表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
期間限定の恋人  作者: 如月そら
2/7

2.告白

「葉山さん、ごめん、M社の資料、至急でコピー頼めるかな?」

「はい。全てですか?」

「あ、概要が分かればいいや。」

バタバタと課に帰ってきた営業さんに依頼を受ける。


ふんわりとした癒し系であるすみれだが、その仕事はテキパキしていて、その仕事内容の評価は、非常に高い。


「分かりました。時間、いつまでにってあります?」

「外出が14時だから、それまでに、かな。」

「はい。データも送っておきますね。」

「ありがとう。」


M社の資料…は、あら、資料室だわ。


資料にはデータに入っているものや、資料室に資料があるもの、管理が様々だ。

その中から、適宜探して準備しなければならず、その探し方にもスキルが必要になる。


すみれは、資料室のカギと付箋を持って、資料室に向かった。


該当の部分だけを抜き出して、スキャンしつつ、コピーを取らなければならない。


現在の時間は11時だ。

お昼はこれが終わってからかな、と考えていた。


コピー取りの仕事でも、たまに入る資料室での仕事が、すみれは嫌いではない。

資料室は、営業場とは違い、電話も鳴らなくて、ひっそり静かだ。

紙の匂いは、まるで図書館にでもいるようで、落ち着く。


カギを開けて資料室の中に入ったすみれは、慣れた様子で、M社の資料を探し出した。


本当は高いところに登るためのステップに、腰をかけて、その場で資料をめくる。

だから、集中していて、気付かなかったのだ。

……人が来た気配に。


「葉山さん…」

「きゃ…!」

急に掛けられた声に驚いて、ステップから、ずり落ちそうになったすみれを力強い腕が支える。


「ご、ごめん!ごめん…、急に声かけたりしたからだよな。」

「い…いえ…、あの、こちらこそ、変な声出しちゃって、ごめんなさい。」


それより、抱き締められたままの、今の状態の方が気になる。


その相手は、営業2課の次世代のエース、とも呼ばれる、篠原洸希、だった。


「こっちこそ、ごめんね。」

柔らかそうな髪をかきあげて、篠原は腕の中のすみれに笑いかけた。


彼のことは、同期の間でも、時折、話題になるので、知ってはいた。


曰く、イケメン、で、学歴もあり、将来有望。

同じ部署で働けるなんて、羨ましい。


すみれだって、その姿はもちろん、目にしている。

確かに、篠原は整った、とても綺麗な容貌をしていた。

上司や先輩には、可愛がられて、後輩の面倒見もいい。


社内には、彼女、らしき人はいない、とのことだ。

いれば、とっくに噂になっているだろう。


すみれからしてみれば、そもそも手が届くような人だとも思っていないので、完璧な人って、いるんだなー、という目で見ることしか出来ないような人だった。


ぎゅっと抱かれて、思いの外、力強いその腕に驚いて、心臓がどくん、と音をたてて、跳ねる。


「篠原…さん…」

「あ、もう、大丈夫かな?」

「は…い。大丈夫です。」


今まで、チームが違うので、あまり接点もなかったから、直接こんな風に言葉を交わすのは、ほとんど初めてだと思う。


大丈夫、と返事をしたすみれは、そっと、篠原の腕から離れる。


「さっき、葉山さんが資料室に入って行ったのが見えたんだけど、全然出てこないから、心配になって、つい、入ってきちゃった。」

そう言って、笑う篠原は確かに、皆が言う通り、魅力的で素敵だ。


「つい、…夢中になってしまって。」

「うん。集中していたね。ごめんね、急に声を掛けて。」


今は社内にいるせいか、スーツではあるけれど、ジャケットは着ていなくて、シャツ姿だ。


首から下げた社員IDを胸ポケットに入れて、すっきりと立っている姿はスタイルがいいんだな、とつい、見とれそうになる。


柔らかい話し方は、すみれも怯えたり、萎縮しなくて済んで、きっと優しくていい人なんだろうな、と思った。


「葉山さん、実はお願いがあって…」


少し離れたところに立っていた篠原が、遠慮がちに口を開いた。


「はい?」

篠原は口籠っている。

そんな姿は見たことがなくて、すみれは首を傾げた。


「俺の…」

「はい。」

「俺の、恋人になってくれませんか?」

「は…い?」


──恋人…?え?


何を言われているのか、よく分からないけれど?

すみれは、耳を疑う。

告白?にしては、篠原からは甘い雰囲気を感じない。


「あー、えっと、ごめん!突然すみません!それには、理由があって…聞いてもらってもいいですか?」


照れた様子の篠原が、慌てて説明するのには、こういうことだった。


篠原の母方の実家では、おばあさんが田舎の実家で、一人で住んでいるそうだ。


小さい頃に、とてもよく可愛がってもらっていたが、どうもここ最近、体調が思わしくないらしい。


「大丈夫なんですか?」

心配になって聞くと、篠原は苦笑して返した。


「年相応ではあるんだよ。」


口を開けば、お嫁さんはどうなっているのか、と聞くので、彼女を連れていって、安心させてあげたい。

けれど、今、自分にはそういう人はいない。


困ったところに、ちょうど、すみれと休みが合いそうだと知って、声をかけてみた。


「それに、チームは、違うけど、葉山さんは信頼出来る人かなって、見ていて思ったし。」


そうやって、一生懸命話しながら、説明してくれた篠原だ。

本当に、恋人になる訳ではない、と知って、逆に納得したすみれだった。


そうだよね、こんなに素敵な人が、告白、なんてあるわけない。

そして、すみれは困っている人を放っておける性格でもない。


「…というか、篠原さん、むしろ、私で大丈夫なんですか?」

「葉山さんだから、お願いしたいんです!」


思ったよりも、真剣なその表情に、一瞬、すみれはどきん、としたけれど、篠原はとても優しいおばあさん思いの人なんだな、と感じて、

「私で良ければ。」

そう、答えたのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ