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 雑用を終えて訓練場に小走りで向かうことにする。荷物運びで疲れた腕をぶらぶらさせながら鼻歌を歌う。訓練場には室内のものと室外のものがあるが、きっと室内は熱気が籠もって苦しいだろう。以前、少しでも影を求めて室内の訓練場を利用したこともあったが、むさ苦しい男たちの汗の匂いで呼吸困難になりかけた。太陽の真下で直射日光を浴びることになっても、外の方が断然いい。


 自主練する生徒によって砂埃のたつ訓練場にちょうどいい木陰を見つけた。1時間ほど前に実技の授業は受けたが、怪我をしないように念には念を入れてもう一度柔軟運動をする。


 初めは立った状態から軽く体を慣らす。ぐっと背伸びをしてから、肩幅に足をまっすぐ開いたまま地面に手をつける。ざらりとした砂の触り心地は仕方がない。足の裏が伸びているのを感じながら、腕を柔らかく曲げる。上体を起こして今度は土に腰を下ろす。足を軽々と180度大きく開いて、べたりと上半身を倒した。体の隅々が伸ばされる心地よさに目を瞑る。木陰のおかげでひんやり冷たい土が頰に密着する。


「うわ、気持ちわる」


 片目を開けて、汗を腕で拭うシリルの姿を確認する。雑用を押し付けていったくせに、反省もせずに飄々とやってくるその肝が据わっているさまにはもはや感心すらする。


「へえ、シリルくんは僕が羨ましいんだね。そうだ、僕がその願いを叶えてあげようじゃないか!」


 バネが跳ね上がるように飛び起きて、その勢いのままシリルに突進する。突然のことに反応できなかったシリルの両足に内側から右足を滑り込ませる。シャツを胸元をガシッと掴んで右足をさらに外側へと払えば、シリルはあっけなく地面に倒れ込んだ。


「コツはね、勢いよく!」

「いった」


 そう声を張り上げると同時にシリルの右足だけ掴んで無理やり大きく開く。90度ほどしか開かなかったが、大丈夫。体の硬いシリルくんはこの私がサポートしてあげるからね。


「そして前にグイッと!」


 シリルの背後に素早く回り込んで、背中に右膝だけを押し当てて全体重をかける。ついでに左足で地面を全力で蹴って、負荷を更に加えてあげる。


「ぐえっ」


 潰れた蛙のような声をあげたシリルにようやく満足して、体から離れてやる。ふう、いい汗をかいた。額をわざとらしく拭って、きらりと白い歯を見せて白い雲の浮かぶ青空を見上げて爽やかに笑った。


「いてて、お前の筋トレのために雑用させてやったんだろうが。完全にウィンウィンじゃないか」


 ゆっくりと体を楽にするシリルは口を尖らせて不平を言う。


「残念ながら僕は雑用させられたことよりも、シリルの思惑にまんまと乗せられたことの方がむかついてるんだ」

「めんどくせえ」


 無理に伸ばした体はまだ痛むとばかりに大袈裟に足をさすっている。手加減して一瞬にしてやったのだから、大して痛みは残ってないはずだ。男女の体格差をできるだけ埋めるために、人体の勉強はしっかりやってきた私が簡単に騙されるはずがない。


「もう一度、今度はゆっくり時間かけてやってあげようか」


 先ほどよりもワンランク輝いている笑顔を向ければ、シリルは顔を引きつらせて急いで立ち上がった。


「あれ、そういえばイアンはいないんだね」


 レオとアベルは少し離れたところで打ち合っている。いつもは見かけるイアンの姿がないことに首を傾げる。


「ああ、そうなんだ。俺もどこにいるのか知らねえ」

「ふうん」

「だから俺と打ち合いやらねえか?」


 実力が拮抗しがちなシリルはいい練習相手だ。クラスが同じということもあり、試合相手に困ったらシリルを頼ることにしている。ありがたい申し出を受けて、まだ柔軟が終わっていないから近くで素振りして待ってもらう。


 20分くらいしっかりと体の柔軟に集中して、軽く筋トレもする。基本的な身体能力では確実に劣るから、柔軟性は私に欠かせない武器の一つだ。


「よし、いいよ」


 体も温まってきたところで私には少し重い木刀を手に取った。好戦的に口の端を吊り上げたシリルと向き合う。小石を高く投げ上げる。シリルの動きを見逃さないように注意しながらも、視界の端で小石の動きを追う。地面に落ちれば戦闘開始だ。


 姿勢を低くして、シリルの横に回り込む。近づいてきた私に木刀を振り下ろしてきたので、軽く受け流す。互いに互いの隙を窺っていて、劇的な展開がない膠着状態に持ち込まれそうな予感がする。昨日の訓練のように体力勝負は確実に不利だから避けねばならない。


 それなのになかなか間合いに入れさせてくれない。どうしたものか。考えあぐねていれば、今度はシリルから突進してきた。突くような重い攻撃を紙一重でかわす。それと同時に自分の木刀でシリルの木刀を絡めとるように引っ掛けた。シリルが一瞬思うように操作できなくなって動揺した隙に木刀を投げつけるように手放す。少しだけシリルの視界が塞がったのを確認して、一気に加速する。


 重い攻撃が迫ってくる。横にひらりと飛ぶことで避けて、鍛えた体幹で空中姿勢を維持する。そして懐から木で作った投擲用ナイフを取り出して、首筋を狙って放った。喉元を掠めたナイフにピタリと動きを止めたシリルは木刀を落として降参の意思表示をした。


「木刀以外に使うときは先に言えよ」

「先に言ったら奥の手がバレて意味ないじゃん」


 授業中は流石に飛び道具を使うことは禁止されているが、自主練はそんなルールはない。ちなみに授業のそのルールを知らなかった入学当初は道具を使いまくった結果、教官に丁寧にルールを聞かされた。


 だから、自主練では存分に道具を扱う練習をさせてもらっている。シリルも文句は言っているが、毎度のことのように道具は使って練習しているので、予想の範囲内だろう。


「授業ではまだ飛び道具の使い方勉強してないのに、なんでお前そんなに上手いんだよ」

「シリルの練習になってありがたいでしょ」


 自慢げに胸を張れば、それもそうだな、とシリルは頷く。ちょろいな。

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