6.すれ違い
恋人同士なんだから、いいでしょう?と同じ部屋で、お布団を並べられてしまって、違います、と否定することは出来ず、布団の上にちょこんと座るすみれだ。
「ごめんね、葉山さん。」
「いえ…、ですよね…。」
お風呂上がりの篠原は、いつもと全く違って、ラフなロングTシャツとコットンパンツで、髪も下ろして、首からタオルをかけている。
そのあまりにも、プライペートな雰囲気に、すみれはくらくらした。
篠原を真っ直ぐに見ることは出来なくて、つい俯いてしまう。
これって、本当に、彼女とかじゃなきゃ見ない光景よね?
布団の上にちょこんと座っているすみれを見て、篠原はふいっと、顔を逸らした。
風呂上がりのすみれさん…破壊力ありすぎ…。
湯上り独特のほわほわとした感じと、お化粧を落とした後のつるっとした肌と、ふんわりと香るボディーソープかシャンプーのいい匂い。
きっと、親しい間柄でなくては、見られないものだろう。
「こんな状況、出来上がったカップルでもなかったら、楽しくないよね。」
目を合わせずに、低い声でそんなことを言う篠原に、どうしよう、嫌がられているのかな…とそんな風に感じて、胸をぎゅっと掴まれる心地になったすみれだ。
綺麗に2つ並んだ布団を、どうしようかと思っていたら、篠原はささっとそれを部屋の端に動かして、すみれににこっと笑った。
「なんも、しないから。」
また…だ。
胸がぎゅっとして、苦しい。
すみれは気づいてしまった。
篠原に、距離を置かれるようにすると、苦しいのだ。
寝る準備で、自分のバッグをがさがさしている、篠原の後ろ姿を見て、すみれの鼓動は高まる。
シンプルな服装だから、分かる。
篠原の背中の広さ。
こんなに男性っぽい人なんだ…。
「えっと…、寝ようか?」
「はい…。」
そう返事をして、すみれは布団に入った。
「眩しくない?」
篠原の枕元には、小さな間接照明が置かれている。
そんなことにまで、気を使ってくれる篠原を、好きにならない訳がなかった。
「ん、大丈夫です。」
これは、期間限定の関係。
だから、帰ったら、もう何もないこと。
そう思うと、すみれは目元が熱くなってしまうのを止めることができなかった。
どうしてこんなことを引き受けてしまったんだろう。
その時は、自分がお休みでも、行くところも、一緒にいる人もいなくて、問題はない、と思ったから。
まさか、こんなことになるとは思わなかったから。
すみれは布団をキュッと掴む。
そのことが、こんなに、つらくなるなんて、思わなかったから…。
「葉山さん…?」
夜の帳の中に、柔らかい光と、優しい篠原の声。
コツ、コツ…と部屋のどこかで、秒針を刻む時計の音が聞こえる。
「はい…?」
「寝れない?」
「いえ…。」
夜は、どうしてこんなにも、人を近くするのだろうか。
昼間に同じ距離でいるよりも、この夜の中に包まれていると、
距離を近く感じて…困る。
「後悔…していますか?」
柔らかい篠原の声だ。
後悔…そんなことはない。
それでも、来てよかった、と思うから。
そんな篠原を知ることができたから。
「いいえ。おばあさん、いい人ですね。篠原さんが、大事に思う気持ち、分かります。」
かさ…と篠原が寝返りを打つ音がする。
「ありがとうございます。」
今、彼はどんな顔をしているんだろう。
すみれも、篠原の方を向いた。
畳をはさんで、薄暗い中、篠原が柔らかく微笑んでいるのが見える。
やはり、綺麗な人だと思った。
「葉山さん、やっぱり、洸希って呼んでくれないんですね…。」
「だって…篠原さんも…。」
「呼んでいいですか?これから。すみれちゃんって。」
呼び方のことなんだから、大した話ではない、そう思うのに。
でも、だって、違う。
本当の恋人じゃないのに。
篠原の真面目な顔にどうすればいいのか、分からない。
頬が熱い。
きっと顔が赤い。
こんな顔、篠原に見られたくない。
すみれは布団から目元だけ出して、こくっと頷いた。
「すみれちゃんにも洸希って呼んで欲しいです。」
「洸希、さん…。」
「すみれちゃん…?どうしたんです?声が…。」
がさっと、音がして、篠原が布団から起き上がった気配がする。
泣きそうなのを篠原に悟られたくない。
そう思ったすみれは慌てて、首を横に振った。
「大丈夫!なんでもないです。」
「でも…。」
お願い、この距離を詰めないで。
その畳を超えてこないで。
そんなことを思って、つい、布団をぎゅうっとしてしまうすみれを見て、
身体を起こした篠原はそれ以上は、近づくことはせず…、
「寝て…ください…。」
そう言って、布団に潜った。