1. さあ、オーディションを受けよう!
ここは八重洲ともかの夢の世界。
秋の夕陽に塗り潰された、オレンジ一色の世界。
またも俺はひとり物思いに更けている。
止まっていた時間を先に進めようと決心はしたものの、それをどうするかまでは分からない。
何十年もの止まっていた時計の針は錆び付いて、ちょっとやそっとじゃ動こうとはしないのだ。
あれから江藤なつきくんは、明晰夢にはやって来ない。
なぜあの時現れたのか。
あの日は学校でも、葉月の影響を色濃く受けていた様だし。
何かのアニメみたく言うと……
葉月とのシンクロ率が上がって起きたのでは?
葉月にも確認を取れれば良かったのだが、あいにく此処のところ酒を呑むのを控えていた。
ヤスコのダイエットの為に、いつもより早く起きていたからだ。
だが、その甲斐あってか、ヤスコのダイエット及び海キャンプも大成功。
雛枝くんとみんなの思い出も沢山心に残せた筈だ。
雛枝カナツグはあれから、受験勉強に前以上に集中して取り組んでいるとの事。
カナちゃんママも、さぞかしご満悦だろう。
平川、国立のBLカップルは、平川の所属する少年野球の練習と、その応援に忙しくしているようだ。
とん吉ヤスコは特に用事のない時は、俺かなつきの家で勉強したり遊んだり。
たまにそこに燐光寺も。
リアルに小6だった時の夏休みを思い出してみても、キャンプに行った事位しかどうにも頭に浮かんで来ない。
余程グータラしてたのだろう。
年を取ってみて、時間の貴重さがやっと分かるというのか……
休みが矢鱈勿体無い。
朝が早いせいもあるのだろうが、何かやんなきゃって気持ちになる。
ヤスコが来るまで母の手伝いをやるわけだが、一人暮らしも長いので一通りそこそこ出来る。
今では何だか嫁入り前の、母の味の継承みたくなって来ている。
向こうの世界でも、分かんない味付けとかを電話で聞いたり、実家に帰った時に教わったりもする。
だけど、どうも俺だと違う。
さすが、年季の入り方が違う……って、今俺の方が中身年上なんだけど。
いやいや、何年やってようが母ちゃんは母ちゃんって事だな。
ちょっと違う味もあったりするけど、大体は変わらない。感服。
さて、もうすぐお盆なのだが、本来は春キャンプをやった山に行く予定だった。
だがこの間の海キャンプで、ちょっと事情が変わった。
みんなと前回同様、海へ行く事となったのだ。
それがまた、俺の急な発案と行動によってもたらされた訳だがーー
海の中道に最近出来た海浜公園がある。
公園という地味な感じじゃなく、ライブの出来るステージやら、でっかいプールとかがある。
そこのイベントで、アイドルコンテストの募集をたまたまやっていて、みんなを説得して出場する運びとなったのだ。
普段なら気にもならないイベントだが、ゲスト審査員の名前を見て足が止まった。
四谷陽二。
大御所声優で、俺のお師匠さまだ。
先生はこの頃ちょうど「火星の戦士ゴッドマルス」の影響で、アイドル声優をやっていた。
このイベントも主役の水沢ヨウさんとのマルスコンビだ。
この水沢さん、甘いマスクで人気爆発。
これからテレビにも出まくって、今ではタレントと紹介されている程。
最近では、香港のデブなドラゴンの声位しか聞かなくなってしまった。
うちの師匠はその後も声優メイン。
あと数年後には当たり役「タッチミー」の主役をやる事になる。
久し振りに写真だが、お顔を見れた。
「若っけーーー!」
思わず声が出る。
だが、先生が審査員なら優勝も狙えるかもしれない。
長いこと劇団で活動していたのだ。
尊敬する師匠の好みくらい分かっていますとも。
ーーーーーーーーーーーーーー
「頼む、今日予選で、本選がお盆なんだ!
こんな偶然なチャンスないだろう?」
みんなに頼み込む。
「ちょっと急じゃないか?」
「分かってる。
でも思い出づくりにお願い!」
「わ、私はヤエちゃんが出るなら、よ、良くってよ」
とん吉ヤスコは今から緊張してる。
「もちろん。
これって、グループ参加OKだから一緒にね」
「そーなんだあ」
ホッとしたみたい。
「じゃあ、いいんじゃないか?」
「ヤエさん、ヤスコさん、頑張って」
「応援するよ」
「せ、先生も出てみたいけど~、無理かなあ」
「ギリギリ無理かなあ」
「うふ、ありがと、カナちゃん」
「ともかさん、優勝です」
「何言ってんの、5人で出るんだよ」
「「「えーーーーーーーーーーーっ!」」」
「だってアイドルだろう?」
「男が駄目だって書いてない」
「いやいや、タイトルの所に、渚の美少女集まれーって」
「男が駄目だって書いてない」
みんなは目が点になってるって感じ。
意味が半分位しか理解できてないのだろう。
「あははは、やっぱりヤエちゃん面白いわー」
「先生!」
「いいじゃない。
普通より、もっと思い出になるわよ」
先生のそういうとこ好きだなあ。
「そーゆう事」
「雛枝は無理だとして……5人目って、俺とか言うなよ」
「い、言うなよう……」
「キリッとした美少女も捨て難いが……
ここは燐光寺で行こう」
「えーーーっ! 俺っ!?」
「発表します。
センター、なつき」
「ええと、ひょっとして真ん中の人?」
「そう」
「えええーーっ」
「その脇を燐光寺とミチ」
「僕っっ」
「うーん、端っこかあ……複雑」
男にセンターを取られたとなると、女としては複雑な心境だろう。
なつきは確かに美少女顔だが、ヤスコだって十二分に美人さんなのだ。
「お前と俺で両脇から支えたいんだが。
厳しいか?」
「え? ヤエちゃんと?
やるやる! がんばる!」
これは本当にそうなのだ。
両サイドに本物の美少女を配して、男が混じっているなど微塵も感じさせない様にする。
そう、美少女だ。セクシー美少女だっ。
おっと。
もうひとり複雑な顔をしている者がいる。
「おい、やすみ」
そう燐光寺休だ。
俺が役者の世界に入る、最初のきっかけになるはずだった人物だ。
「な、何?」
「お前、役者になりたいんだろ」
「え? 何でその事……」
「いい経験になるぞ。
それと、自分の武器は正確に把握した方がいい」
「武器?」
「お前は黙ってれば美形だってことさ」
背中を押されたやすみの目が、直ぐにヤル気で充たされる。
悔しいが、一度は惚れた顔なんだよな。
当たり前だが、ちょっと男が入ってる。が、メイクすれば絶対美人。
「あとのみんなもバックアップよろしく」
「「オッケイ!」」
何かみんなもヤル気が出て来たみたいだ。
「短時間で覚えられる振り付け教えるから、絶対予選突破するわよっっ!」
「「「おーーーーーーーーーっ!」」」
何だかんだで、ノリがいいんだよな、みんなっ。
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