もね」


 その言葉を受けて私が着替えた衣装は、タンジェリン家の女性使用人服。加えて鬘と眼鏡で変装した現在の姿は、よほど近くに寄らなければ中身が私だとは気づけないだろう。


「ここからは俺と一緒に行動だよ。準備はいい?」

「ええ、望むところよ」


 私はジョージが罠に掛かることを祈りながら、会場とは別方向へと歩き出すヴィルの背を追った。


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