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今更だが、私はルイーズ、オールディス侯爵家の長女だ。兄弟は兄が一人に弟が一人。ご存知のように騎士見習いの1年生として全寮制の騎士学校に通っている。令嬢が騎士をやっているということにはなんら問題はないのだが、いかんせん珍しいため、面倒だから学校も了承した上で男として通っている。
「おい」
日頃の言動が男としか思えないから、周りは女だと疑うこともない。平々凡々な明るい茶髪もバッサリと切ってスッキリした。比較的に中性的な体つきとひと回り大きい制服のおかげもあって疑われることはない。
男友達との付き合いは気楽でいいし、自分も楽しんでいるから結果往来じゃないだろうか。
「お前な」
唯一私のことを知っているのはカイ、カイル=アストリー。公爵家嫡男であるカイの双子の妹のフィオナも大変美人で、社交界では引っ張りだこの自慢の親友だ。
そしてカイは嫡男なのになぜか騎士学校に通っている。入学式でカイを見かけた時はそれはそれは目玉が飛び出るほど驚いた。
「ルイ」
貴族で騎士になる者は次男三男などが多く、嫡男は、普通は領地経営に精を出す。カイは領地経営能力がない、ということはなく、むしろ才能に溢れるマンなので経営も楽勝にできると思う。
「聞けよ」
貴族もいるものの、この学校には庶民も沢山いる。互いに互いの文化を学び合う、というと聞こえはいいが、要は価値観をごちゃ混ぜにすることで、貴族も庶民も根性を強制的に叩き直そうという学校の脳筋な意図があるらしい。
人数の割合で言えば半々だろうか。例え貴族であっても私やカイのように身分を隠す生徒もいるから、詳しい人数比はわからない。学校の理解もあって、身分の情報開示もされることはない。
躾が厳しいここでは甘ちゃんはやっていけない。裏口入学を試みても、心身ともに屈強な教師陣の穴をつくのはかなり難しい。万が一成功したとしても、普段の生活態度や成績ですぐにバレて退学行きだ。
「聞け!ルイ!」
うるさい。やっぱり来たか、せっかくの休み時間だというのに。
「なにさ、僕に昨日のことで文句でもあるの?」
「文句しかないに決まってるだろ、砂を蹴ったのは姿を隠すためだけじゃないだろう。わざと風上に立って、風の勢いで目潰ししやがったな」
「どんな手を使ってでも勝ちは勝ちだよ!」
「実戦ではそうだが、これは訓練だぞ! 程々にしないと再起不能になる奴も出るぞ!」
「練習でできないことは本番でできるはずないじゃないか! 負け犬の遠吠えはよせ、馬鹿シリル!」
「ああ?」
「それに昨日の倒れ方は最高だったじゃないか、頭で支えてブリッジして倒れるとか見事だよ! ぜひ教えてもらおうと思ってたんだ!」
「てめえも女が気絶したかのようなへたり込み方は見事だったぜ! こちらこそ教えてもらいたいもんだ」
互いに顔を近づけて額に青筋を立てて睨み合う。さすが騎士と言うべきか、胸元を掴んで暴力に訴えるようなことはない。
「どうどう」
4月に入学してからたった4ヶ月で、もはやこの光景は日常と化している。だがこう見えても、普段はねちっこいシリルと、負けん気が、まあちょっとだけ強い私の相性は最悪というわけではない。ただ訓練に関することは互いに熱くなってしまう質なので、ご覧の有様だ。
無理やり仲裁に入ってきたレオには申し訳ないが、ここは譲れない。譲らない。なのに、後ろから脇の下をアベルに抱え込まれて、物理的に距離を取るために遠くへ引き摺られてしまった。
「バーカバーカ!」
だけど口は自由だから。
「バッ…ふごっ!」
塞がれてしまった。困った顔をして手で私の口を覆うクラスメートのイアンは爽やかに切ってある焦げ茶の癖っ毛の持ち主だ。同じ癖っ毛仲間なのに、裏切り者め。
視線をシリルに移せば、彼も同様に別のクラスメートに拘束され、レオに口を覆われている。あ、レオが可愛い花柄のハンカチを取り出して猿轡のように口に巻きつけている。グッジョブ。
「ぉに゛もがっ……」
お似合いだね、と言おうとしたけど口を塞がれたことを忘れていた。イアンに向かって目をきっとする。そしたら私もひよこ柄のハンカチを巻きつけられてしまった。
そのままズルズルと廊下に引っ張り出される。入学当初は珍獣を見るような目線をよこしていた廊下の連中も慣れたもので、ご丁寧に道を開けてくれている。ふたクラス先のカイのところまで連行され、ぽいっとカイのもとに投げられた。
「なにやってんの」
「ふぐっ、ふがっ、んぐっ!」
まずはカイにズルズルと柱のあるところに連れていかれ、手を縛り付けられ、足もそこらへんの縄で拘束された。そこらへんに縄が転がっているのは騎士学校ならではの特徴だろう。そうしてから、ハンカチを取られた。
「で?」
「昨日の試合で言いがかりをつけられた! 勝ちは勝ちでしょ!」
「大方安全性について言われたんじゃない? シリルは技術あるからいいけど、他の奴がルイの目潰し食らったら最悪失明するし」
「ぐっ…。で、でも、女みたいに倒れたって悪口言われた!」
「ルイが煽ったんじゃないの?」
「むっ……」
正論だ。正論だが、ムカつくものはムカつく。
「でもカイは昨日何も言わなかったよ」
「俺は別にルイ以外の人がどうなっても気にしないからねえ」
さらりとよくわからない答えだけ返してきた。頬を膨らませてしかめっ面で黙り込んだ私を見て、カイはゴソゴソと自分の鞄をあさりに行った。帰ってきたかと思えば、スルメを一本ぽいっと口の中に入れられたから、咀嚼することに集中する。
「ねえ、手がないと噛み切れないから取って」
「んー、どうしようかな」
「どう考えても無理でしょ、スルメまるまる一本飲み込むよ! 外さないと喉につまらせてしまうよ! 暴れないから取って!」
「ならいいけど」
カイが疑い深そうにしながらも縄を解いたから、手は自由だ。失礼な。どこでも暴れるというわけじゃないんだよ。食事の前ではちゃんとリスペクトを表するんだから。スルメを掴んで思いっきり噛みつく。シリルへの怒りも込めて、これでもかというほど噛む。
乾燥していて硬いが、それが美味しさの秘訣。噛めば噛むほど旨味が増す。しかも保存が効く。なんて素晴らしいんだろう、スルメ。すぐに一本食べ切って、もう一本ねだる。
「あと少しで昼ご飯だからダメ。絶対昼ご飯食べきれなくなるよ」
無情にも拒否の言葉を告げられ、肩を落とす。ちょうど予鈴がなったから、とぼとぼと午前最後の授業を受けに行くことにした。