5/14 晴
船に乗った。まだこの国は出ていない。
随分と時間とお金がかかったが、美しい海が見れる島に来た。
少し街を歩いたが、石畳に煉瓦、黄色や赤の屋根など旧市街に似ているがどこか雰囲気の違うものだった。
昔、海に近い町に住んでいた時がある。ただ、リアス式海岸で、海辺の町という言葉は似合わなかった。海もプランクトンが多く青ではなく緑だった。山の中に突然海がある。そんな感じで、真っ直ぐな海岸線はほとんどなかった。
ここは違う。
開かれた海がずっと見える。青、透明の海が波を寄せる。
右手に石を積んで作ったような建物が見える。何かは分からない。左手には港が見えた。
そんな場所の芝生の上に座って、ずっと海を見ていた。
遠くでボイルがあった。もっと遠くにはナブラらしきものも見えた。
桟橋にいた釣り人も、帰って行った。
やがて日差しに目を閉じ、寝転がった。
深く息を吸って、それを吐き出すと溜息に変わってしまいそうでゆっくりと吐き出した。
潮騒を聞きながら、まぶたに映る像を見ていた。
どれくらいそうしていたが分からないが、ふっと目を開けると隣に人がいた。近付く気配に気付かないほどぼんやりしていたのだと思う。
その人は白い登山でもするような帽子を被り、赤い顔をして、白い髭生やしていた。何か話しかけられるが、分からなかった。英語で話せるか確認したが、話せないという。自分も話せないから、あまり意味はないが。
ノートを取り出し、文章を書いてもらった。
それを辞書で引き、回答も辞書で引き書くという方法で会話をした。
どこからか来たのか、歳は、観光か、など聞かれて、1時間くらいかけて状況を説明した。
説明の最中、そのおじさんは目を大きく開いた後、大きな声で笑った。どうやらこの旅が面白かったらしい。勇気があるとか、若いとか、そんな感じのことを言っていた。
今日の宿を聞かれたて、当日でも入れる宿があるだろうと考えていたと答えた。
とってきおきの宿があると言われて、手招きされるままついて行った。5分ほど、海が見えない入り組んだところにある家に着いた。
どう見ても宿ではないそこは、おじさんの家らしい。中に女性が居て、何か会話をすると笑い出した。おそらくおじさんの奥さんなのだろう。
ジェスチャーに従い、椅子に座り、奥さんの作った料理を食べた。
そのあと、ノートを使って話をした。おじさんは自分の名前をJansと書いたが発音はヤンスというらしい。奥さんはCillaと書いてシーラと言うらしい。
様々な事をノートに書いた。
今までの人生を簡単に書いたり、この国に来た理由や好きなものを書いた。
やたらと笑う夫婦で、過去を話す度に何だか自分の人生が楽しいものだったんじゃないかと思ったくらいだ。
おじさん達には息子も孫も居るが、昨日までいた街で暮らしていて頻繁には戻らないらしい。
ヤンスおじさんは、自分が息子や孫を心配する様に、君の両親や祖父母は君を心配していると言った。
大丈夫だと思うと書いたノートの隅には水滴で落ちていた。なんでだろうと思ったが、頬を伝ったそれだと気付いた。
そういえば、4月に心を決めてから一度も会っていない。実家の整理の時もタイミングが合わずに一人で作業をしていた。
頻繁に連絡を取るわけでもないし、自室に用もなく入ることもないから、自分が旅に出ている事も知らないかもしれない。
大丈夫の文字を消して、手紙でも出そうと思うと書くと、2人はまた笑った。つられて笑うが、涙は止まらなかった。
好きなだけいて良い。罪は犯すな。
ヤンスおじさんにそう言われた。
申し訳ないため明日か明後日にはこの島から出ようと思うが、1日や2日くらいは良いだろう。
昔息子が使っていたという部屋に泊めさせてもらい、ノートを広げた。
お礼がしたい。
それを考えながら眠ることにする。