奇遇だな
本日3話目です。
平日は1日1話更新ですが、休日なのでもしかしたらもう1話更新できるかも……頑張ります!
婚約以来、ジョージとは理由がない限り最低でも月に五回は会う約束になっている。
定番である互いの家でのお茶会をはじめ、街でのショッピング、舞台演劇や美術館鑑賞、外出先での豪華な食事、自然公園での散策などなど――。
この三年もの間、彼とは実に様々なデートを繰り広げたものだ。
幸せな思い出は今や忌まわしい過去になりかけているが、それはそれとして。
「今日はどちらへ連れてってくれるの?」
まだ日の明るい午前中、私はジョージが用意した侯爵家の馬車に彼と二人で乗っていた。
そう、本日は月に五回設定された逢瀬日なのである。
「ああ、先日出来たばかりの植物園があるだろう? そこのチケットが運よく手に入ったんだ、どうかな?」
「まぁ、それは楽しみだわ!」
貴方と一緒でなければ本当に、とは思っても声には出さない。裏で婚約破棄を画策していることがバレたら、おそらく結婚までジョージは火遊びなど決してしないだろう。それでは困るのだ。むしろ今後は思う存分、女性と羽目を外してほしい。
……無理なくそんな風に思えるようになったのは、間違いなくヴィルの影響が大きい。
彼とは情報交換も兼ねて定期的に手紙のやり取りをしたり、いつものティールームで顔を合わせたりしているのだが……正直、既に気持ちが傾きかけている自覚はある。
自分でも心変わりが早すぎやしないかと呆れるほどだが、一番弱っている時に優しくされた上に現在も積極的に骨を折ってくれている相手に好感を抱くなという方が無理なのだ。おまけに顔も好みで、ヴィル自身も初対面の頃から私に対して好意を寄せてくれている。
ジョージのことで私が男性不信にならずに済んだのもヴィルのおかげだ。その点についても心から感謝している。まぁどちらにせよ恋愛関係に発展するかどうかは、女神契約が無事破棄されてからの話である。
先のことは焦らずゆっくりと考えていけばいい。
途中、馬車の中で手を握ろうとしてきたジョージをなんとか躱しつつ、私たちは目的地である植物園へと辿り着いた。最新の技術がふんだんに盛り込まれているというこの植物園は広大な面積の施設にもかかわらず全面ガラス張りという豪華な造りとなっている。建物内に入っても陽の光を強く感じられ、自宅の温室とはまた違った味わいがあった。
少し歩くだけでも外国から輸入されてきた珍しい品種の花々が所狭しと咲き誇り、中には見たこともないようなうねりをする巨木まで植えられている。
「凄い……! 反対側の人たちが全然見えないわ。なんて大きくて力強い樹なのかしら……」
素直に感動する私の横で、ジョージがクスクスと小さく声を漏らす。
「キャロルは本当に可愛いね。令嬢の中にはこういった植物園を嫌う子もいるようだけど、君はどんな場所でも楽しそうにしてくれるから連れてくる身としても嬉しいよ」
「……だって、本当に楽しいんだもの。知らないことを知れるのは」
「その感性は君の美徳だよ。でも、楽しいからって僕を置いてひとりで行動しないようにね? ほら、手を――」
「あっ! あちらに見たことのない花が咲いてるわ!」
私は握られそうになった手をスッと引いてから露骨に感動的な声を出す。そして不自然にならないように興味を惹かれたといった体で移動を開始した。危ない危ない。作戦通りに接触は極力避けなければ。
チラリと振り返れば、ジョージは困った子を見るような眼差しをこちらに送りつつも顔は笑って後をついてきている。不審がられた様子もない。よしよし。
その後もなるべく自然を装いつつジョージとの身体接触を断ちながら、私は植物園を普通に楽しんでいた。見上げれば降り注ぐ日差しの明るさに目を細め、鼻を動かせば嗅いだことのない花や木々の香りがそこかしこから漂ってくるのに気分を高揚させる。毒々しい色の食虫植物だけは怖くて近寄れなかったけど、それもまた一興というやつだ。
そうしてあっという間にエリアも半分以上を過ぎ、私がチョコレートコスモスを眺めていた時、
「ジョージ、君も今日来ていたのか」
背後から聞こえてきたそんな声に振り返ると、ジョージと同じ年頃で精悍な顔立ちをした黒髪黒目の男性が軽く手を振りながら近寄って来るのが見えた。友人だろうか――とぼんやり思っていると、
「奇遇だなロバート」
ジョージの言葉でハッとした私は驚きのままに男性を食い入るように見つめた。そんなこちらの不躾な視線に気づいたのか、ロバートと呼ばれた男性がジョージの肩越しに私を見る。
「そちらの女性は君の婚約者か?」
「ああ、そういえば紹介したことなかったっけ。彼女はバーミリオン伯爵家のキャロル嬢。お察しの通り僕の可愛い婚約者だよ」
「……初めまして、ご紹介にあずかりましたキャロルと申します」
「ご丁寧にどうも。私はロバート・タンジェリン。ジョージとは学院時代からの友人です」
「お会いできて光栄です、タンジェリン様」
「こちらこそ。貴女のお話はそこのジョージはもちろん、別の知人からも聞き及んでいますよ。とても素敵なご令嬢だと」
別の知人、とはおそらくヴィルのこと。それをジョージが横にいる状況で言外に匂わせてくるあたり、なかなかに強かな人物のようだ。
「実はね、今回のチケットは彼の伝手で入手したものなんだよ」
なるほど。偶然を装っているが、おそらくロバートは意図的に今日ここで私たちと鉢合わせることを画策したのだろう。その目的は分からないが、素直に考えるならジョージに私を紹介させて面識を持つため……といったところだろうか。
「そうだったのですね。ありがとうございます、タンジェリン様」
「ここの出資には我が家も一枚嚙んでいるので、お気になさらず。少しは楽しんでいただけてますか?」
「ええ、それはもう」
おかげさまでジョージとのデートであっても苦行にならずに済んでいる。そんなこちらの想いが伝わったのか、ロバートはどこかおかしそうに目元をやわらげた。
「それは何よりです。まだこの奥にもサプライズが用意されていますので、最後まで楽しんでくださいね」
そう言い残すと、ロバートはあっさり私たちから離れていった。最初から最後まで非常にスマートな印象の人だった。目つきが鋭いので取っつきづらさはあるが、喋ってみるとその印象も覆る。なんとなくヴィルが信頼を置く友人というのが分かる気がした。
「サプライズか……いったい何だろうね?」
ジョージの言葉に私も「楽しみですね」と返す。この時は純粋に、施設内の目玉のことを指すものばかりと思っていた。だが――
「……あらジョージ様! お久しぶりですわぁ」
進んだ先で待っていたのは、嫣然と微笑む美しい男爵夫人だった……これはちょっと悪戯が過ぎるのではないかしら、ロバート・タンジェリン!?