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記録  作者: 柳瀬
1/4

5/11 曇

 後で見返す事があるか分からないが、記録を残す事にした。


 初めて思い立ったのは、夜9時頃に国道を走っていた時だ。仕事を早めに切り上げ、明日に実家で冬タイヤを夏タイヤに変えようと金曜の夜にぼんやりと車を走らせていた。外気温は5℃と微妙な温度だった。

 シャッフルしていた曲が、とても悲しい曲を流し出した。生きていくのもやっとのような想いを綴った詩。それと比べてしまうと随分恵まれた暮らしをしていたんだなと思った。

 そしてふと、昔付き合っていた人を思い出した。今でもたまに夢に出る人だ。ぼんやりと、この人と結婚するのかなと思っていたが、大学在学中に別れてしまった。理由はよく覚えていない。

 それまで流れてくる曲を口ずさんだりしていたが、口を塞ぎ黙ってしまった。

 糸が切れてしまったという言葉がしっくりくるほど、全てがどうでも良くなってしまった。

 国道沿いにある母校を過ぎた頃には、頭の中に具体性のない一つのプランが出来ていた。


 それからは早かった。

 翌週に職場に辞めたいと伝えた。すんなりと意向が通り、1ヶ月かけて引継ぎをした。受けたばかりの仕事を託すには申し訳ない気持ちになった。もう二度と会わない人達だと思うが、それでも申し訳なさは消えなかった。

 歳が近い同僚に「転職するのか。」と聞かれたが、違うと答えた。それで何かを察したようで、それ以上は何も聞かれなかった。自分でも何がしたいのか分からないから、何を察したのか教えてほしいくらいだった。

 4月の内に、部屋にある物を売って回った。まだクリアしていないゲームや、服、家具や家電も売ったし、売れない物は処分した。

 引っ越したばかりだった部屋も返した。基本2年契約であるため、違約金は多少痛手だった。

 実家に戻り、自室の整理をした。要らない物を大量に捨て、お金になりそうな物は売った。最後に残ったのはベッドと机、そして未練がましくテレキャスターだった。

 そして、車を買う時に親から借りていたお金の内、まだ返せていない分を机の上に置いた。そしてその下に、メモを残した。

 しばらく旅に出る。死ぬ気はないが、帰る予定もない。

 それだけ書き残した。

 元々、放任主義というか、自由な家ではあったため、まあそんなもんかと思うだろう。

 それに姉は結婚し、孫もいる。寂しくはないだろう。

 最後に車も売った。結構なお金になった。

 

 5月の連休終わりに在来線と新幹線を乗り継いで東京へ向かった。その途中で、携帯も解約した。

 都内のホテルに泊まった。

 コンビニでお茶とカップ麺を買って、部屋で食べた。

 窓の外、遠くに見えるビルには0時を過ぎても明かりが付いていた。

 

 翌日、空港に向かった。そして、飛行機に乗った。人生二度目だった。案外、搭乗はスムーズだった。

 離陸した後は目を閉じて、ずっと眠っていた。目を覚ました時に出された機内食が意外と美味しかった。

 荷物はリュック一つ。中身は服に財布にカード類、iPhoneとAirpods、充電器、ノートとペン、辞書、宮沢賢治の詩集だ。

 何度かの浅い睡眠から目を覚ますと、眼下には海と陸が見えた。地図で見たことあったが、陸と海は入り混じった複雑な地形をしている。

 アナウンスがもう直ぐ着陸だと告げていた。


 初めての土地の空気を肺に入れても、何かが変わるわけではない。

 あまりお腹は空いていなかったので、やけに大きくて高い水だけ買ってホテルにチェックインした。英語は通じるが、そもそもあまり英語が分からない。

 何とか部屋に入って、今これを書いている。

 不安も高揚もない、実に平坦な気持ちでいる。

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