絶対に許さない
久しぶりの連載になります! 毎日更新を目標に夏の間には終わる予定です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いいたします!
「……んっ、ふぅ……愛していますジョージ様、だから、ね、もっと……っ」
「ああ、いいよ。かわいいタニア。さぁ口を開いて……そう、上手だよ……」
若い貴族が中心となって催されている夜会の喧騒が遠くで微かに聞こえる、薄暗い庭園で。
若く見目麗しい男女がそんな睦言を囁き合いながら濃厚な口づけを交わしている。
私ことキャロル・バーミリオンは、そんな二人の様子を少し離れた場所からジッと見ていた。
これが見知らぬ他人や、ちょっとした知り合い程度であれば、顔を赤らめつつも見て見ぬふりをして早々に立ち去ったことだろう。
だが、何度目を凝らして見ても男の方は私の婚約者であるジョージ・マホガニーその人で。
口づけている相手の女性のことは見覚えこそないが、これはもう誰がどう言い繕ってもアレだった。
――浮気!!! 不貞!!! 裏切り行為!!!!!
そう理解が追い付いた瞬間、全身に激しい雷が落ちたようだった。
とにかく衝撃過ぎて微動だに出来ない。なんでなんでなんで、と自分の声が脳内を木霊する。
その間にも二人は抱き合い、口づけを繰り返している。時折ジョージの手が不埒に女性の腰骨や背中をなぞるのが堪らなく気持ち悪かった。
そうしてどれほどの時間が経っただろうか。
人目を避けてイチャつくだけイチャついた二人は最後に強く抱擁した後、何事もなかったかのように甘い雰囲気を霧散させてから会場へと戻っていった。
二人が立ち去っても私はしばらくその場を動くことが出来なかった。頭が上手く働いてくれない。
ただ、とにかく、これだけは強く思ったので口に出した。
「――絶対に許さない」
自分でもびっくりするくらい低い声が出た。と同時に、乾ききっていると思っていた両目からボロリと大粒の涙が零れ落ちた。一度決壊すると止まらず、次から次へと溢れ出してくる。
私はジョージのことが好きだった。今この瞬間まで。
三年前に初めて会ってからずっと、ずっと好きだった。たぶん初恋だった。
マホガニー侯爵家の三男である彼はバーミリオン伯爵家のひとり娘である私の婿になるという条件で婚約をしている。だから彼は本当に最初から私に対してとても優しかった。年が五つ上だったというのもあるかもしれないが喧嘩ひとつしたことがない。彼は常に私をお姫様のように扱った。恥じらう私をこれでもかと甘やかして、愛の言葉を惜しみなく囁いた。
私はそんなジョージに夢中だった。見た目も家柄も性格も完璧な婚約者のことが自慢だった。
だが、その結果がこれである。
彼は私以外の女性を口説き、私とはしたことがないような濃密な交わりをしていた。もはや彼の言動の何一つとして信じられない。裏切られたという事実は決して覆らない。だからこそ、
「ふぐっ……ぐすっ、ぜ、ぜったい、に……ゆるさないんだからぁあああ……っ」
改めてもう一度、自分に誓った。この涙と鼻水と屈辱を忘れない。おのれジョージ、絶対に後悔させてやる!!!
と、その時だった。背後で誰かが息を呑むような音が聞こえた気がしたのは。
思わず弾かれるように振り返れば、月明かりを溶かし込んだような淡い金髪に灰がかった青い瞳を持つ男性とバッチリ目が合った。年は十七歳の私よりもいくつか上だろうか。長身かつ甘やかな顔立ちで女性受けが非常に良さそうな印象を抱いた。
私は咄嗟に顔を俯けた。だってどう考えても顔面ぐちゃぐちゃである。激しくみっともない。
このまま何も言わず立ち去ってくれ! そんなささやかな願いも虚しく、
「えっと……とりあえず大丈夫?」
男性はハンカチを差し出しながら優しく話しかけてきた。全くもって大丈夫ではない。が、初対面の人間にそれを馬鹿正直に話すほど私は愚かではない。これでも伯爵令嬢だ。それなりに矜持はある。
「っ……お気遣い痛み入ります。どうぞお気になさらず。私はこれで」
ハンカチは敢えて受け取らず、私は軽く会釈をしてその場を立ち去ろうとした。だが、次に彼が放った一言が私の足を地面に縫い留める。
「――ねぇ、さっきの男って君の婚約者だよね?」
驚きすぎて自分の顔のことも忘れたまま再び視線を向ければ、彼は少し困ったような、しかしそれでいてとても柔らかな笑みを浮かべていた。もともと垂れ気味の目元がさらに下がってドキリとするほど色気がある。だが、それに見惚れる余裕は今の私にはない。
「か、仮にそうだとして……貴方になんの関係が?」
強引に目元を自前のハンカチで拭いながら警戒の声音で問い返す私に、相手は小さく肩を竦める。
「そう警戒しないで欲しいんだけど……ね? キャロル・バーミリオン伯爵令嬢?」
私の素性も知っているようだ。まぁジョージが私の婚約者だと知っているのだから当然か。頭が冷えたからか少しだけ冷静さを取り戻した私は背筋を伸ばし、改めて眼前の男性と対峙する。
「そういう貴方は、どこのどちら様なのでしょうか?」
「おっと失礼。俺はヴィルヘルム。貴族の末席にいるしがない騎士だよ。ヴィルとでも呼んでくれ」
「……それで、騎士様は何が目的なのでしょうか? まさか興味本位で私に話しかけてきたわけではありませんよね?」
回りくどいのは好きではない。私は自然と目を鋭くするが、彼の表情は一切崩れない。
「可愛らしい顔で睨んでも怖くないんだよなぁ……君に興味があるのも事実だけど、確かに本題は別にあるよ」
不意に彼が一歩、距離を詰める。こちらへと踏み込むように。
「端的に言えば――君とジョージ・マホガニーとの仲を引き裂きたい」
「……なんですって?」
全く想像していなかった内容に目を瞬かせれば、ヴィルヘルムと名乗った男は笑みを深める。
「そんなわけで、あんなクソ野郎は捨てて俺を選んでみませんか?」
そう言って差し出された手と思いのほか強い眼差しに、心臓が音を立てて跳ねた気がした。