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ひとつ提案なんだけど

本日2話目です。よろしくお願いいたします!(今日はさらにもう1話更新予定)


 完璧にジョージへの信頼と恋心を失くした私は婚約破棄に向けて本格的に動き始めた。

 もはやあの男を思って泣くことも未練に思うこともない。完膚なきまでに捨ててやるまでだ。


「それは何より。で、具体的にはどうするつもり?」


 場所は前回と同じティールーム。私の呼び出しに快く応じたヴィルの笑顔は今日も眩しい。


「とりあえず彼の不貞の証拠集めから始めるわ。出来るだけ早く破棄したいから」


 タイムリミットは来年の春――いや、準備期間を考えればもう半年もない。急がなければ。


「了解。とはいえ物証を押さえるのは難しいかもね。奴も足がつくような下手は打たないだろうし」

「タンジェリン様に証言は頼めないかしら? 貴方の情報源は彼なのでしょう?」

「いや、流石に証言だけでは弱いしロバートは子爵家だ。マホガニーを敵に回せるほどの力はないよ」


 そう、腐ってもジョージは侯爵家の者なのだ。家格で言えば我が家よりも高位。以前はそれを誇らしく思っていたけれど、今となっては枷でしかなかった。


「話を聞く限り奴が君との婚約破棄に同意する可能性は皆無だろうし……やはり現場を押さえて言い逃れ出来ないようにするのが一番確実かな。そこで目撃者が複数確保できれば完璧だろう」

「となると……まずは彼の不貞相手を探ってみるべきかしら」


 確かタニアという名前だったはず。暗がりでもはっきりと分かる派手顔の美人だった。年齢は私よりも少し上のように見えたけど――


「それなら俺の方である程度は把握してるよ。彼女の名はタニア・マロー。年齢は奴と同じ二十二歳で、どうやら学院時代の級友らしい」

「!? ……いつの間に調べたの?」

「君が奴と会ってる間に少しね。そんなに難しくはなかったよ?」


 ふわりと微笑む有能なヴィルの調べによれば、なんとタニアは既婚者とのこと。

 マロ―男爵の妻でありながら不貞を働いているという事実に私の頭はクラクラしてしまう。


「まぁよくある火遊びのつもりなんだろうね。……女神信仰では未婚女性の純潔を非常に重んじるだろ? その点、既婚者とならその辺りを気にせず付き合えると奴も考えたんだろう」

「……さいってい!」

「全くだ」


 ヴィルの声には珍しく強い侮蔑の色が乗っていた。どうやら彼も浮気や不貞といったことに嫌悪感を覚えるタイプのようだ。同じ価値観なのは素直にありがたい。


「話を戻すけど、つまり二人が不貞を行なう現場を押さえればいいのよね?」


 言うのは簡単だが難度は高いように思える。


「そこで俺に考えがあるんだけど……その前に確認しておきたいことがある」

「なに?」

「君は奴にその……どの程度まで触れ合いを許容していた?」


 真剣な面持ちで訊ねてくるヴィルに私は思わず赤面する。


「ど、どどどの程度って……普通の婚約者同士がする触れ合いくらいのものだから! キ、キスも頬とかおでこにしかしたことないし!!」


 なんでこんなに必死になって弁明みたいなことをしているのか。それでも誤解されるのは嫌なので正直にそう告げれば、ヴィルは冷静な表情で「なるほど」と呟いた。


「俺が思うに、奴の不貞の要因のひとつに欲求不満があると考えられる」

「よ、よっきゅうふまん……」

「うん。つまり君にぶつけられない欲を別の女性で発散しているんじゃないかってこと」

「なにそれ!? 信じられない……不潔だわ!」


 私だって男性には男性の欲求があること自体は理解している。けど、だからといって不貞が許されるかといったら大間違いだ。そもそも女性には純潔を求めておいて自分は好き勝手に欲を解消するなんて都合がよすぎる。


「……もしそれが本当なら、私よりも愛する人が出来たと言われる方がまだマシだったかもしれないわ。心変わりなら悲しいけれど仕方がないって思えるもの」


 ジョージのことは既に見限ったとはいえ、あの夜の光景は私にとっては未だに深い傷となり胸の奥底に残っている。それを確かめるみたいに胸元でぎゅっと手を握り込めば、対面から気遣うような声がかけられた。


「キャロルは何も悪くないんだから落ち込む必要も悲しむ必要もない。あんなクソ野郎のことは一刻も早く捨てて、君にもっと相応しい男と幸せになればいいんだよ」


 例えば俺とかね、と茶化すように笑うヴィルの優しさが傷口を癒すようにじんわりと胸に沁みいる。……改めて思うけど、今ここにヴィルが居てくれて本当に良かった。もし私ひとりだったら未だにどうしたらいいか分からず部屋でメソメソしていたかもしれない。


「ありがとう、ヴィル。……私、もうなんとしても絶対に婚約破棄して幸せになってみせるわ!」

「そうこなくっちゃ。で、ひとつ提案なんだけど」

「何かしら?」

「これから今まで以上に奴とのスキンシップを控えてほしい。エスコートも最低限にして、とにかく接触を断ってほしいんだ」


 そうやって私に対する欲求が溜まっていけば自然と他の女性で発散しようと動くのではないか、というのがヴィルの見解だった。私としてもジョージとの接触にはもう嫌悪しか感じないので、むしろ好都合である。私は一も二もなくその作戦に乗ることにした。


「ちなみにご両親には今回の件の話はしている?」

「ええ、父には。でも女神契約である以上は我が家から何の証拠もなしに破棄を申し立てるのは難しいと言われてしまったわ」


 父は良くも悪くも貴族的な人間だが、それでも娘である私への愛情はきちんと持ってくれている。


「けれど勝てる見込みがあるなら協力は惜しまないと言ってくれたから……望みは十分にあるわ」

「良かった。実のところ最大の障壁は君のご両親になる可能性も考えていたから。これが俺の家なら契約破棄など論外だと鼻で嗤われただろうなぁ」


 建国からの家であるウィスタリア伯爵家は他の貴族に比べても女神に対する信仰心が篤いのだとヴィルは苦い顔をする。


「でも、それならヴィルは大切にされてきたのではない? その金の髪と青い瞳は女神信仰では縁起の良いものとされているでしょう?」


 古くからある女神信仰にはこういった迷信のような類の教えも多い。未婚女性は純潔でなければならないという教えもそうだし、他にも鷲は女神の眷属であるから捕縛禁止とか、男女の双子は凶兆の証だとか、実に様々だ。


「……そういうキャロルは、実は熱心な女神信仰者だったりする?」

「もしそうなら今こうして女神契約の破棄に動いたりなんかしてないわ。別に女神信仰を否定する気はないけれど、理不尽な教えもあるでしょう? 例えば双子の話とか……だから、私はあまり信心深くはないのよね」


 私がそう返すと、ヴィルは心底嬉しそうに柔らかく目を細めた。最初の頃よりは耐性ができたが、それでも真正面から向けられるとなかなかの破壊力である。


「俺も実はあまり信心深くはないっていうか、我が家の中では異端だったから同じ意見で嬉しいよ」


 確かにウィスタリアの人間で女神への信仰心が薄いのは異端だろう。もしかしたら彼が社交デビューせずに騎士を志した背景にも影響しているのかもしれない。


 ともかくやるべきことは決まった。

 ヴィルにはジョージやタニアの情報を引き続き集めてもらうことにして、私の方はジョージとの今後の予定を頭に思い描きながら、どのように身体接触を避けるべきかと考えを巡らせるのだった。


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