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それは好都合だなぁ!


 ジョージの顔を直視した瞬間、不覚にも頭が真っ白になった。その隙を突かれ、私の身体はいとも簡単に彼の腕の中へと拘束されてしまう。背後からすっぽりと抱きしめられる形になったことで、全身にぶわっと鳥肌が広がった。気持ち悪い!


「――嫌っ! 離して!! 誰かっ!!」


 身をよじり必死で腕から抜け出そうと藻掻くがびくともしない。私は助けを求めるように周囲に居るはずの護衛や侍女を探す。が、彼らはいつの間にか昏倒させられており、意識のない身体は無造作に地面へと転がされていた。代わりに庭園に立つのは屈強な身体つきをした男性複数人――おそらくジョージの手の者で傭兵かなにかだろう。


 そんな中、視界の端ではウェンディ・エッグシェルが顔を真っ青にしながらガクガクと震えていた。無理もない。彼女にとって、おそらく最も会いたくない人間が目の前に居るのだから。

 一方、ジョージはたいそう機嫌良さそうにウェンディへと話しかける。


「やぁ、誰かと思えばウェンディじゃないか! 久しぶりだね? てっきりもう男爵領からは出てこないとばかり思ってたよ」

「っ……な、んで……あなたがここに……」

「うん? そんなの決まっているじゃないか。愛しいキャロルをこの手に取り戻すためだよ」


 ウェンディへの返答はそのまま私にも衝撃を与えた。この状況下だ。予想していなかったと言えば噓になるが、まさかこんなにも大胆かつ犯罪的な手段に走るとは流石に思ってもみなかった。

 幸か不幸か、怯えるウェンディの存在は私に冷静さを取り戻させてくれた。相変わらずジョージに触れられていることに吐き気を感じるが、グッと我慢して私は彼に顔を向けることなく淡々と口を開く。彼の意識をウェンディから自分へと集めるように。


「ねぇジョージ。私と貴方の婚約はとっくに破棄されているのよ。もう元に戻ることはないの。それなのにこんなことをして、いったいどうするつもり?」

「どうするも何も……婚約ならもう一度結べばいいだけだよ? いや、今更そんな無駄な期間は必要ないよね……うん、今すぐにでも結婚しよう!」

「……それを私が素直に受け入れるとでも?」

「なんだ、まだ拗ねてるの? タニアのことは魔が差しただけで、君と出会った瞬間から僕が愛しているのはキャロル、誓って君だけだよ」


 蜂蜜のように甘ったるい言葉を囁きながら、私の後頭部に頬ずりしてくるジョージが心底気持ち悪くて堪らない。しかしここで下手に彼を拒絶して神経を逆なでするのは悪手。

 私は焦りと不安を抱えながらも、とにかく時間を稼ぐため慎重に会話を続ける。


「……ここにはどうやって来たの? 貴方、実家で謹慎中だったはずでしょう?」

「まぁね。でも屋敷には僕の味方は何人も居たし、父の目もそれほど厳しくはなかったよ? それに自由に使えるお金はもともとそれなりに持ってたから、王都に戻って来るのも特に苦労はしなかったな」

「つまり、マホガニー侯爵は貴方がここに居ることをご存じないのね?」

「それはそうだよ。あれから父は君に近づくなの一点張りだし。だからこそ、君の方から父を説得してほしいんだ。やっぱりジョージと結婚したいです、ってね」


 あまりの身勝手な言い分に寒気がする。というか、なんでまだ私がジョージを好きでいる前提なんだ。本当にあり得ない。好きどころかとっくの昔に嫌悪の対象だというのに。

 脳内で罵詈雑言の嵐を吹き荒れさせつつも、表向きにはしおらしく見えるように私は嘆息した。


「……仮に、私がそれを望んだとしても。父は決して私と貴方との結婚を認めないわ」

「っそれは……でも、バーミリオン伯爵だって君の幸せを願っているはずだろう? 娘が懇願すれば最終的には折れると思うけど」

「父はそんなに甘くないわ。私がそんなことを言い出せば、間違いなく伯爵家次期当主の座は下ろされるでしょうね」


 それは困るでしょう、と言外に匂わせる。私と結婚する最大のメリットは裕福なバーミリオン伯爵家に婿入りできるという点だ。その特典がなくなればジョージも馬鹿な考えを止めるかもしれない。そう思っての発言だったのだが、


「――本当? それは好都合だなぁ!」


 彼の反応は私の予想の真逆だった。素で驚愕しながらも「何が好都合なの?」と問えば、彼は分かりやすく弾んだ声で答える。


「だって君が当主になったら忙しくて二人きりの時間が取りづらくなるじゃないか。これでも蓄えはあるから、いっそ二人して平民になって誰も知らない土地で静かにのんびり暮らすのも良いと思うんだよね!」

「っ……そんなこと、出来るわけないでしょう!」

「え、なんで? 君が頷いてくれれば今すぐにでも叶えられるよ?」

「…………本気で、言ってるのね?」

「うん。というか、凄くいい考えだよこれ! このまま二人で駆け落ちすれば父たちを説得する手間も省けるし、不可抗力とはいえ伯爵家の人間を昏倒させた謝罪も必要なくなるし。ね、そうしようよキャロル!」


 ――この時、私は今まで味わったことのないほどの恐怖を体感していた。


 話が通じるようで通じない。婚約者だった頃は誠実で常識的な人だと思っていた。自分よりも五つ年上ということもあり、頼りがいがあって優しくて頼れる人だと。

 しかし現在のジョージは私の理解の範疇を遥かに越えていた。己の欲望に忠実で、それを叶えるためには手段を厭わない。まるで箍のない獣のような考え方にゾッとすると同時に、そんな男に拘束されている現状が恐ろしくて仕方がない。


 私は自然と浮かんでくる涙を無理やり逃がすように小さく頭を振った。それから再び視線を正面へと戻せば、今まで私たちの会話を傍で聞かされる形になっていたウェンディと不意に目が合う。


 ――瞬間、私は何故か彼女を通してヴィルヘルムの姿を幻視した。


 もしかしたらそれは、私の心の奥底に隠された本音のようなものだったのかもしれない。

 この最悪の状況下、私が助けを求めたい相手は父でも他の誰でもなく――ヴィルなのだと。


 ……ああ、ほんと、どうしようもないなぁ。


 ようやく吹っ切ったつもりだったのに、まだ彼への想いが残っていることをこんな形で認識するなんて。私は様々な意味で絶望的な気持ちになりながらも、やがてひとつの決断を下さざるを得なかった。


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