夏祭りの夜、君は悲しそうに笑ったんだ
「うわー、綺麗だねぇ」
薄紅の浴衣を身に纏い、夜空を見上げる君はとても美しかった。
まるで夜に咲く花みたいで――。
確かそろそろ結婚四年目になる頃だったろうか。君が柄にもなく「どうしても花火を見に行きたい」とおねだりしてきたのだ。
明るくて元気で、でも絶対にわがままだけは言わなかった君。
そんな君が頼み事をしてくるだなんて明日は雪でも降るんじゃないかと言いながら、俺は君を連れて行ってあげることにした。
向かう先は、毎年行われている地元の夏祭り。
そんなすごいものじゃない。ちょっとした出店があって、小規模な花火が打ち上がる――ただそれだけ。
それでも夏祭りの会場には大勢の子供たちやカップルがいて、はしゃいでいた。
その中を俺と君は歩いて行く。
君はふと立ち止まっては、「あっちも楽しそうだよ」と言って俺の手を引っ張り、色々な屋台の前に向かった。
どれほどの時間、そうして練り歩いていただろうか。
すっかり空が暗くなった頃、ドン、と音がした。
――花火が上がり始めたのだ。
赤や青、黄色の小さな花火が空に散り、煌めく。
「うわー、綺麗だねぇ」
感動したように言う君を見ながら俺は思っていた。
こんな花火よりずっと君の方が綺麗だ……なんて言えたら格好つけられるのにな。
そんな時、君はポツリと呟いたんだ。
「何があっても、今夜のことはずっと覚えていようね」って。
俺はどうして君がそう言ったのかわからなかったが、熱に浮かされたような雰囲気もあって、「もちろんさ」と頷いた。
「うん。絶対だよ。絶対、だからね」
そう言って笑った君の顔は、泣き笑いのように見えた。
しかし俺の「どうした?」という問いかけは花火の音にかき消され、君に届かなかった。
俺たちはそれからしばらく、二人で花火を見ていた。
――君が倒れたのは、それから一ヶ月後のこと。
末期の癌だった。一年前から医者にかかっていて、余命宣告までされていたらしい。
なぜ教えてくれなかったんだろう。もしも知っていたら何かできたかも知れないのに。
そんな後悔の中でふと思い出したのが、あの夏祭りの夜のこと。
そして俺はわかった。――ああ、あれは最期の思い出作りだったんだ、と。
そういえばあの花火大会は俺たちが五年前に初デートした場所だった。
初デートの時の楽しそうな君と、あの夜の悲しげな君の姿が重なる。
『今夜のこと、ずっと覚えていようね』
不意に君の言葉が脳裏に蘇り、俺は何度目になるかわからない涙を流した。