1. 倒錯とはBLか?
そこはオレンジ一色のモノクロの世界。
夕日が赤土に反射して、辺りをさらに濃く染めていた。
江藤なつきの家の裏山は良質の赤土が採れるとの事で、山の斜面は半分程えぐり取られていた。
土の採集は不定期で、数日作業をすると、ひと月くらいは休止になる。
その間、重機類は置きっぱで、子供達の格好の遊び場になっている。
今では考えられない安全管理だ。
近所の子供達とは言っても、うちの兄弟、向かいの鏡のりお、よしこ兄妹、はす向かいの栗原てるお。
後はなつきと、その姉の雪菜くらい。
同い年のてる坊は病弱で、家の中で遊んでる。
のりちゃんは1つ年上で、中学に上がると部活に勤しんで遊ばなくなり、
3つ上の雪ねえとは、なつきン家で遊んだ時に顔を会わす程度。
斯く言う俺も、もうそんな特撮の現場みたいな所で遊ぶ年でもなく、
弟のお守りの時くらいしか行かなくなっていた。
思い出の夕焼けの日も、なぜ、なつきと2人で夕日を見ていたのか、
何を2人で喋っていたのか、全く覚えていない。
ただ、横に密着して腰掛けてきたなつきの、彼女と接する俺の右側面。
その時見た微笑みの大人っぽさに、思わず芽生えた初めての感情。
それはオレンジに染まる夕日の景色と一緒に、くっきりと心に焼きついている。
その、なつきが……男!
俺が過去に戻った意味は何だ?
あの時出来なかった告白すりゃ、いいんじゃないのか?
それが俺が女になって、なつきが男で、女と男で……
まあ、問題無いのか?
そんなこた無い! 大問題だ!
気持ちの問題だっ!
今なつきに告白しても、それでは、俺の長年の想いの解決にはならない。
……だから半年前なのか?
半年間で、この溝を埋めろというのか?
母となつきの話で、今日は春の新学期、小6の初日らしい。
あのオレンジの日は、秋の夕焼けの頃なので、あと半年ほど先って事だろう。
ゲンコツの後、立たせるや否や、
母は着せ替え人形よろしく、俺を手際よく着替えさせた。
結局ブラにはホックなど無く、万歳して、上からスポッと装着した。
スポーツブラって奴かな?
スカートは断固拒否して、デニム……いや、Gパンをはいて出た。
家を出て、なつきと2人になる。
鏡兄妹、てる坊は先に行ったらしい。まあ、よくある事。
うちらの集落は学校から遠く、なるべく揃って登校する。
それで一番遠いなつきが、俺ん家に向かえに来てくれるのだ。
横を歩くなつきを見る。
まだ顔を赤くしている。
仕方あるまい、朝一で俺から、ラッキースケベを食らったからな。
ラノベ主人公はお前か!?
それにしても、昔の……いや、女の子のなつきと全く変わらない。
髪が短いくらい。
……ムムム、ショートも似合ってると思う。すごく似合う。
いやいやいや、男ですから、彼は。
いくら可愛くても男ですから、彼は。
確かに今は可愛いですよ、今は。
だが、女性的な顔は、年とともにひどく崩れていく!
持っても20代中盤くらいだろう。
まあ言っても、情報ソースは俺なんだが。
俺は昔、女顔だった。
おっと、勘違いしないで欲しい。
俺は何も、美少年アピールをしようって訳じゃない。
俺は普通の女、顔。
可愛いくも美人でもない、世の中の7割いや6割くらいを占める、普通の女の人顔、である。
「ヤエス、〇〇に似てるね」
と言われる〇〇にあたる芸能人は、当時の人気女子プロレスラーの長与なにがしだった。
ま、そんなレベルである。
断言しよう!
美少年は、女顔ではない。
美人顔、もしくは美少女顔なのだ!
女顔がレベルをMAXまで上げて上位進化しても、まだ1ランク、2ランク足りない。
俺は進化しても頑張って、ラジオの女子アナ顔くらいまでだろう。
なつきクンは文句なしに美少女顔だ。
だがその彼の美しさも、やがては失われるだろう……
時間という暴力は、成長という名の残酷な破壊を彼の身にもたらしてしまう……
美は永遠ではない。
だからこそ、この一瞬の美こそ永遠と等価値、いや、それ以上。
今この瞬間の彼を愛する事こそ、至高の愛なのではないのか……
おっと、倒錯しそうになってしまいました。
とにかく、これから顔が伸びたり、エラが張ったり、髭が濃くなったり。
この男性化が進めば、女性的パーツとの不協和が出てくる。
俺は記憶の中のなつきと、目の前のなつきクンを同一視できなくなるだろう。
このまま半年が過ぎ、告白し、もしも付き合う事になったりしたら……
顔可愛いし、声も昔と同じでか細くて、守ってあげたい感あるし、
「ともちゃん……」
なんて目つぶって来られたら、そりゃ、ね、俺も、ね。
キスくらいなら、そりゃあ、まあ、やぶさかではない、かな。
でも、中学、高校とかになってくると、イカツクなって。
んで汗かきかき、目血走らせて、ハアハア言いながら、
「とも、俺もう、ガマンできねぇ……」
なんて、にじり寄って来んだぜ………うぅわ。
鼻息荒く、身体中まさぐってくんだぜ。
胸とか……うぅっ、尻とか……ひぃぃっ、……あ、あ、あそこぐげっ。
そんで髭ジョリジョリ当てながら、身体中を隈無く……
べろべろべろべろ舐めまわすんだよ……
そ、そして、ついに……ほ、ほ、ほ、掘る、のか? ……だ、誰を?
俺を!? ……誰が? 男が? ……男が俺を!?
俺が? ……掘られる?? ……のか!?
俺が………男に……………掘られる!
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ絶対無理!
「ともちゃん……大丈夫?」
「あ、ああ、ごめん、大丈夫だ。恐い想像してた」
「……そう?」
うずくまった俺を、なつきが心配そうに覗きこむ。
「あの、さっき、その、僕見ちゃったから。
ともちゃんショックだったんじゃあ……」
やっぱり、なつきは優しい子だ……
女であっても、男になっても、その人間の本質自体は変わらない。
「そんな事ないよ、ありがと」
そんな優しいなつきに、ラブコメな台詞をサービスしとくか。
「でも、なつきちゃん以外の人に見られてたら、ショックで落ち込んでたよ」
俺はニコッと笑いかけ……
「なつきちゃんは、特別だよっ!」
そう言って先を歩いていく。
振り返り際に、なつきの顔が更に赤くなったのを確認しながら。
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