君に会うため、かな?
本日2話目です。よろしくお願いいたします!
色々と衝撃的過ぎた夜会から数日後。
私は王立騎士団の制服に身を包んだ美貌の騎士と行きつけのティールームで紅茶を飲んでいた。相手はそう、先日の夜会で爆弾発言を残していった男ヴィルヘルムである。
あの夜の私は酷い有様で混乱していたし、実家のことも絡む話で立ち話もなんだからと、日を改めて仕切り直すことになった次第だ。
「本当に騎士様だったんですね」
「ははっ、そこから疑ってたんだ? 確かにあの状況じゃ仕方がないけどね」
昼間に見ても相変わらず顔が良い。ティーカップを手に持つ所作だけでも非常に絵になる。ちなみに騎士団経由で彼を呼び出したこのティールームは我が家が出資元で融通が利くので、現在ワンフロアを貸し切りにしている。つまり密談をするにはうってつけというわけだ。
もちろん、二人きりだったと誤解されないように話が聞き取れない位置には私の侍女にも控えてもらっている。
そんな中、口火を切ったのはヴィルヘルムの方だった。
「あれから奴とは会った?」
「いいえ、まだ。明後日に来訪の約束がありますが、それも断ろうか迷っているところです」
「断ればいいんじゃない? それともやっぱりまだ好きだったりする?」
「……少なくとも純粋に好意を抱いていた頃には戻れませんよ。何より絶対に許さないと決めているので」
好きか嫌いかで言えば、情は残っているような気もする。三年という月日で育まれた感情は瞬時に消えたりはしない。それでも嫌悪感の方が遥かに強いし、何よりこのまま彼と結婚するのだけは嫌だった。
「じゃあ、奴とは別れる気ではあるんだね」
「はい。ですがこの婚姻は女神スプルースの契約によるものなので……」
「それは……思ったより厄介だな」
私が頷けばヴィルヘルムも僅かに苦い顔をする。
女神スプルースの契約。それは貴族間で交わされる契約の一種で家同士の繋がり――つまり婚姻や離縁などにまつわる契約を結ぶ際に用いられるものだ。
女神契約は神殿で正式に誓いを立てるもののため、その拘束力は非常に強い。
「普通の契約なら家同士の話し合いで済むのに、神殿が絡むと公開裁判とほぼ変わらないんだよなぁ」
彼の言う通り女神契約をどちらかが破棄したい場合、その理由と証拠をもとに神殿の司祭が破棄か継続かの裁定を下すことになる。しかも神殿側としては一度契約したものを反故にすることは原則として避けるべきという考えがあり、覆すのは容易ではない。それにしても――
「……ずいぶんとお詳しいですね、騎士様」
女神契約は基本的に高位貴族同士でしか行われないため、貴族の中でも知らない者は多い。若い世代は特に。私だってジョージとの婚約がなければ知らないままだっただろう。
「改めて、家名をお聞きしても?」
静かにそう問えば、彼は実に優美に微笑んだ。
「ウィスタリアって言えば伝わる?」
私はその家名に驚きつつも頷いた。ウィスタリア伯爵家は建国以来からなる由緒正しい家門だ。
「でも、ヴィルヘルムなんて名前の令息がいたという記憶は――」
「あ、それは俺が社交デビューしてなかったから。ちょうどこの間の夜会が初参加だったんだよね」
聞けばヴィルヘルムはウィスタリア伯爵家の五男であり、家督を継ぐ可能性は限りなく低いのだという。だからこそ社交も免除され、ある程度の貴族教育を施された後に十五歳で王立騎士団に入団。六年経った現在も実家からの干渉はほとんどない状態なのだとか。
「なら、どうして今さら社交デビューを?」
「君に会うため、かな?」
「はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい慌てて口元を手で押さえる私を、ヴィルヘルムは実に楽しそうに見ていた。これは完全に揶揄われている。普通に悔しい。
「そういうのはいいので! ちゃんと説明して欲しいんですけど!」
「ああ、ごめんごめん。でも別に嘘じゃないよ。俺は君に会うためにあの夜会に出席したから」
「だから! ……仰る意味が分かりません」
「前に言っただろ? あのクソ野郎はやめて俺を選んで欲しいって。……まぁ率直に言えば、一目惚れってやつだよ」
今度は耐性ができていたので堪えた。それにしても一目惚れって。そんな馬鹿な。
「あ、疑ってる?」
「当たり前です! それに、もし一目惚れっていうなら何時どこで? どうして彼が私の婚約者だって知ってたんですか? 事前に調べでもしないと分かりようがないですよね?」
「意外と冷静だなぁ。……君と奴との関係を知っていたのは偶然だよ。俺と奴には共通の友人がいるんだけど、そいつ経由の情報。で、奴の女癖の悪さもそいつが情報源」
「その方のお名前は?」
「子爵家のロバート・タンジェリン。俺にとっては大切な騎士仲間だよ」
その名前には確かに覚えがあった。ジョージの会話にも時折上る友人の一人。どうやら口から出まかせというわけではなさそうだ。完全に納得したわけではないが一応筋は通っている。
「君のことは以前に街で見かけてからずっと気になってたんだ。可愛い子だなって。それで友人経由で調べてみたら君の婚約者があの最低野郎だってことが分かってさ……正直、だったら俺の方がいいじゃんって思ったわけ。少なくとも奴より俺の方が誠実だし、君を幸せにする自信はあるよ」
思いがけず熱の籠った視線と言葉に動揺する。けど、当然ながらすぐに信じることは出来ない。だってあれだけ真摯に愛を囁いたジョージは嘘つきだったのだ。会って間もないヴィルヘルムのことを私は何も知らない。
「……まぁ、急にこんなこと言われてすぐに信じるなんて無理だよな」
まるで私の気持ちを代弁するかのようなことを口にしながら、ヴィルヘルムはジッと私を見つめてくる。居た堪れなくなって目線を外そうとした私に、一転して彼は柔らかく言った。
「だからさ、俺のこと好きになれるかどうか試してみない? 期間そうだな……とりあえず君と奴との婚約破棄が成立するまでで、どう?」
「いやどう? って言われても……!」
「というか奴との婚約破棄のために俺が出来ることなら何でも協力するよ。戦力は多い方がいいでしょ?」
その言葉には大きく心が揺れた。実際、ジョージとのことを相談できる相手は現状ほぼいない。どこかのタイミングで家族には伝えるにしろ、友人には相談しづらい内容だ。
「そんなに深刻に考えなくていいからさ。利用できるもんは利用しなよ。これから奴の有責証拠も集めていかないといけないわけだしさ」
「うっ……! で、でも、貴方は本当にいいんですかそれで」
「うん。あ、ひとつお願いを聞いてくれるなら、俺のことはヴィルって呼んで? その方が仲良くなれた感じがして嬉しいから」
結局、折れたのは私の方だった。
「……分かりました。これからよろしくお願いします――ヴィル様」
「ヴィル。ついでに敬語も取れると嬉しいんだけど? あ、俺も二人きりの時はキャロルって呼んでいい? まぁ嫌だって言われても呼ぶけど」
「……あー、もうっ! 分かったわよ! とにかくよろしくね、ヴィル!」
地味に増えていく要求に半ばやけくそ気味にそう返せば、瞬時に今日一番の笑顔が返って来た。ぐぅ、顔が良いってやっぱり卑怯だ!
それから私たちは今後の方針について真剣に打ち合わせをしたのだった。