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 キュッと音を出しながら、太陽の光を反射する銀の蛇口を開ける。昼の訓練のために水筒の中身を補充する。水筒の中で水がはねる音に涼をとる。ついでに蛇口から直接水を飲めば、鉄のせいで血の味がした。隣に誰かがやってきた気配がして、顔を上げる。


「なんだシリルか」

「そうだぞ、天下のシリル様だぞお」


 濡れた口元を袖で拭う。ふざけたことをぬかすシリルを肘で小突けば、うっと大袈裟に反応する。面白いからイマジナリーの剣を両手に持って心臓を一突きしてやれば、呻き声を上げながら倒れてくれた。


「仇はとったよ、父さん!」

「くっ、お前はまさかあいつの息子か!」


 渾身のかっこいいポーズを決めてやれば、シリルは捨て台詞を残して絶命した。目をくわっと開けたまま事切れたらしく、迫真の演技だ。悪を倒した正義の味方として胸を逸らしてふんぞりかえる。


「なあにやってんのさ」


 面白いこと見つけた、という風にウズウズして目を輝かせたレオがやってきた。私は嬉々としてレオも巻き込むことにする。


「と、とうさん! 生きてたの!」


 やれやれと首を振りながら、下を俯いたレオは勢いよく金髪を跳ねさせてキリッと顔をあげる。


「息子よ、なんて事を……!それは俺の親友なのに」

「そ、そんな馬鹿な。僕はそいつが父さんを殺したのだと思って」

「ああ、逝かないでくれ。はっ、そうだ。あの秘術を使えば」


 倒れ伏したシリルの元にレオが駆けつける。地面に膝をついたかと思えば、祈るように手を合わせる。両手のひらを合わせているのではない。左手の甲に右手のひらを押し当てて、指と指を絡ませる。


 それをシリルの胸に当てて、物凄い勢いでうおおっと声を上げて胸骨圧迫を始めた。中性的で可愛い顔をしているはずなのに鬼のような形相で押していく。ペースが少々早いが、それ以外は授業で習った応急処置を完璧にこなしている。


 良い子のみんなは健康な生きている人間で真似したらダメだからね。いや、死体で試してもダメだけど。ちゃんとお人形を使って練習しようね。


「そいつはもうダメだ。僕が心臓を突いたから。僕にはわかる」

「そんな、そんなことは、決して」

「父さん……」


 私は自分のやったことを悔いるようにして、シリルを殺めたその手のひらを見つめる。徐々に己の行動が無意味だと理解したレオは体の力が抜けて、冷たく横たわる死体に泣きつくようにして縋った。


「はいはい、みんな散ろうね。もう授業始まるよ」

「あ、ちょっ、ちょっと待って」


 いつの間にか増えた生徒のギャラリーをイアンが追い払おうとするものだから、必死で止める。くるりと野次馬どもを振り返る。全寮制の学校だからか、娯楽が少ないから面白いことにはすぐに群がるのだ。近くに置いてあった木箱を持って、みんなの前をウロつく。


「楽しんでいただけたのなら、清き一票を!」


 ノリがいい学友たちは、ヒューと口笛を吹きながら次々と小銭を投げ入れてくれる。役者3人で一列に並び、せーの、と大きくお辞儀をする。勢いよく下げた頭は地面にぶつかりそうな勢いだ。そしてパン1本買えるくらい集まったお金をニヤニヤ見つめながら、シリルとレオで山分けする。


「ねえ、僕たち劇団をやるべきじゃない?」


 この演技力ならば天職だと思う。きっと人気が出過ぎてハードなスケジュールに追われるけど、いっぱいお金儲けできそうだからやってやってもいいかもしれない。


「そうだな、いっそ騎士学校やめないか?」

「これなら芝居で食っていけるね」


 3人で頭を突き合わせて、役者としての未来設計を始める。どんな劇がいいだろうか。悲恋もの、は難しいかな。シリルにはそんな繊細なものを演じられないだろう。レオと私は女装できるだろうから、演じれる範囲は広いはずだ。


「残念ながら人が集まっていたのはお前らがあまりにも馬鹿だからだよ。猿の曲芸みたいなもんだな」

「才能なき者の醜い嫉妬だねえ、アベルくん」


 騒ぎを聞きつけたらしいアベルにそう返せば、おでこをデコピンされて地味に痛みが広がる。額を両手で押さえて、回し蹴りを入れようとしたが、動きを読まれて避けられてしまった。


「次は移動教室だよ、早く行こう」


 イアンに促され、渋々荷物を集めて従うことにする。階段を降りる際にちょうどいい手すりがあったものだから、腰をかけてヒューっと滑り下りる。降りる瞬間に体に勢いよく回転をかけて、宙返りしてスタッと着地した。が、勢いを殺しきれずに近くに積んであった木箱に体当たりする。かっこいい、と目をらんらんとさせたレオも真似して着地に成功する。


 シリルも同じようにしようとしたが、私とレオより体格がいいから細い手すりではバランスが取れず、アベルに捕まって頭をはたかれていた。それを見てお腹を抱えて笑った私とレオは木箱の片付けを手伝ってくれたイアンに捕まって、背中の後ろで手を縄で縛られる。そしてそのまま遅刻して移動教室に連れて行かれる。


「まーたお前らか」


 教室に囚人のように拘束されたまま入室したら、叱りつけるのも諦めた教官が呆れた顔をしていた。えへへ、と笑えば教科書でパシッといい音を出して頭を叩かれた。体罰反対。


「イアンとアベルは子守お疲れ」


 労いの言葉をかけられながら、アベルはシリルを、イアンは私とレオをずるずると席まで引きずって授業を開始した。

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