総
夏が好きだ。
肌に焚きつくような日差し、風に運ばれてくる青々とした草花の香り、乾いた空気に乗った透き通った音、陽光に照らされ輝く水。
夏のすべてが美しい。
テレビに映っていた田園風景の美しい田舎に住む少年少女の映像に想い出が脳裏を過る。
蝉のオーケストラにカエルの合唱が鳴り響くあぜ道でヨーちゃんと遊んでいた。
ヨーちゃんは艶のある長い黒髪を夏の風になびかせ、いつも私を見てはヒマワリのような笑顔を浮かべていた。
光景の一ページしか記憶していないのに、まるですべての思い出の集大成のように感じる記憶。
でも、この記憶が現実なのか偽りなのか私は分からなかった。
研究室で卒業論文の執筆に追われながら邂逅していると毎度のように邪魔が入る。
「宵は、いつもテレビ見てるよな。俺は、テレビの音聞きながら卒論書くなんて無理だよ。」
白衣姿が似合わない男ダントツ1位。
「外のセミの鳴き声ですら鬱陶しいのに。テレビなんてなおさらだよ。」
執筆が進まない中で声をかけられるとどうも腹が立つ。
「あ。そういえば今夜は研究室のみんなで飲み会らしいよ。宵も来るだろ?」
「飲み会なんて行くわけないじゃん。環境論のレポートも提出しないといけないのに二日酔いのまま終われるなんて嫌。」
卒論に追われる私「羊谷 宵」と卒論を進めているのかすら怪しいこの男「暗 翔」は幼馴染だ。
私と翔は熊本県のとある田舎町で一緒に育った。
でも、私には中学生になるまでの記憶が一切ない。
小学六年生の春、交通事故にあった私は生まれてから一緒に育ってきたという翔のことも両親のことすらも覚えていなかった。
幸い学習能力などには影響がなく目を覚ましてから生活に慣れながら中学、高校、そして大学へ入学した。
私が事故に巻き込まれてかららしいが両親の過保護が強く、東京の大学へ通うことは反対が大きかった。そんな両親の背中を後押ししてくれた翔には正直借りがある。
だがしかし、私が追い詰められているのにヘラヘラと飲み会に誘うコイツは鬱陶しい他ない。
「でも、宵の憧れの夕先輩も来るらしいよ?」
夕先輩は医学部のOGで学内一の美人で有名だ。
生物学を専攻する私と医学部の翔と夕先輩とは共通学問が多く講義が被ると一緒に受講して、夕先輩が実習中はサプライズもよくした。
でも、夕先輩が院生になると多忙に拍車がかかったことと私たちも卒論の執筆で予定も合わずめっきり会わなくなってしまった。
「夕先輩!?来るの?今日?」
「いや宵、食いつきすぎ。」
翔のくせにちょっと引き気味なのが許せない。
「本当に来るなら行こうかな。」
レポート作成に支障が出るのと久しぶりに夕先輩と会うのでは飲み会が優先だ。
私と翔が今、大学四年生。夕先輩は大学院二年生なので一年半も会っていない。
「先輩達も夕さんと会うのは卒業以来らしくて騒いでたよ。それで、行くの?行くなら俺と一緒に連絡しておくけど。」
「うん。行く!絶対行く!!」
再会に胸を躍らせていたけど、止まっていた歯車が動き出していたことに私たちはまだ誰も気が付いていなかった。