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そんなわけあるか!


 ジョージとの婚約が正式に破棄されたことで、私の人生は転機を迎えていた。

 差し当たっては新たな婚約者についてのこと。

 私は伯爵家の一人娘で跡取りのため、必然的に婿を取る形なのだが――


「……お父様、こちらは?」

「見て分かる通り求婚状だ。どうやら選り取り見取りのようだぞ?」


 机の上に広げられている釣書の数は全部で七つ。国でも有数の商家の息子から、男爵家、子爵家、伯爵家――果ては王妃の実家である侯爵家の紋章もある。

 どうやら想像以上に私の市場価値は高いようだ。まぁ我が家は気候的に安定した領地と父の代で大きくした事業があるので、貴族の中でも相当裕福な方ではある。爵位や金銭目当ての男性からしたらさぞ魅力的に映るのだろう。そう冷静に分析すると、何故か父が渋い顔をした。


「家のことがなくてもお前は十分に魅力的な娘だよ、キャロル。……今回の件は私にも責任がある。次はお前自身が納得する相手を選ぶといい」

「……本当によろしいのですか?」

「一度きりの人生なんだ。好きにしろ……とは流石に立場上は言えないが、よほど問題のある相手でなければ私は反対しないよ」


 あまりにも寛容な父の言葉に思わず胸が熱くなる。

 私は改めて求婚者の顔ぶれを確認した。正確には、とある家門の紋章の有無を。

 しかしお目当てのものは見当たらず、そのことに自分でも驚くほど落胆してしまう。


「……なんだ、どれも気に食わないのか?」

「そういうわけではありませんが……まだ次の相手を即決できるほど気持ちの整理がついていません。お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「そうだな。新たな相手との婚約期間のことも考えねばならんが……一年くらいは考慮しよう。あまり急ぐ必要はないからな」

「感謝します、お父様」


 自室に戻った私は、すぐにお気に入りの便せんを用意して手紙を綴った。

 侍女のナンシーに書きあがったそれを渡すと何やら意味深な笑みを向けられる。


「お嬢様はやはり、あの方がよろしいのですか?」

「……まだ、分からないわ」


 だから確かめようと思う。自分の気持ちを。そして彼の気持ちも改めて。

 手紙の返事はすぐに届いた。

 そして数日後に私たちはいつものティールームで、いつものように向かい合った。


「……実は、もう呼び出されることはないかもしれないと思ってた」


 何度も通ううちに気に入ったというフレーバーティーに口をつけながらヴィルがそう零すのに、私は思わず目を丸くした。


「どうしてそう思ったの?」

「え? だって計画はすべて上手くいったから……もう俺の手を借りる必要はないだろ?」


 当たり前のようにそう返されたことに愕然とする。確かに彼の言うことは正論かもしれない。でも、私たちの関係ってそんなに割り切ったものだったの? 用が済んだら簡単に捨ててしまえるような?


「……でもヴィルはっ! 最初から私のこと好きだって言ってたじゃない!!」


 無性に腹が立って衝動のままに叫ぶと、今度は彼の方が驚きに目を見開く。その態度が悲しくて涙腺が緩むのが自分でも分かる。上手く感情が制御できない。苦しい、苦しい――私は絞り出すように、思いついてしまった可能性を口にする。


「好きだったら会いたいって思うはずなのに……ヴィルはもう、私のことなんて好きじゃなくなったの?」

「そんなわけあるか!! 俺だって……っ」


 ヴィルがこんなに動揺するところは初めて見たかもしれない。彼は何かに焦れるような表情をして、ぐしゃりと前髪を掻き乱す。そしてそのまま大きくため息を吐くと――


「……会いたかったよ、君に、すごく」


 どこか観念したように、ヴィルはそう言ってから再び顔を上げた。複雑な感情を灯す灰蒼の瞳に射抜かれると胸が煩いぐらいに高鳴っていく。ずっと、ずっとその目を見つめていたい。そして同じだけ、私のことだけを見つめていてほしい。


 ――ああ、そうか。私はヴィルに恋をしている。それが今、はっきりと分かった。

 だからこそ私は彼に湧き上がってきた不満をぶちまける。


「なら、どうして会いに来てくれなかったのよ!」

「そんな簡単に行けるわけないだろ。俺はただの騎士で君は伯爵家のご令嬢なんだから、本当なら全然釣り合わないんだって」

「貴方だって伯爵家の出身じゃない。というか身分のことなんて今更でしょ! だったら何で初めて会った時に『俺を選べ』なんて言ったのよ! 人をその気にさせておいて……私は……貴方を待ってたのに」


 もし届けられた求婚状の中にヴィルの名前を見つけたならば、きっと私はその場で選んでいた。

 ジョージのせいで男の人が信じられなくなりそうだった私に手を差し伸べてくれたのは――救ってくれたのは、他の誰でもなく貴方だったから。


「ねぇ……私、ヴィルのことが好きよ。ヴィルは……まだ、私のこと、好き?」


 本当は毅然と告げたいのに、どうしても声が震えてしまう。もし拒絶されたらと思うと怖くて怖くて仕方がない。

 けれど、そんな私の不安を熔かすようにヴィルは破顔した。まるで宝物を見つけた子供みたいに。


「好きだよ……君が、好きだ。初めて会った時よりもずっと……君のことが好きになった」


 真っ直ぐな言葉に胸がいっぱいになって、嬉しいのに苦しくて、自然と涙が零れてくる。

 すると瞠目したヴィルは即座に立ち上がり、ソファーに座る私の傍まで来るとそのままその場に膝をついた。そして両手を伸ばして私の目尻を親指でそっと拭う。ごつごつしているのに優しい手つきが、伝わる温度が、何もかも心地いい。


「ごめん、もう泣かさないから」

「……うん」

「君と一緒に居るために出来る努力は全てする」

「……それは、ほどほどで大丈夫よ?」

「騎士も辞める」

「えっ!?」


 思わずびっくりして涙が引っ込んだ私に対し、ヴィルが真面目な顔で続ける。


「君が伯爵家を継ぐ以上は、それを支えるのが俺の役目だろ? 領地運営に必要な知識も子供の頃に表層的に学んだだけだから勉強し直さないとな」

「そ、そ、それは確かにそうしてくれると助かるけど! 私は別にヴィルに負担を強いるつもりは――」

「君のために出来ることは負担でもなんでもないよ。……それともキャロルは俺を恋人にするつもりであって、婿にするつもりはない?」


 とんでもない! 私は咄嗟にぶんぶん首を横に振った。


「私は結婚するならヴィルがいい! ううん、ヴィルじゃなきゃ、やだ!」

「……それなら俺は一生を賭けて君を幸せにするよ。前にそう約束したもんな?」

「――うんっ! 破ったら絶対に許さないんだからね!!」


 フロアが貸し切りなのをいいことに、私は思い切ってヴィルの首に飛びつく。鍛えていると言っていただけあって彼はふらつくことなく抱き留めてくれた。そのままぎゅうぎゅうと抱き着いて彼の肩に額をぐりぐりする。まるで子供みたい。自分でも笑ってしまいそうになる。


「貴族令嬢なのに、はしたないって幻滅する?」

「いいや? むしろ大歓迎!」


 楽しそうな声と共に抱きしめ返してくれる腕の力強さにうっとりしながら、私は手に入れたばかりの幸福にしばし酔いしれた。


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