では交渉成立ということで
今回の話の中で女性の性被害についての会話が出てきます。
苦手な方は申し訳ございませんが、あらかじめご了承いただけますと幸いです。
タニアとの面会を彼女の実家経由で打診したところ、こちらへの負い目もあるからか渋々ではあるものの了承を取り付けることができた。
「……こんな辺鄙なところまでいったい何の用? 貴女の顔なんて私は二度と見たくなかったのだけれど」
私が応接室に入って開口一番、ソファーにふんぞり返るタニアが嫌そうな顔と声で応じる。
それに苦笑しながら、私は向かい側の席へと腰を下ろした。
「私も会うつもりはなかったんですが、どうしても貴女に聞きたいことができてしまったので」
お茶の用意をしてくれた使用人たちを会話が聞こえない位置まで遠ざけた後、私がそんな風に切り出せば彼女は露骨に面倒臭そうな表情を浮かべる。
「聞きたいこと? そんなの私に答える義理はないんだけど」
「まぁそうですよね。なので取引をしませんか?」
「はぁ? 取引ぃ?」
「今から私がする質問に正直にお答えいただけるのであれば、貴女への慰謝料について減額交渉に応じます」
「……それ、本気で言ってるの?」
タニアが思わずといった様子で前のめりになる。当然ながら、ジョージ有責での婚約破棄となったことで、彼の浮気相手であったタニアにも我が家から相応の慰謝料を要求していた。決して法外な金額というわけではないが、まぁそれなりに懐が痛む金額なのは間違いない。
しかも彼女は夫であるマロ―男爵とも離縁寸前の身。当然ながら支払い能力はなく、実家に身を寄せてはいるものの肩身は大変狭いものだろう。
「どうですか? 少しは応じる気になりました?」
「……具体的にどのくらい減額するつもり?」
「そうですね。全部正直に話してくれたら半額にすることも考えます」
そう告げた直後、タニアの目の色が明らかに変わった。確かな手ごたえを感じる。
「――いいわ。私に答えられることなら何でも答えるわよ。どうせ夫ともジョージとも終わりだし、今更義理立てする相手もいないわ」
何でも聞いて頂戴、とタニアはここに来て初めて微笑んだ。
「では交渉成立ということで。私が聞きたいのはジョージの学院時代のことです」
「学院時代? なんで今更……って、別にそれを私が詮索する必要はないか」
「話が早くて助かります。特に聞きたいのは生徒会についてなんですが」
「ジョージが生徒会の役員だったことは知ってるのね」
「ええ。貴女も生徒会メンバーの一員でしたよね? そして……ウェンディ・エッグシェルという令嬢も」
瞬間、タニアが目を見開いた。よほど意外な人物の名前だったのだろう。
だが彼女は少し思案する様子を見せた後で、
「……ようするにあの子とジョージとの間で何があったのかを知りたいってことかしら?」
こちらの真意を完全に汲み取った。私が頷けば、タニアは大げさに嘆息した。
「私としてもあまり思い出したくない話なのだけれど……どうしても聞きたいの?」
「ええ。嘘偽りない真実を」
「――分かったわ。でも何から話そうかしら……」
記憶の引き出しを少しずつ開けるように視線を泳がせながら、タニアは昔語りを始める。
「あの子は私やジョージの一学年下だったのだけれど、とにかく目立つ容姿の子だったわ。だから私は最初からあの子のことが気に食わなかった。けどまぁ、成績優秀だったから教師の推薦で生徒会入りして……数ヶ月後にはジョージと付き合い始めたのよ、彼女」
「……やはり、そうでしたか」
「予想してたの?」
「まぁ、なんとなくは」
「その割にはショックは受けてないみたいだけど」
「別にもうジョージのことは何とも思っていないので」
「……ふぅん。ジョージったら惨めねぇ。彼、貴女のこと本当に好きだったのに。それこそ、あの子を手酷く捨てるくらいには」
捨てるという言葉に私が露骨に反応を示せば、タニアがクスクスと笑い声を漏らした。
「そっちは予想出来てなかったのかしら? 貴女との婚約が成立した直後、あの子はジョージに捨てられたのよ」
「……では、その傷心が理由で彼女は退学したとでも?」
「まさか! たかが失恋くらいで退学なんてするわけないじゃない。あの子はね、令嬢として致命的な間違いを犯したのよ」
――【愛の僕】って媚薬のことを知ってるかしら?
タニアが口にしたその名は、以前にヴィルから聞かされたものと同じだった。またひとつ、パズルのピースが埋まっていく。
「あの子、ジョージの言葉にまんまと騙されたの。男爵令嬢と侯爵令息じゃ身分が釣り合わないでしょう? だから両親を説得するためにも既成事実を作らないかってジョージが彼女に話を持ち掛けたわけ」
「――まさか、それで婚前交渉を!?」
「流石にあの子も最初は断ってたみたいだけどね。最終的には踏ん切りのつかないあの子にジョージが愛の僕を飲ませて、なし崩し的に関係を持ったのよ」
「……そんな」
あまりの衝撃に言葉が上手く出てこない。女神信仰の根強い我が国で貴族令嬢が純潔を失うことは、婚姻において致命的な瑕疵となる。それを分かっていながら、強引に事を進めるなど俄かには信じられない。
「まぁジョージも最初はあの子と本気で結婚するつもりだったみたいで、だからこそ色々と先走ったみたいだけど……その後、貴女との縁談が持ち上がったことで全てが狂ったのよねぇ」
タニア曰く、私との婚姻を強く望んだジョージは純潔を奪ったにもかかわらずウェンディをあっさりと捨てたとのこと。当然、納得がいかないウェンディはジョージに詰め寄った。しかしジョージはタニアに協力を頼み、ウェンディに一方的に言い寄られて迷惑をしているという噂を学生間で広めた。もともと優れた容姿のせいで一部の女生徒からは疎ましく思われていたウェンディは、噂を大義名分にした彼女たちから激しい誹謗中傷を受け――
「最終的には心身を病んで退学したってわけ」
――あまりの非道に吐き気と眩暈がした。
ウェンディという女性が受けた仕打ちを思えば、ヴィルやロバートが目論んだ報復など可愛いものだ。私自身、一時でもジョージのような鬼畜との結婚を夢見ていた事実を心底恥ずかしく思う。
「……貴女は、同じ女性として心が痛まなかったんですか? ジョージに手を貸すなんて、そんな最低なことまでして……」
私は非難の眼差しを隠さずにタニアを見据える。しかし彼女は肩を竦めて小さく嗤った。
「まぁ少しくらいは可哀想なことをしたと思っているわよ? でも、それこそ今更でしょう? 過去は変えられないんだから、私が反省したところで誰も何も変わらないわ」
あまりにも傲慢な考え方に私は強い嫌悪感を覚える。だが私が指摘したところで無意味だということも分かっていた。きっと彼女はこの先も変わることはない。関わるだけ無駄だ。
もはや一緒の空間に居るのも嫌になり、私は帰宅する旨を伝えるとすぐさま応接室を出た。
ちなみに去り際に慰謝料減額について念を押されたので、
「私は考えるとは言いましたが、必ず半額にするとは一言も言っていませんよ」
と返した。途端に発狂する金切り声が聞こえてきたが知ったことではない。当初は本当に減額するつもりだったが、最後のやりとりでその気は完全に失せた。慰謝料については当初の規定通り支払ってもらう。それが反省しない彼女へ私が出来る唯一の意趣返しだった。
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