Phantom Pain 1.4
「っだああああああ」
大きな声とともに、男は意識を取り戻した。
何が起こっているかわからず周囲をきょろきょろと見まわしている。
やはり近くで見ると何とも派手な見た目をしている。
真っ赤な髪は燃え盛るように靡き、自らの存在を誇示しているようだった。般若の面のような濃い顔立ちと相まって、能楽の演者のような風貌だ。
そして、よく見るといつの間にか腕に生えていた黒い刀は無くなり、ただの両の手に戻っていた。
両の手は体中のタトゥーの延長線上にあり、真っ黒だったのだから「ただの」という表現はおかしいかもしれないが。
男はぎろりとミロクを睨んだ。
「おいいいいい、てめえ、何しやがったあああ!?」
いちいち声の大きい男だ。
ミロクはどこ吹く風といった様子で言った。
「あなた達の喧嘩を、ちょっと止めただけだよ。そんな怒ることある?」
「はああああああ?喧嘩を止めただけだとお!?」
男はすっと立ち上がり、ミロクの前に立ちふさがった。改めて立ち上がると身長は2メートル近く、身体つき含め人間とは思えなかった。
「そうだよ?」
大柄な男に見下ろされたミロクだったが、全く動じる様子はなかった。
「てめえええええっ!!!」
男は怒号とともに握りこぶしを振り上げた。
すると、黒々とした握りこぶしはみるみるうちに刀へと変貌した。
「あなた、もしかして馬鹿??」
ミロクはそう言って、目をつむり、胸のあたりで手を合わせた。
その直後
「いってえええええええええええ!!!!!」
男はまた体を折れそうな勢いでのけぞらせ、叫び声をあげた。
しかし今度はミロクが少し加減したのか、叫び声は長くは続かなかった。
「てめえええええええ!!!」
男は怒りに任せて叫び声を上げたが、今度は少し賢くなったのか、ミロクに手を上げようとはしなかった。
「ちゃんと私の言うことを聞いてくれたら、痛い思いはしなくて済むんだよ?」
息を荒げながらミロクを睨む男は、怒りのぶつける先が無くなり、今度は俺の方を睨んだ。
「おい、てめえは誰だあああああ??」
何にでも八つ当たりするつもりらしい。
「俺はサトウトシオだ。」
「はあああああああ???サトウトシオだとおおおお???ふざけてんのかああああ???」
「いやふざけてねえよ。本名だ」
「その名前がふざけてるんだろうがよおおおお!!!」
男はそう言ってまた刀のままの手を振り上げようとした。
「おい下人、いい加減にしないか」
また今度は別の声が聞こえてきた。
先ほどまで男と一緒に倒れていた、大きな翼を持つ女だった。
女は先ほどようやく目を覚ましたらしく、頭を手で押さえながらこちらのほうを見ていた。
よく見ると北欧系の美人というやつだろうか、目鼻立ちがくっきりしている。誰がどう見ても美人には間違いないが、何故だろうか、一目でわかる人を見下したような目つきは、彼女の性格の悪さを表しているようで、一発で嫌いなタイプの女だと判断した。
男は振り返り、
「おいいいい、お前いまなんつったああああ??」
と声を荒げた。
「下人に下人と言ったのだ。」
この女もこの大男を全く恐れる様子がない。
「状況を飲み込めぬ馬鹿で下人のお前と同じ空気を吸うてるのが気持ち悪くて仕方がないわ。そうだろう、下人」
と言って、俺のほうを見た。つまりこの男も、俺も等しく下人らしい。
「ちょっと、もしかしてまた喧嘩しようとしてる?」
ミロクは俺含めて3人を見まわしながら言った。
「喧嘩なぞはなからしとらんわ。喧嘩っちゅうのは対等なもの同士がするもの。わしとこやつらは天下人と下人。そもそも対等ではないわ」
「うーん、私から見たら、皆対等なんだけどね?」
ミロクはそう言って、苦笑いを浮かべた。
女は納得していない様子だったが、このままでは話が進まないと悟ったのか、反論はしなかった。
「それで?わしらは何故おぬしにこんなところに連れて来られたのだ?ここは修羅道だろう」
女は言った。
修羅道?何のことだ?
ミロクはふふっと笑って言った。
「さすが、その辺は天道の人なだけあるみたいだね。」
「ふんっ。下界を覗き見てせせら笑うのがわしらの道楽じゃからの。それにしてもお主、先ほどわしに与えたあの「痛み」。忘れはせんぞ。」
女はそう言ってミロクを睨んだ。
「それは、仕方のないことだから。」
相変わらずミロクは全く動じない。
「それで?こいつらの喧嘩は一先ず収まったわけだ。俺のお仲間っつったのは、こいつらのことか?」
「うん、半分は正解。このお二人は、あなたのお仲間。」
「はああああああああ?俺はこの小せえ猿ともこのいけ好かねえ鳥ババアとも仲間にはなってねえぞおお??」
男は即座に反論した。
「うーん、またそのくだり?それはもういいよ。」
「半分正解ってどういうことだ?」
俺の質問にミロクは
「つまり、半分は正解ってことは、残り半分は不正解ってこと」
「…ふざけてんのか?」
「ふざけては無いよ。そのままのことを言ってみただけ。このお二人はあなたのお仲間。それは正解。ただ、「このお二人だけ」がお仲間ではない。お二人以外にも、お仲間がいるってこと」
俺は階段の前で倒れていたときのことを思い出した。確かにあの時、俺のほかにいたのは5人だった。ここに2人。あと3人いるということだろうか。
ミロクはくるりと宙に浮きあがった。
「さてさて。あなた達、ちゃんと自己紹介とかできなさそうだから私が代わりにしてあげるね?まず、「憤怒」の大罪を犯した男、アシュラ。」
男の方を指して言った。
憤怒の大罪人。アシュラ
「そしてお次は「傲慢」の大罪を犯した女、ウェディング・ミカ・ハピネス」
この女、なかなかに変わった名前である。
傲慢の大罪人。ウェディング・ミカ・ハピネス。
「そしてあなた。あなたは「怠惰」の大罪を犯した男、サトウトシオ。」
それが俺である。
するとウェディングは言った。
「つまり、七つの大罪を犯した者たちが、お主の言う「お仲間」と?」
ミロクは頷いた。
「そういうこと。あなた方以外にあと3人「お仲間」がいるということだね」
そこで全員の頭に「?」が浮かんだ。
「おい、待て。それじゃあお仲間は6人ってことか?大罪って7つだろ?1人足りなくねえか?」
するとミロクは非常に気恥ずかしそうに、言った。
「えっと…、言い忘れてたけど、私はミロク。「嫉妬」の大罪を犯した神…です!」