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だからコレも使おうかと


 植物園以降、ジョージはやたらと「早く結婚したい」と口にするようになった。

 その上、今まで以上にデートの約束を取り付けようとしたり、私の機嫌を取るためかプレゼントや手紙を贈ってきたりと、婚約者として完璧な振る舞いをしてきている。

 おかげで父の気持ちも日に日に「出来る限り娘の気持ちを尊重する」から「一時の気の迷いだと思って許してやったらどうだ」へ傾き始めていた。


「……どうしよう、このままじゃ本当に手遅れになるかも……」


 タイムリミットは近いのに不貞現場を押さえられそうな兆候はない。いつものティールームで焦りと不安から思わず弱気な声を出せば、テーブルを挟んで向かい側に座っているヴィルも難しい顔をしていた。


「俺の方でも色々と情報は集めてるけど、最近の奴は君と出席する社交以外は極力断っているらしい」

「それってやっぱり、私が不貞が気づいたことに感づいた……とか?」

「そこまでは分からないけど身辺整理をしようとしているのは確かだね。現にタニアとも君と一緒に植物園で会って以来は一切接触してないようだし」

「ううっ……それじゃ困るのに……!」


 このままでは女神契約の破棄など絶対に無理だ。


「かくなる上は、私が浮気して侯爵家側から契約破棄してもらうしか――!」

「馬鹿なこと言うもんじゃない。あんな野郎のために自分の人生を棒に振るつもりか?」

「分かってるわよ! でも、他に何も思いつかないんだもの……」


 不貞の事実は確かにあったのに、それを神殿司祭の前で立証できなければ意味がない。悔しい。あんな光景を見せられても泣き寝入りするしかないの? このまま本当にジョージと結婚させられる? ――そんなの絶対に嫌なのに!


「何かほかに方法は……いっそ、彼に私自身が不貞を目撃したことを素直に話して別れを切り出すのはどうかしら?」

「奴がそれで素直に別れると思う?」

「……言ってみただけだもん」


 不貞腐れてムスッとした声が出てしまっても取り繕う余裕すらない。そんな私を慰めるようにヴィルは軽く頭を撫でてくれる。ジョージにされるのとは違い嫌悪感はない。むしろもっとしてほしい、とすら最近は思ってしまう。恥ずかしいから本人には言わないけど。


「なぁ、キャロル」

「なに……いい案でも思いついた?」

「いい案、ではないかもしれないけど。実はひとつ思いついたものならある」


 その言葉に思わず俯きがちだった顔を上げると、ヴィルの手は私の頭からそっと離れていった。そのまま彼は椅子にしっかりと座り直す。私も自然とそれに倣った。場の空気が一気に引き締まる。


「キャロルの話を聞いてから俺の方でも探りを入れてみて、確証を得たことがある。それはタニアが学院時代から今もずっと奴に惚れてるってことだ。それを利用しようと思う」

「具体的には何をするの?」

「来週末、ロバートの家が主催する小規模な夜会があるんだけど……そこに奴らを招待する。もちろんキャロルにも参加してもらうけど――その夜会の最中に奴らが不貞行為に及ぶよう誘導するんだ」

「誘導って……そんなこと本当に出来るの? いくら二人を引き合わせたところで今の彼がそう簡単に危ない橋を渡るとは思えないんだけど」

「俺もそう思う。だからコレも使おうかと」


 そう言ってヴィルが懐から取り出したのは、綺麗なガラスの小瓶に入った淡い金色の液体だった。


「なにこれ?」

「巷では【愛の(しもべ)】って名前で出回ってる薬。いわゆる媚薬ってやつかな」

「びやく……媚薬!?」


 噂には聞いたことがあるけれど実物は初めて見た。


「媚薬って確か飲むと、こう……なんだか身体がポカポカして大変なことになるのよ、ね?」

「ふっ、ポカポカって……いちいち可愛いなぁキャロルは」

「もう! こっちは真剣に言ってるのに! というかその……あ、危ないものではないの? 前に友達が媚薬を無理やり飲まされそうになって怖い思いをしたって言っていたのだけれど、そういうのって犯罪になるんじゃ……」


 私の懸念に対して、ヴィルは「そこはちゃんと考えてるよ」と言いながら小瓶を手の中で転がす。


「媚薬はあらかじめ休憩室の目につきやすい場所に置いておくだけ。薬自体は合法のものだからまず咎められることはない。後は奴らが部屋で二人きりになる瞬間を作れば……望む結果が得られる可能性は十分にあるはず」


 正直、私としては半信半疑だった。そんなに簡単にいくものだろうか?


「まぁ上手くいかなければ別の案を考えるだけだから。試してみる価値はあると思うよ?」

「……そうね。このまま何もせずにいるよりはずっと良いかもしれない」


 そもそも私には時間がない。そして手段を選んでいる余裕もないのだから、可能性があるなら賭けてみるべきだろう。上手くいけば素直に喜べばいいし、失敗したらその時はまた別の案を考えればいい。


「手配は俺とロバートの方で全て行なうから、キャロルは何も心配しなくていいよ。……あ、ひとつだけお願いがあったか」

「お願い?」

「うん。当日はなるべく汚れても構わないような、最悪処分してもいいドレスを着てきてほしい」

「ええ!? そんなドレス持ってないんですけど!」

「じゃあ、ジョージからプレゼントされたドレスがあればそれを着てきてくれる?」


 それならば何着か持っているけど……いったい何をするつもりなのか。

 胡乱な私の視線にも動じることなく、ヴィルは再び私の頭に手を置くと優しく撫で始めた。悔しいがそれで直前まで張り詰めていた気持ちがあっさりと緩んでしまう。


「大丈夫。キャロルの悪いようには絶対にしないから。俺に任せて」

「……うん」


 私は信じたいと思った。他ならぬヴィルのことを。だって既に彼に惹かれ始めていたから。

 しかしこの時の決断を――のちに私は心の底から悔いることになる。


なんだか不穏な感じですが、最終的にはハッピーエンドになりますのでご安心ください。

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