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少し付き合え【ヴィルヘルム視点】


 外出先から騎士団内に併設されている寮に戻って来た俺は、その足で自室ではなく別の人間が住む部屋へと向かった。ノックは素早く三回。すぐに入室を促す声が聞こえてきたので遠慮なく踏み込む。


「早かったな」


 出迎えた部屋の主――ロバートは目線だけでソファーへの着席を促した。俺は素直に従う。


「で、首尾は?」

「問題ないよ。彼女も計画を了承してくれた」

「それは重畳」


 彼は立ち上がるとグラスを二つ用意し、そこへ酒を注いだ。ウィスキーのようだ。


「少し付き合え」


 断る理由はない。ありがたく受け取ったグラスに口をつければ、普段よりも上等な物だとすぐに気が付いた。

 思わず問うように視線を向ければ、付き合いの長い友人はわざとらしく口角を上げた。


「前祝いだ。ようやくここまで来れたからな」

「……ああ、そうだな。やっとだ」


 そうだ。ようやくここまで辿り着いた。

 あの男を必ず破滅へ導くと決めてから、気づけば三年近くの月日が経っている。


「それにしても長かったな……いや、私たちの年齢を考えれば上出来な方か」


 そう呟くロバートは二十二歳で、俺は一つ下の二十一歳。確かにまだまだ若輩者と呼ばれる年齢だ。


「家の仕事をほぼ任されてるお前と違って、俺は今も昔もただの騎士でしかないけどな」

「私もまだ正式に家督を継いでいないから肩書という点では似たようなものだ。――それでも、三年かければ奴を地獄へ落とす舞台を用意することくらいは自力で出来るようになったな」


 言って、ロバートは静かにグラスを傾ける。今回の計画を立案したのは俺だが、諸々の手配をしてくれているのはロバートの方だ。この男の協力がなければ今日はなかった。感謝してもしきれない。


「それにしても……本当に成功すると思うか?」


 普段よりも早いペースで空にしたグラスを手で弄びながら、ロバートは俺へと問う。

 確かに博打の要素も多い計画だ。しかし勝算はある。


「少なくとも女の方は必ず罠に掛かる。植物園でプライドを傷つけられた挙句、その後は徹底的に奴から避けられてるんだ。機会があれば多少のリスクは見て見ぬふりをして飛びついてくるだろうさ」


 そのためにわざわざロバートへ手回しを頼み、件の三人を植物園で引き合わせたのだ。婚約者を優先する奴の姿を目の当たりにしたあの女は今頃嫉妬に狂っているだろう。その感情は冷静な判断力を低下させる。そして女が暴走すれば、必然的に標的である男の方も無事では済まない。


「たいして好きでもない女で身を滅ぼすなんて、奴には似合いの末路だろう」

「違いない」


 肩を竦めながらひそやかな笑い声を漏らすロバートを横目に、俺は服の上から左胸のあたりを手で押さえる。伝わってくる小瓶の感触に小さく息を吐いた。


 果たして奴は気づくだろうか。それとも三年前のことなど忘却の彼方だろうか。

 別にどちらでも構わない。やることは変わらないからだ。

 奴が覚えていようがいまいが相応の報いは必ず受けさせる。ただそれだけだ。


「ところで、事が終わった後はどうするつもりだ?」


 自らのグラスに二杯目を用意しながらロバートが訊いてくるのに、俺は少し考えてから答える。


「特に何も考えてなかったけど、まぁしばらくはのんびりするかなぁ。諸々の報告がてら一度実家にでも帰省するとか――」

「そうじゃない。キャロル・バーミリオンのことだ」

「……ああ、そっちか」


 俺はほんの数時間前に会っていたキャロル・バーミリオンの姿を脳裏に描く。

 令嬢にしてはクルクルと表情が変わる、少し子供っぽさを残した真っ直ぐな性格の女の子。笑顔はもちろん、気を許してくれているからこそ出る拗ねた表情も可愛くて、ついついあの小さな頭を撫でたくなる自分がいる。

 この気持ちが単なる庇護欲なのか、それ以外の感情によるものなのかは俺自身にもよく分からないが――


「どうするもなにも、そもそも俺に決定権はないよ。すべては彼女次第だ」


 現状は俺の一方的な片思いということになっている。

 ゆえに彼女がひとたび俺を拒絶すれば、そこで完全に縁が切れる程度の関係性だ。


「ふぅん……つまり彼女が拒否すればそれまでだと」

「そういうこと。まぁ少なくとも一緒にいて素直に楽しいと思える相手だし、俺としては縁が切れるのが惜しいと思うくらいには情もあるけどね」


 そもそも最初はただ、計画に利用するだけのために近づいたに過ぎなかった。

 初対面で一目惚れだと()()()()()()()、あの男への復讐を果たす上では都合が良かったから。


 けれど今は純粋に、彼女には幸せになって欲しいと思っている。


 その点においても俺は必ずこの計画を成功させなければならないのだ。もし計画が失敗すれば彼女は奴との結婚を余儀なくされる。それだけは駄目だ。絶対に許せない。想像するだけで吐き気を覚える。

 そんな不快感を洗い流すように、俺はグラスに残っていた酒を一気に呷った。

 喉が熱く焼けるような感覚が心地よく、自然と気持ちも切り替わる。


「――どちらにせよ全ては決着がついた後の話だよ。今は計画実行にだけ集中しよう」


 そんな俺の言葉にロバートは「それもそうだな」と二杯目の琥珀を薄い笑みのまま飲み干した。


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