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 昨日の兄様の訪問で体が緊張したのか、いつもよりも早く目覚めて布団から這い出た。寝ぼけ眼を擦り、布を一枚羽織ってまだ日が完全に昇っていない空を映す窓を開ける。


「やあ」


 一瞬で閉めた。私は何も見なかった。そういえば窓には鍵なんてものがついていたなあ、試してみよう、って思って鍵をかけた。やっぱり夏でも朝は寒いなあ、って思ってカーテンを引いた。コンコンと小石が窓にぶつかる音はきっと幻聴だ。布団を被り直して目を閉じた。


「ねえルイ、開けてよ」


 鳴り続ける音にとうとう我慢できなくなって、窓を勢いよく開ける。


「なに」


 ひらひらと手を振る兄様を睨み付ける。母様譲りの白髪を風に靡かせて、器用な体勢で木の上にいた。


「寝てたんだけど」

「え、自分から起きてきたじゃん」

「それは夢遊病」

「ルイが病気! 大変、父上に知らせなきゃ!」

「ああもう黙って。わかった、嘘だから」


 そんなことを口では言うが、全然慌てた様子でない。ゆさゆさと上機嫌に木の枝を揺らす兄様を、ため息をついてじいっと見つめる。


「それで? 何しにきたの?」

「かわいい妹を悪い狼から守りにきた! 僕はルイの騎士だからね!」


 えへ、と恥ずかしそうに照れて笑う兄様はもうなんと形容したらいいかわからない。一応寝起きでうとうとしていたはずの頭が一気に覚めてしまった。


「っていうのは冗談で。カイルの部屋ってどこかなって聞きたかっただけ」


 どうやら用はカイにあったようだ。ならば、と遠慮なくカイに犠牲になってもらう。すまんな友よ。私の精神衛生のために尊い犠牲になっておくれ。


「一階にあるよ。階段のすぐ隣」

「ありがとう。今日から毎日ルイを応援してるからね!」


 いやだよ、わざわざそんな監視宣言しないでほしい。ぴょんと木から飛び降りる兄様を見送れば、数秒後に下から窓をピシャリと閉めた音が聞こえた。


 二度寝して朝の待ち合わせ場所に向かえば、随分げっそりとした顔のカイがいた。一応美青年のはずなのに、かなり疲れ切ってくたびれた様子だ。一応兄様をけしかけた要因でもあるからちょっぴり責任を感じる。


「ルイのとこも来た?」

「うん。と言ってもちょっと話した程度だったけれど。カイの方に用事があったようだから」


 はあ、といつもより歩みが遅いカイが眉間にシワを寄せる。カイも子供時代では兄様に相手してもらうことは多かった。当初からなんでも器用にこなしていたカイだったが、それを軽々と同じく才能という武器で凌駕して見せたのが兄様だ。ははは、と笑いながらカイの間違いを次々と指摘していくその鬼のように容赦のない様には私も側で見ているだけで震えた。ともに兄様に対して苦手意識を持っているのだ。




 視察団は座学の時も教室一つ一つを見て回って授業様子を確認していた。生徒もいつもとは違った雰囲気に緊張を覚えているようだった。見られているって意識するだけで力が入るもんなあ。かくいう私も体がガッチガチになりながら、これ以上ないほど真面目に授業を受けた。居眠り撲滅運動の成功だ。


 教官たちは流石というべきか、全く普段と様子が変わらない。たまに生徒がぼうっと使節団の憧れの人を眺めていると、注意の声を飛ばす。そのためか、昼食休みが来る頃にはかなり体が重かった。学校の時間割は至って単純だ。午前中に座学、午後に訓練。つまりはこの後体を動かしまくることになるのに朝だけでこの疲労感である。


「つっかれたよー」

「昨日夜更かしでもしたの?」


 ご飯を食べ始める前にテーブルに突っ伏した私を見て、レオが不思議そうに尋ねる。もちろん詳細は告げられないから、まあ、そんな感じ、と曖昧に笑っておく。


「じゃあお前にはデザートの苺あげる」


 ア、アベルー! 君ってなんていい奴なんだ! 目をうるうるさせていると、イアンはオレンジをくれた。感極まっていると、レオもピーマンをくれた。え、ピーマン? 明らかに他とは異なる存在感を放つそれを思わず見つめてしまう。


「ぴー、まん?」


 さりげなく嫌いな野菜を横流ししてきたレオは、作戦が成功してニヤニヤ笑っていた。畜生、とハンカチを噛む私はさぞ面白かったのだろう。私がわなわなと悲しみで震えている間に、カイは人参を横流ししてきた。ちょっと遅れてきたシリルは涙目な私を見て、ゴーヤを押しつけてきた。


 ぷりぷりと怒りながら野菜を平らげてから、気合を入れて訓練に向かう。理由はただ一つ、あの傍迷惑な野菜嫌いどもを成敗してやるためだ。メラメラと魂を燃やしながら剣を研いでいると、あまりの気迫に生徒が寄ってこない。どう調理してやろうかと考えるだけで嬉しくなって、つい鼻歌を歌ってしまう。


「ずいぶんと楽しそうだね」


 肩越しから声が聞こえて、パッと振り返る。


「セドリック! 聞いてよ、レオとカイとシリルが酷いんだよ。3人して人が弱っているところをつけ込みやがって。今ちょうど微塵切りにするか、短冊切りにするか考えていたの!」

「お、おう」


 気圧されたらしいセドリックはちょっと焦ったように、カイルに忠告しないと、と呟く。別にそんなことしなくていいのに。カイのことだから実際にはそんな簡単には倒せない。だからこれは気持ちの問題なのだ。


「確かにカイルは大丈夫だけど、他の奴らがね。怒りは全部カイルにぶつけて頭を冷やしな。あとの2人は手加減してあげて」

「えーいやだ」


 ずいぶんと無粋なことを言ってくれるセドリックに不貞腐れて、ぷいっと顔を背けた。まあ、野菜の事件がなかったとしても全力で試合をすることには変わりはない。

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