10話
あれからまた3週間が過ぎ、地方の貴族の兵士であろう行列が南門からやってくるのを何回も見ている。順調に今年も貴族たちが集まっているようだ。ご苦労様である。俺の方はどうかといえば、冒険者組は試用期間も終わったのか、冒険者部隊の収入が跳ね上がっている。森には入ってないとの報告は受けているから、ということはスタンピードの前兆が始まったのだろう。森の浅瀬の魔物が徐々に逃げ始めたという証拠だ。でないとこの成果はありえないからな。
治療院を利用する者たちも増えたし、中には貴族の私兵であろう人たちも治療に来ている。出張治療院の時は冒険者ギルドでやっていたから、貴族の私兵を見るのは初めてだが、見ればわかる。武器や鎧の統一感がいかにもってやつなのだ。何組かの貴族の私兵には貴族家の家紋なのだろうそれを、鎧に焼き印してあったり、剣の柄のところに彫られていたりと様々だが、それらしき証を見た。魔法で治療をしていると驚かれたりと様々あったが、客が増えたのは嬉しい誤算だ。恐らく商業ギルドからアグラス治療院の場所を聞いたのだろう。それ以外であれば、冒険者ギルドだが、ギルドで聞くなら出張治療院の時にも治療しているはずである。間違った推論ではないだろう。
冒険者組の活躍も益々だ。この時期に平原で戦えたというのは今後の自信になるだろう。今のスタンピードの前兆の時期の戦闘は、平時の森の中とそう大差ない魔物と戦っているはずだ。森の中と平原とでは場所が違うが、それでも今後が楽しみになってくる戦果である。来年の春に冒険者となる12才組4人と現在冒険者組の8人が、ギフトを得られたらどれだけの戦果をあげられるだろうか? 12人の内、何人が戦闘系のギフトを得られるのか楽しみだ。12人分のギフトの儀式の準備はもう教会に知らせてある為、済んでいる。一度に12人もの儀式を依頼したため驚かれたが、準備は問題ないとのことなので、春になったら一気に戦力アップ…となればいいなぁ。
治療院で治療をしながら、地方から出稼ぎに来ている農民冒険者に、地方の方の情報を引き出していた。今年の麦の生育はどうかや、地税はどうとか色々聞いている。それを聞いていると、どうもキリスカ王国南部の戦線に近い方の貴族領では重税が掛けられていて、農村が荒れているらしい。その所為で南部で麦が高騰している。そこに麦を売るからアーノルド辺境伯の寄り子のキリスカ王国南東部に領を持っている貴族家は羽振りが良いらしく、農民も潤っているらしい。
ただし、廃村寸前の村から難民としてやってきて南東部の農村の人口は増えてきているらしい。山賊や盗賊なんかになる元農民もいるほどなのだそうだ。羽振りのいい農民に盗賊なんかのうわさ。南東部は数年間は荒れるかもしれないな。もっとも、もうすでに領軍が離れて盗賊が動いている可能性があるが、奴隷が流れてくるのは今年では無いだろうな。数年先だろう。
東部に関しては、開拓は順調に進んでおり、麦の収穫もそこそこいいらしい。開拓奴隷にも酒が振舞われているような事もあったとのことだった。そういう場所からは奴隷は来ない。よほど先を悲観している農民か、そこの畑だけが不作だったとかでなければ家族を売ったりしないだろう。麦が不作にならない限りは、東部からの奴隷は見込めなさそうだ。
問題は西部、キリスカ王国王都方面だ。王都方面の貴族、アーノルド辺境伯の寄り子の外側の領地で重税が敷かれているのだそうだ。特に南西部、ここがどうにもならないらしい。これは南部の戦争の余波らしいのだが、そちらの方でも麦の価格が上がっているとのこと。そしてさらに悪いことに、西側の大半が麦の収穫もそこそこ悪いらしいので、口減らしが大量に発生することだろう。そうなれば、こちらにも難民、奴隷候補がかなりの数流れてくるはず。アーノルド辺境伯領の西側に多くの難民、奴隷候補がやってくるはずだ。そうなればどこに行くか、西区にある奴隷商館だ。それで西区の奴隷商館とは仲が良いことを考えると、うれしいうれしい仕入れ時だと考えられる。春先に新しい奴隷が多く奴隷商館内にいるはずだ。
奴隷商館にとっては良いことではあるが、戦争の余波が、東部貴族まで来ないことを祈ろう。東部で奴隷が増えるということは、東部の経済が悪いということだ。そうなると高級奴隷を扱ううちの客層である、貴族の財布の口が固くなるのだ。それはやめてもらいたい。…まだ貴族を捕まえていないが、捕まえる前から細っていては、何ともならない。
全体的に見ると、奴隷の流通が活発化しそうだと言えそうだ。来年は南西側から、それ以降からは南東側から奴隷がアーノルド辺境伯領に入ってきそうだと思える。どちらにしてもキリスカ王国南部の戦争の余波なので、早く終戦しないものかと思うのだが、それはキリスカ王国とオカラカ王国の都合だろう。ただ、激化しているとの情報はなく、どちらかといえば両国ともに散発的に砦に攻めているような感じだと情報が入ってきている。どこまで正確かと言われれば、判らないといったところなのだが、農民や冒険者の情報だとその程度しか手に入らない。貴族の私兵には聞きづらいから、あまり聞いていないのが現状だが。
そんなことを考えて情報収集をしていると、冒険者組が次々と戻ってきた。冒険者組が戻ってきたということは、そろそろ店じまいの時間だ。冒険者組も最近は夕方ぎりぎりまで戦闘を続けているので、冒険者組の殆ど最後の方で撤退ということを心がけさせている。その代わり、朝は程々の時間に出立させるようにしているのだが、理由は簡単だ。貴族の私兵が出てくる夕方に、なるべく見られるように戦闘をさせているのだ。
普段の、秋のこの時期以外では、ナイトウルフの群れが出始めるこの時間帯は森に入れない冒険者は避ける時間帯なのだが、今の時期はナイトウルフも関係なく昼間に出てくるのだ。夜にまぎれて襲い掛かってくるナイトウルフは、大きな群れを作ることが多くあり、襲い掛かられると非常に危険なのだが、この時期は、繁殖の時期もあって、そこまで大きな群れを見ることもない。数が揃わないナイトウルフならば、森に出てくるグレーウルフの方が危険なのだ。それにチビ達とはいえ、こちらの数が揃っているのであれば、ナイトウルフはそう警戒するほど強くはない。ルイたちの様に何匹のナイトウルフに囲まれるって状況には、特にこの時期ならばないはずだ。
ナイトウルフは、普段は昼間には森の中にいて、夜に平原に出てくる。そして、冒険者の倒したゴブリンやコボルトを食べて生活している。なので別名を北の平原の掃除屋と、このアーノルド辺境伯領領都では言われている。それに貧民の農家にとってもありがたい存在なのだ。ナイトウルフは骨まで食べてしまう。そのおかげで、平原にする糞が良い肥料になるのだ。それに麦畑を踏み荒らすわけでは無いため、貧民の味方ともいえる魔物なのだ。ただ、このスタンピードの時期に群れを分割して繁殖をするのだが、この時期だけは昼間にも活動する。それにこの時期にある程度に減らしておかないと、ナイトウルフが増えすぎて問題にもなるので、この時期にはどんどん倒してしまった方がいいのだ。ナイトウルフの肉はあまりおいしくないが食べられるし、毛皮なんかも安いため、貧民の冬の服になるのだ。つくづく貧民に優しくおいしい魔物なのだ。
そんな訳で、冒険者組が帰ってきたということは、すでに他の冒険者や出稼ぎ農民たちが帰宅しているはずなので、治療院を利用する人も、もう殆ど平原には残っていないはずだ。だから治療院を閉める時間というわけだ。冒険者や出稼ぎ農民の時間が終わり、今からは貴族の私兵の時間なのだ。もちろん夜に活動する冒険者もいるが、そのために治療院を1日開けておくのは俺の体力が持たない。
4組すべて帰ってくると同時位に治療院を閉め、ソフィアが作ってくれた夕飯を食べて、風呂に入って寝る。これがここ3週間のサイクルになっている。後1か月ほどはこのサイクルになる予定だ。本格的なスタンピードになってきたら、チビ達は引っ込めてランデル達8人だけの出動になるが、オークが出てくるのであれば、収支はもしかしたら現在よりも多くなるかもしれない。それほどオーク肉はおいしく儲かるのだ。オークじゃなかったら地方から奴隷が出てきやすくなるから、それはそれで、奴隷商館としては儲かるかもしれないので、それはそれでと言ったところだろう。どっちにしても俺は儲ける。そういう気概でやっていこう。