あおはる欠乏症
「残念ながら、今の医学ではどうすることも……」
無情にも俺に言い放たれた医師の一言。学校で突然倒れ、そのまま緊急搬送された。
そして、すぐに診察。結果、稀にみる難病だと判明。
「何とかならないんですか! 俺、まだ十五なんです!」
「君以外にも過去にいくつか前例がある。ただ、どの例もみな……」
「先生、何とかしてください! お願いします!」
「できる限りの事は協力しよう」
俺は肩を落とし、診察室を出る。俺の事を心配してくれたのか、母と妹。それに、クラスメイトも何人か来てくれていた。
「文也! 大丈夫なの?」
「うん、今のところは何ともない。ただ、難病だって……」
「お、お兄ちゃん! 死ぬの? あと何年なの?」
「ぐふぉっ」
突然抱き着いて渾身の力で俺を肺を圧迫してくるのは妹の美衣。今年受験なのに、こんなことになっちまって……。
「い、今の話聞いていたか? 今のところは問題はない。ただ、治るかどうかはわからんとさ。わかったらとっとと離れてくれ。息が苦しい」
少し落ち着いたのか、美衣は母さんの手を取り肩を落としている。
「文也、本当に平気なの? 学校で突然倒れてみんな心配していたよ」
「綾乃も来てくれたのか。心配かけたな、もう大丈夫、明日から普通に学校へ行けるよ」
「そっか、安心した」
幼馴染の綾乃は少しだけ赤くはらした目をこすりながら俺に声をかけてくれた。
心配かけさせちまったな。
「本当に大丈夫なんですか? 明日くらい、お休みしても……」
「大丈夫。篠原さんにも心配かけたね。でも学級委員だからって、わざわざこんな時間まで残らなくても──」
「そ、そんな事ありません! い、委員長としてクラスメイトを心配するのは当たり前ですから!」
いつもはおとなしい篠原さんも、担架で運ばれた俺を見てびっくりしたんだろうな。
普段は物静かで、クラスでも人一倍口数が少ないのに。本当に心配をかけてしまった……。
「一条さんー、処方箋でましたよー」
「はーい、今行きます。じゃ、ちょっと薬もらってくるね」
俺はみんなをその場に残し、受付の方から処方箋をもらう。いったいどれくらいの薬が出されるのだろうか……。
──ガチャ
「文也君のお母さん、ちょっと……」
診察室から出てきた医師は、文也の母親を診察室に招き入れる。
「先生、文也の容態は……」
診察室には文也一人だけが入っており、医師からの話はまだ誰も聞いていない。
診察室に入っていった文也の母親。扉が閉まり、その後すぐに三人は扉に耳を付け始め、中の様子をうかがっている。
「綾乃ちゃん、もう少しよけてよ」
「わかった。百合、もう少し下がって」
「でも、これ以上は体勢が……」
扉に固まる三人。はたから見たら怪しいが、この時間は患者も看護師も少なく、通路には誰もいなくなっていた。
「こほん……。非常に稀な症状です。前例も少ないですが、まず死ぬことはないでしょう」
「でも、難病だと……。病名はあるんですか?」
「現代医学では治せません。その症状、我々は『あおはる欠乏症』と呼んでいます」
「『あおはる欠乏症』……。それは、治るのでしょうか?」
「そうですね、治らないわけではない。治りにくいとでも言いましょうか……」
「先生、もっとはっきり言ってください。文也はどうすれば治るんですか」
「結論から申し上げますと、彼を自由にしてやってください」
「自由にですか?」
「この症状。自らの意思で克服しなければなりません。なので、彼には病名を伝えていないのです」
「自分の意志で克服ですか……。私に、母親に何かできることはないのですか?」
「見守ってあげてください。彼が、つらい時も苦しい時も、楽しい時も。どんな時でも彼を信じて、見守ってあげてください」
文也の母親は、少しほっとしたような表情で両手を握りしめている。
「大丈夫です。私は、文也をいつでも信じていますから」
「であれば大丈夫。あとは、どうやって彼に青春を感じ取ってもらうかですね……」
医師は席を立ち、窓の外を眺める。すっかり日の暮れた街。街灯がつき、ビルの灯りが少しだけ幻想的に見える。
診察室の外、扉の前では女の子が三人、団子になって扉に張り付いている。
「文也に青春?」
「お兄ちゃんが欠乏症?」
「このままだと一条君が……」
「「(私がなんとかしないと……)」」
各々の想いを胸に秘め、どうすればいいか困惑する。
「では、何かあれば連絡をください」
「わかりました。あ、あの、本当に普段の生活には影響ないのですか?」
「大丈夫です。ご心配なく」
診察室の中から、扉に近づいてくる足音が聞こえ始めた。
「ま、まずいっ。お母さん戻ってくる!」
「百合、早く立って!」
「ご、ごめん。足が……」
──ガチャ
診察室の扉が開き、母親の目の前には床に転がっている三人が視界に入ってきた。




