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 窓際にあるベッドに早朝の柔らかな光が差し込み、薄ら明るくなった部屋で目を覚ます。昨晩掛けた覚えのない布団にくるまって温もりを感じながら、今日の予定を頭の中で組み立てる。季節が真夏であっても、朝の時間帯はよく冷える。


 布団から出る決心がついたところで手を伸ばし、外気の冷たさが伝導して冷たくなった窓を開ける。早起きはまだ苦手だが、朝の音は好きだ。小鳥のさえずり、風にカサカサ揺れる木の葉、近くで穏やかに川が流れる音。人を傷つけない音は好きだ。


 流れ込んできた冷気は顔を水で洗わずとも気持ちをシャンとさせて、新鮮な空気をめいっぱい吸い込んで体を伸ばす。


 騎士見習いの朝は早い。朝5時に起床、6時までにご飯を食べ終えれば、座学に訓練、やることはてんこ盛りだ。貴族も通うことが多いこの全寮制の学校は、貴族だからといって甘やかすことはせず、容赦無く試練を与え続ける。

 おかげでこの学校を卒業できた者の能力は折り紙付き。だが、それは卒業できれば、の話なので、ウカウカしていると即退学だ。


 時計を確認すればもう5時半。カイは外で既に待っているだろう。手早く着替えを済ませ、髪は手櫛で整える。数秒で顔を水で洗い、机に置いていたカバンを手に取って部屋を飛び出す。


 昨日恨めしく思っていた階段をヒョイと3段飛ばしで降りて寮を出れば、そこには女神も恋するに違いない美青年がいる。騎士見習いの制服である濃紺の生地に銀のボタンがついたシンプルな衣服はよくお似合いだ。


「お待たせ。遅かった?」

「ううん。いつもと同じ」

「じゃ、いこ」


 朝露で濡れた芝生を踏みしめて、食堂へ向かう。バッタがひょこひょこ飛び回っているのももう慣れた。


「まだ筋肉痛が若干あるなあ」

「ストレッチしてなかったからじゃない」

「あー、忘れていたな。今日の訓練乗り越えられるかな」


 訓練は楽しいが、その後の疲れを思えば憂鬱な気分だ。そんな私に返事するカイも昨日は疲れたらしくて、欠伸を噛み締めていた。


「カイは一瞬で試合終えてしまうもんなあ。何人と組まされたの?」

「30人くらい」

「10秒の相手ってもしかしてセドリック?」


 試合が終われば、すぐ次の相手と組まされる。授業時間が終わるまで延々と続くのだ。その中でもセドリックの名前を出せば、あからさまに嫌そうな顔をした。そんなに長引いたのが悔しかったか。安心しろ、30秒で試合終わらせるのも十分化け物だから。


「一体どこを目指してんの」

「え〜、どこだと思う?」

「魔王とか?」


 ころころと声を上げて笑い始めたカイは放っておいて、食堂の玄関に立てかけてある「今日の朝ごはん」とメニューが書かれた黒板を見る。


「ね、あの焼き魚定食と肉入りサンドイッチ。両方美味しそうだと思うんだよね」


 期待を込めてカイの顔を下から覗き込む。


「わかったよ、定食の方を取っておいてあげるから」


 肩を竦めた彼の背中を押して、意気揚々と食堂に足を踏み入れる。たかが食堂の朝ごはん、と侮ってはいけない。近場で生産された新鮮な食材を用いておばちゃんたちが腕によりをかけて作る食事は絶品だ。それに加えて、昨夜晩ご飯を食べ損ねた私の空腹具合はより最高のスパイスとなるだろう。


 バイキング形式でスムーズに食事を無事に確保して、席を探す。見知った顔が並ぶ席を見つけたので、そこに向かうことにする。


「おっはよー!」

「おう、ルイおはよーさん」


 豪快にご飯をかき込むアベルの短い赤髪は相変わらずツンツンしていて、触ると痛い。ハリネズミと比べっこしてみたい。


「カイルもおはよう」


 レオは小柄で真っ直ぐで綺麗な金髪はさらさらしているが、左目にかかる前髪が相変わらず邪魔そう。2人とも私のクラスメートだ。カイは私とは別のクラスである。


「聞いてよ、昨日疲れすぎて晩ご飯食べ損ねたんだけど」

「おい、カイルの分も食べすぎるなよ、カイルがかわいそうだ」

「うるさい、わかってるって」


 私は掃除機じゃないから大丈夫だって。


「ルイ、食べる勢いはすごいけど実際の量は女子みたいに少ないからなあ」

「悪かったね」

「でもそんなに一気に食べたら喉つまらせるよ」

「大丈夫、大丈夫」


 二人にえらく食事に関して口を出されている気がするが、気にせずサンドイッチを頬張って野菜を堪能する。中に入っている胡瓜を噛むとパキッと音がして、玉ねぎの辛さは肉とほどよく絡んでいる。パンは焼き立てで、食事の合間に牛乳を飲んでお腹を満たす。


「ルイもいい年だぞー。過保護になりすぎんなよ、カイル」


 せっせと食べやすいサイズに焼き魚を切り分けてくれたカイルを見ながら言うアベルを無視して、カイにサンドイッチを渡して焼き魚も口に入れる。魚の旨味が口中にジュワーっと広がって、目をつぶってしまいたいくらい幸せだ。


「今日カイは日直だっけ?」

「ああ、先に行っとく」


 朝ご飯を済ませたカイルはすくっと立ち上がり、教室に向かった。かと、思ったら、何かを投げよこしてきた。慌ててキャッチして確認すれば、手の中にはヘアブラシがおさまっていた。


「えー、別にいらないって」

「今日服装検査あるから」

「え。忘れてた」


 今度こそ教室へと去ったカイルを眺めて、サンドイッチをもぐもぐと先に食べてから、鏡は使わずに直感だけで髪を整える。騎士たる者、日頃の生活にメリハリを、と言う学校方針のもと、身嗜みの検査はそこそこ厳しい。

 だが、制服のチェック自体は大した問題じゃない。個人の制服改造は完全に許されているくらいだ。支給された服を元にして作るのであれば、何をしてもいいというのだ。学生の多くも改造はしている。むしろ何もしていない私やカイは少数派だ。


 でも、その代わりに厳しい頭髪チェックは癖っ毛にとっては悩みの種だ。カイとレオみたいに真っ直ぐだったら楽だろうな、とじいっとレオの髪を見つめる。


「な、なに」


 たじろぐレオ。恵まれている奴はいいのう。


「カイルとルイは相変わらず仲良いなあ」


 とっくに食事は済ませたアベルは手持ち無沙汰のようで、話を振ってきた。


「うーん、小さい頃から一緒にいるから自然にそうなっただけだと思うよ」

「幼馴染みだっけ?」

「まあ、そんなとこ」


 他愛もない会話をしていれば、予鈴が鳴った。


「あ。やばい、行こう」

「そだな」

「うん」


 3人で荷物をまとめ、食器類を返却してから、急ぎ足で教室に向かう。食堂に残っている他の生徒たちもハッと気づいたようで、廊下は人で溢れかえっている。私とレオは小柄な体を生かして人と人の間をすり抜け、なんとか無事に本鈴前に教室に辿り着けた。体格のいいアベルは、抜け道を利用してなんとか間に合ったみたいだ。

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