お嬢様ったら愛ですわねぇ
互いの想いが通じ合った後、改めてヴィルと今後について話し合った。
結婚には家が絡むため、まずはヴィルの実家であるウィスタリア伯爵家にも話を通す必要がある。さらに騎士の職を辞し、我が家へ婿入りをするための準備など、私よりもヴィルの負担が大きいことも再確認した。その上での結論として、
「じゃあ婚約自体は我が家の許可が取れ次第すぐに。その一年後に婚姻ってことでどう?」
「私はもちろん大丈夫だけど、ヴィルは平気? 無理してない?」
「してないよ。それよりキャロルには色々と教わることも多いと思う。俺、本当に貴族社会からは遠ざかってきたから」
「そこは任せて! これでも次期当主としての教育はしっかり受けてきたから!」
「うん、頼りにしてるな」
という感じで話はまとまった。私とヴィルはそれぞれの家族に話し合った内容をすぐさま共有。私の父は急に婚約者にしたい男性を決めた私に面喰っていたが、ジョージとの一件でお世話になったことを説明すると納得してくれた。
「ウィスタリア伯爵家の末子で現在は騎士をしているとは……想像よりも優良物件じゃないか」
「ちょっとお父様!? それってどういう意味ですか!」
「いや恋愛事に夢を見ているお前のことだから、最悪顔が良いだけの平民という可能性も考えていたんだが」
大変心外だが、ヴィルの容姿にも惹かれたことは事実なので父の言うことも完全には否定できない。
「一応、簡単に身上調査はさせて貰うが……あのウィスタリア伯爵家の血筋なら間違いはないだろう。幸せになりなさい、キャロル」
父のその言葉に思わず涙腺を緩ませながら、私は「はい」と力強く頷いた。ほどなくヴィルの方も実家での話し合いを済ませたようで、我が家に正式な求婚状が届いた。待ち焦がれたウィスタリア伯爵家の紋章に思わず軽く口づける。その様子を見ていたナンシーがクスクスと笑い声を漏らした。
「本当におめでとうございます、お嬢様」
「ええ! でも、これからヴィルには色々と苦労を掛けてしまうわね……私にも何か出来ることがあればいいんだけど」
「では、お嬢様の方でお手伝いできることを探されては? 例えば――領地経営を学ぶ上で有効な書物や、バーミリオン伯爵領の概要をまとめた資料をお渡しするとか」
「……実はもうそれは準備済みだったりするの……」
私は自分専用の執務机にチラリと目を向ける。その一角には厳選した書物や、我が領に関する膨大な資料を私自身が取りまとめたものが小山のように積まれている。婚約が無事に成立したらヴィルに渡そうと思っているものだ。これで少しでもヴィルの勉強の負担が減らせればいいのだけれど。
「お嬢様ったら愛ですわねぇ」
「……恥ずかしいからそういうこと言わないで」
「うふふ、照れちゃって可愛いですわ。こんなお嬢様を伴侶にできるなんてウィスタリア伯爵令息は本当に果報者ですわねぇ」
しみじみ呟くナンシーはさておき、私は求婚状に返事を出すべく父のもとへと急いだ。
父の調査においてもヴィルの素行に問題は見当たらず、むしろ騎士団での真面目な仕事ぶりは高く評価されていたことが分かった。つまりは何の障害もなし。
こうして私とヴィルは正式に婚約を交わした。なお、今回も女神契約での婚約申請をすることとなった。先日の苦い経験から父はかなり難色を示したが、これはウィスタリア伯爵家側たっての希望だった。
ヴィルのことを信じているので私も女神契約に異存はなく、最終的には渋る父を根気強く説得して同意を取り付けた。
そして契約を取り交わす際に私は初めてヴィルのご両親と対面した。今回の件でわざわざ領地から王都にある我が家のペントハウスまで足を運んでくださったのだ。
「――この度は御息女のお相手に愚息を選んでいただき、誠に感謝いたします」
ヴィルがそのまま二十年ほど年を重ねたような容姿のウィスタリア伯爵は、最初から最後まで非常に生真面目という印象の方だった。父と話をしていても終始表情は動かず、淡々と契約書にサインをするのみ。性格はヴィルとはまったく似ても似つかなかった。
逆に銀の髪と紫の瞳が美しいヴィルのお母様は、そんな伯爵の代わりとでも言わんばかりに笑みを絶やさず、父や私に対して最大限の敬意と気遣いを見せていた。どちらかというと、ヴィルの性格はこのお母様譲りなのかもしれない。
「……悪かったな。父上に愛想が欠片もなくて」
無事に調印が済み、ヴィルのご両親を見送った玄関先で。
二人きりになった瞬間に謝罪を口にした彼を見上げながら、私はにっこりと微笑んだ。
「別に気にしてないわ。むしろお母様の方はとても話しやすい方で安心したくらいよ?」
「そう言ってくれると助かる。まぁ俺はこちらに婿入りする立場だし、今後うちの実家とかかわることは早々ないだろうけどね」
「ウィスタリア伯爵領は王都からも我が領からもかなり距離があるものね……ヴィルはなかなかご両親と会えなくて寂しかったりしないの?」
「全然。俺、正直父親のこと苦手だし」
「そうなの?」
「……前に話したことあったと思うけど、うちは熱心な女神信仰の家だから。もともと外から来た人間である母親以外は信仰心が強すぎて息苦しいんだよなぁ」
珍しくぼやくヴィルが新鮮で私は思わずクスリと笑ってしまった。婚約したとはいえ、私はまだまだヴィルのことを深く知っているわけではない。こんな風に素の表情だったり、考え方や好き嫌い、小さい頃の思い出なんかもいつか聞かせて欲しいなと思う。
「そういえばヴィル、騎士団の方はどうなってるの?」
「とりあえず退団したい旨は伝えて今は諸々の調整中ってところかな。引継ぎとかもあるし、まだ半年くらいは通うことになりそう」
「……本当に辞めて良かったの? 騎士としてもっと働きたかったのではない?」
「騎士になったのは早く実家を出たかったのが一番大きい理由だったからさ。まぁ職務自体には誇りも持ってるし、それなりに真面目にやってきたけど……特に未練はないかな。それより早くキャロルを支えられる存在になりたいのが本音だよ」
「それこそ別に焦る必要はないのに」
「いや、実はめちゃくちゃ焦ってるよこれでも」
「?? どうして?」
「君が好きすぎて誰にも取られたくないから」
そう言ってヴィルはぎゅっと私を抱きしめてくる。
「……今でも夢を見てるんじゃないかって思う時がある。本当に俺なんかで良いのかって……でも、絶対に君を手放したくない」
好きだ、と耳元で囁いている声が切実で。全身が熱い。顔から火が出てしまいそう。
でも決して嫌なわけではなく――むしろ嬉しくて堪らない。好き。私もヴィルのことが、大好き。
「あー……早く結婚したい」
「ふふっ、私も!」
そんな幸せな会話を交わしてから、僅か三月後のこと――
――私は再び、愛する人から裏切られた。
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