12話
晩秋が深まり、初冬がそろそろ来そうだという頃。ついにスタンピードが討伐された。今年は冒険者がオークキングを打ち取ったようだ。色々なところで吟遊詩人たちが、今回のスタンピードの話を、オークキング討伐の流れを歌にのせて伝えている。そんな中にあろうとも、冒険者や農民の出稼ぎ組が休むことはない。今日も今日とて治療院は人でいっぱいである。オークキングが居なくなったとはいえ、オークの数が少なくなったわけではない。毎年のことだが、晩冬まではオークが平原まで出てくるのを見かけるだろう。まあ、見かけるのは冒険者組のランデル達がだが。
治療院では、情報収集はもうおなかいっぱいなので、淡々と治療する日々が続いている。最近は、回復魔法使いのチビ達もバテるのが遅くなってきている。しかしながら、朝から夕方まで魔法を使い続けることはまだ不可能なようだ。皆で回しているが、1人また1人と脱落して、最終的には俺が脱落する。それを毎日繰り返している。冒険者は1勤1休以上のペースでやっているのだろう。それほど頻繁に見るということはないが、農民の出稼ぎ組はほぼ毎日討伐を行っているようだ。顔を覚えてしまった奴もいるほどだ。他の冒険者もそれに倣って毎日とまではいかないまでも、もう少し頑張ればいいと思うのだが、のんびりとしたものだ。因みに、うちのランデル達はまたチビ達と一緒に活動する前と同じ水準の5勤1休で運用している。オークバブルが終わったら少しねぎらいがあっても良いかもしれないな。
貴族の私兵も大きな怪我無く無難にやっているようだ。大けがをしたらポーションを使っているのか知らないが、大けがをしているところを見てはいない。まあ、弱くて私兵なんてやれる訳ないんだけどな。強いから貴族の私兵をできているのだ。冒険者からの引き抜きなんかもあるのかも知れない。奴隷を売ろうとしているのだから、そういった成り上がりがある方が、買ってくれる可能性はあるということだろう。それかギフトを持っていなければそもそも、私兵には選ばれない可能性もあるが、末端の私兵にまで有用なギフト持ちというわけでは無いだろう。それをしようとするなら貴族が教会に多大な寄付をしているはずだ。そうしていないのだから恐らく予想は外れていないと思う。
貴族の私兵が市井の治療院が魔法使いだったなんて報告をしてくれていれば、貴族とのつながりができるんだが、今は冬の社交中だからな。あるとすれば来年以降に貴族から訪問があるか、呼び出しがあるか、どうなんだろうか。小さな治療院に5人も魔法使いがいれば噂になってくれると思いたいが、無いものとして構えていないと、後のダメージが大きい。貴族用に奴隷を準備している現状、何とかして貴族に取り付けたいが、なかなか機会というものが来ない。…見逃している可能性もあるが、それなら俺に商才がないだけの話、もっと頑張らないといけない。それまでは奴隷の教育をしっかりと行っておかなければ。
なお、奴隷の教育は殆ど終わっている。ヘルガからも子爵家の使用人に必要な教育は終わったとの報告を受けているし、家事手伝いもソフィアからおおよそはできるようになったと報告をうけている。ラザールとニクラスからも、とうの前に必要最低限の教育は終えているとの報告もある。一応価値付加作業は殆ど終えた。今からは習熟した技能をさび付かせない様に、もっと鋭敏にするように日々の生活を行っていくだけだ。そして後は買われるのを待つばかりである。本当に貴族とのコネが無いのが惜しい。もっと貴族の私兵に会話を持っていくべきなのだろうか? …今年はこのまま行って、何もないようであれば、来年から考えよう。
後は冬の新年祭についてだが、これは実はあまりよく知らないのだ。今までは出店がたくさん並んでいるな―程度しか認識していなかったのだ。小遣い片手に買い食いをした程度の思いでしかない。大人たちは、特に冒険者は浴びるように酒を飲んでいたが、本当にそれだけしか認識がない。ということは裏通りなんかに奴隷の斡旋があったのだろうか? しかし、そんなところに入ってまで奴隷を買うだろうかとの思いがある。…こういうことは詳しいものに聞いておくか。そんな訳で、比較的暇な朝早くに、治療院をチビ達に任せて、西区、オズマンド奴隷商館に向かうのだった。
「おやおや、お久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょうか。」
「ああ、冬の新年会についてなんだが、奴隷がどのあたりに売られているか詳しくは知らない。少し詳しく教えて欲しい。」
「ほうほう! 解りました。私でわかる程度であればお教えいたしますとも。」
そんな訳で教えを乞うた。どうやら奴隷が売られているのは大通りで間違いないらしい。中道や裏道にもいるにはいるが、スラムの自売りが殆どだという。しかし、大通りでも見たことないというと、大通りでも領壁に近いところ、もしくは領壁沿いの中道だと言われた。確かに小さい時の買い食いでは領壁には近寄っていない。祭りの中その近辺で立っているものは大抵口減らし売りの売り子か売られる側だという。見れば解りますよとのことなので、祭り中に全部の方向見て回るか。冬の新年祭は3日間あるのだ。4か所くらい回れるだろうし、祭り中の治療院ならばチビ達だけでも大丈夫だろう。中道裏道も見れるのであれば見ていこう。スラムの自売りがどのようなものかも気になるし。
「しかしながら、夜は見て回らない方が良いかと、進言しておきます。」
「夜? 何故だ? 祭りは昼夜限らずの3日のはずだ。夜に見るなとはどういうことだ?」
「夜は夜の鷹が飛ぶのでございます。見る趣味があれば別ですが、特に中道裏道にはよく飛んでおり、留まっているものもおりますれば。そこにはあなた様の欲している奴隷はいますまい。」
ああ、娼婦が立っているのか。しかも中道裏道でやっていると。そんなのを見たければどうぞという訳だな。確かに俺の欲している奴隷ではない。娼婦はいらん。抱えてもあまりいいことにはならない。子供たちの教育にも悪いしな。
「教えてくれてありがとう、助かったよ。お礼にと奴隷紋を書いていこうかと思うが、どれだけいる?」
「おお! それはありがたいことです。集めてまいりますので少々お待ちいただければと。」
前回来た時にも書いたからそんなにはまだいないだろう。そんなに増える要因もないし。そう思って待っていると5人連れてきた、まあそんなもんだろう。5人に奴隷紋を書いて、オズマンド奴隷商館を後にした。料金は情報と交換だ。金貨以下の取引はあまり細かくしても、良いことはない。オズマンド奴隷商館には儲けさせて貰っているし、困ったときには相談事に乗ってもらっているのだ。なんだかんだ俺の方が頼っていることも多い。こういうことくらいサービスしたって問題はないだろう。
治療院に帰ってきてしばらく考える。そういえば各門の近くなんかにはあまり行ったことはない。西区の門近くだけは、養鶏の兼ね合いでほぼ毎日通ってはいたが、通っただけなんだよな、中通りなんて見たことないし。…下見に行ってみようかな。明日から朝早くに全部の門近くを見に行ってみよう。今は何もないかもしれないが、中道裏道の類も見ておきたい。祭りの混雑時に知らない道を歩くのは効率が悪い。先に下見をして、ある程度当たりを付けておいた方が良いだろう。善は急げというが、治療院のこともある。明日から朝早くに4か所回ってみることにしよう。
1日目、まずは東側からやってきた。東側の門側はすでにスラムのような感じになっている。大通りのはずなのだが、住んでいるのかどうか解らないようなボロ屋が結構な位置まで広がっている。中通りも裏通りも同じ感じだ。基本的には東側はスラムになっているんだな。ただ、門の近くは多少マシな家屋が立っている。…なんで門の近くはスラムになっていないんだろうか。そう思って近くに寄ってみると宿屋だということが分かった。小さいが看板が立っていた。
そうか、東側はまだ開発中の村が多いから、人の通り自体が少ないんだな。貴族でも爵位の低い新興貴族が多いと聞く。その貴族の領地が潤ってくればこの辺もスラムが奥に追いやられるのだろうか。門の外を見ると小さい畑が散乱している。スラムに住んでいる者たちの畑なんだろうが、これでは収穫もままならないだろう荒れ具合だ。もう少し畑を整理すれば住みやすくなるのではないかとは思うが、それを指導する人もいないし、こんな状態だから豪農たちも東側には農地を広げないんだな。
東側は一通り回ったかな。大体がスラムだったからこの辺りでは屋台よりも奴隷が売られている可能性も高そうだ。ただ、夜鷹も多そうだなと思った。昼から飛ぶ鷹もいるのだろう。奴隷も多そうだが、サクッとみて他の場所を見に行った方が良いかもしれない。現状では奴隷は多そう。夜鷹も多そうと思っておくことにしよう。
2日目、今度は北区にやってきた。北区の大通りは東区とは違い、普通の感じの家屋が建っている。そして殆どが飲食店か宿屋だった。冒険者が主な客なんだろう。朝早いのに開いている店もあったから、冒険者が狩りに行くために飯を食っていくためかもしれない。この時期だと農家の出稼ぎ組もこの辺りになるのだろうか。安い宿が多いということは口減らしを売りに来る農民もこの辺りに宿をとるのかもしれないな。であればこの辺りが奴隷売りが一番多いのかもしれない。
中通りや裏通りも確認する。中通りにも宿屋が多く建ち並んでいる。裏通りはところどころスラム化してしまっているが、おおよそ安宿通りとなっているのだろう。飲食店が減り、宿屋ばかりだ。冒険者も、もう少し稼いでくれればこの辺りのスラムも無くなるのではないかと思うくらいにはスラムは少ない。…冒険者が稼ぐようになればこの辺りもスラム化するのか? どちらにもなりそうだな。でも、冒険者がもっと稼いだ方が色々と健全になりそうなんだけどな。
後、懸念があるとすれば、安宿が逢引宿の可能性があるということくらいか。飲食店で店員を買い、宿でやると。多分そんなシステムもありそうだよな。この辺りも夜には来たくない場所だな。夜鷹が飛ぶ場所は総じて治安がわるいからなぁ。荒事には全く耐性がないため、治安の悪い場所は避けるに限る。大通りはよさそうな感じだから、祭りの日はじっくり見て回ろう。
3日目、西区にやってきた。今では久しぶりだが、見慣れた街並みが並んでいる。殆どが農家や畜産家の店なのは知っている。あまり顔を合わせたことはないが。門の近くもこの辺りには宿屋はなく肉屋が多い。西門は冒険者が帰ってくる場所でもあるためだ。特に今の時期はオークのお肉が西区の肉屋に持ち込まれ、解体される。そして町中に買われていくという感じの循環だ。
冒険者ギルドの買い取りカウンターにも持ち込んで良いのだが、直接肉屋に持ち込んだ方が高く買い取ってくれる。しかしながら、毛皮がある場合は冒険者ギルドに持ち込んだ方が高かったりするものもある。ナイトウルフやグレーウルフなんかは肉よりも毛皮の方が高いので、肉屋に持ち込むと肉の値段でしか買い取ってくれないので損なのだ。肉屋は毛皮はいらないからな。解体中に出た毛皮は肉屋が商業ギルドに持って行って小金に換えるだけだ。
それはいいとして、今は中通りと裏通りだ。こちらも畜産関係の家や、農家の民家が多い。こっちは店ではなくて家だ。大通りで商売しつつ、中通りや裏通りに住んでいる。俺のうちもそうだったからな。それが門側近くまで続いている感じだ。これは子供のころから変わっていないな。そして、この辺で奴隷を売るかと言われれば、売るのかもしれない。農家や畜産家が必要としている奴隷、どちらかといえば男の奴隷が多く並ぶんじゃないだろうか。
俺の欲しいと思っている、12才よりも小さい子供の奴隷はこっちには並ばないかもしれない。中通りや裏通りにも売りに出ているかもしれないが、小さい子供の奴隷は少ないような気がする。もしかしたら、男の子は多いかもしれない。大通りでは難しいが、裏通りなら拾ってくれないかな、見たいな。祭りのときはオズマンド奴隷商館と被るし、こっちの方は流し見で良いのかなと思った。
4日目、今日で最終日だ。最後は俺の奴隷商館のある南側。こっちの大通りはこの町で一番発展しているといっていいだろう。中央に近いところにだが、商業ギルドもあり、冒険者ギルドもある。そんな南側の大通りは、門の近くにも大きめの建物が並んでいる。看板を確認してみると、中級くらいの宿屋や、あることは知っていた日用品店。初めて見た鍛冶屋もあった。治療院の改修をしてくれた建築屋もこの通りだ。
中通りや裏通りにも大きな建物が並んでいる。この辺りは豪農の住宅地だ。南部はいくつかの豪農が組合を作り、農地を管理している。麦や野菜の輪作もその組合が統制しているらしく、商業ギルドからでも口を挿むのが怖いと言われるほどの結束力があるらしい。豪農組合は奴隷を買ってくれるお客なので俺はそんなに怖くないのだが、対立すると怖いそうだ。
それにしても南の大通りで奴隷を売るのはあまりなさそうな気がする。流しの奴隷商ならいざ知らず、口減らしを売るには難しそうな気がする。豪農組合も必要なら奴隷商館に来るし、ギルドなんかはそもそも奴隷を必要としていない。もし奴隷を売るのであれば、知識系の奴隷。読み書き計算なんかができる奴隷ならこの通りでも売れるかもしれないな。
5日目、昨日で最後だといったが、一応中央区も見てみることにした。中央区はすべてが貴族の屋敷である。一応そう習った。中央区にはそもそも初めてきたが、人通りが殆どない。貴族は移動する場合は馬車で移動するため、歩いているのは貴族の私兵かこの領都の領兵だけだ。
冬の新年祭でもこの辺りは静かなのだろうか。多分、中央の辺境伯の屋敷、城? でパーティーだろうから静かなんだろうな。…というよりも、平民がいるには居心地が悪すぎる。この辺りで商売は無理だ。下見も早々に切り上げよう。
治療院に戻って予定を考えていた。1日目は朝に東区、昼から南区。2日目は本命の北区。3日目は大穴で西区の順に回る予定にしよう。中央区は1日目の東区に行く通り道に通ってみてみよう。何もないだろうが。目標は10人の奴隷を購入することかな。男女比は別にどうでもいいが、よほどの先天技能がない限りは10才以下としておこうかな。12才まで教育する時間にすれば良いんだし、11才だと春で12才になっても教会の儀式を受けられないって状況があるからな。…俺の鑑定だと誕生日が解らないんだよな。俺の家族で試してみてた感じ、春のある時期に一気に年齢が上がるんだもの。12才とは言っても春のある一定の日が過ぎた回数が年齢なのだ。これ、数える方は新年祭で数えているんではなかろうか。鑑定さんも地味に使えないのだ。
何はともあれ、これからも治療院はオークの所為で大忙しなのだ。新年祭までというよりオークが出てこなくなるまで、治療院は忙しいだろう。そしてオークが出てこなくなったら新年祭だ。どんな奴隷が買えるのか楽しみではある。今年の新年祭は忙しくなりそうだ。