2話 知らなかった顔
「あー、はらいっぱいだー」
「お行儀が悪いですよ、クラウス」
「おら、ククッ、どうだノマ、これで筋肉野郎どもに1歩近付いたなァ?」
「あのねルシル、そんな笑いをこらえた顔で言われて喜べるような素直さはボクにはないし、ちゃんと騎士って呼んであげなよ」
ふくれた腹をポンポンと叩くクラウスを叱るカロル。そして赤眼を悪戯げに細めて短い黒髪を前からかき上げながらボクをバカにするルシル。はげてくれ。そして何故かその仕草を真似するクラウス。
クラウスは随分と切ってないのだろう、前見た時よりも髪が伸びていた。金髪のくるくるのくせっ毛が肩をすぎるくらいまである。カロルは、いつも通り銀色のサラサラした髪を項辺りで一つ結びして身綺麗にしてる。ボクはちょっと癖がある茶髪で耳に少しかかるかな程度に切っていた。
そんなこんなで平和的に食事を終えたボク達。あれ、これで解散かな?いやでもボクの感はまだ油断するなと訴えかけてくる。
「さて、ノマ君」
カロルが銀色の怜悧な瞳でボクを見てきた。きたぞきたぞ、何を言われるのか。
「まず、ズー国についてです。魔物の動向について先程話しましたね?最近、侵入してくる魔物の数が増えていると」
「えっと、うんそうだね、確かに増えてるとボクも思うよ。でも今のとこ大問題ってわけじゃないよね?過去にもこんくらいの侵入被害はあったわけだし、仕方ない気はするけど、ってさっきも」
「ああ、いえ、被害に関しても人的被害も無い訳ですし特に問題は無いのです。先程は食事中でしたので言わなかったのですが、私が気になっているのはズー国のバリバラナ嬢と連絡がつかないことなのです」
「え、それほんと?それは、確かに気になるね」
ズー・アザガルドラ国のバリバラナ・アザガルドラ。彼女はいつの間にか存在していた、謎に包まれた生物である。見た目が一般的な純血種の女性だから形式的に彼女と呼んではいるが、そう呼んでいいものかよく分からない。何故なら、彼女は知性ある魔物であり、有象無象の魔物たちを取りまとめて、アザガルドラ国と呼ばれる魔物たちの国を作ってしまったのだ。
一般的に、魔物とは知性のない生物であり、意思疎通など出来ないと考えられていた。まず知性を持った魔物が生まれたのも信じられないし、しかも魔物を取りまとめるだって?信じられない、少なくともボクたちにはどうしても無理だった。そんな異様な存在でも、彼女のおかけで魔物による被害も激減した。魔物による死亡者なんて滅多に居ないくらいになったのは、喜ばしいことで、感謝している。
「今までも閉鎖的な国だったから特に貿易とかはして無かったけど、確かカロルは連絡はとってたんだよね?」
「だな。ちなみに、俺はなんも知らねェ」
「おれもしらんー」
頬杖をつきながら興味なさげに2人は言い捨てる。まあ、ボクも正直ズー国についてよく知らない。ボクが産まれる前からズー国はあったけど、かなり閉鎖的な国であるのでほとんど外に情報が流れてこない。ボク自身はどうやって知性なき魔物を国民とした国が今も成り立っているのか理由を知りたいんだけど。
2人には少しくらいは知っていてほしいのですが……とカロルは呆れ顔で言った。そしてボクの方を向き答える。
「はい、その通りですノマ君。数年に1度はお互いの近況について話していました。5年ほど前に1度こちらから連絡したのですが返事が返ってこないのです。
いつもなら1年後、つまり、4年前には返事が来てもおかしくないのですが」
「今の今まで来なかったと」
「そういう事です」
「……うーん、ちょっと不安だね。魔物が増えてきたのと関係あるかは分からないけど、無関係とも、言えないのかなぁ」
「でも、連絡取れないんだよな?どうしようもないよなー」
「だな、まさかズー国に行けるわけねェし、行っても会えるわけねェ」
「おや、ルシル、いい線です」
「「「……は?」」」
3人の声が揃った。
「ノマ君、最終的にはですが、ズー国に行っては貰えませんか?」
「いやいやいやいやいや」
何を言い出すのだろうか。めちゃくちゃいい笑顔で何言ってんだ。
「い、行かないけど一応聞いておくね、なんでボクなの?」
「理由としてはいくつかあるのですが、簡単に言ってしまえば、貴方であればズー国に行っても何とかなるのではないかと思いまして」
「待って。いくつかある理由の中でなんでそれを言ったの? ボクが、そんな理由で行くと思いまして?」
驚きすぎて、ボクには似合わない口調がうつってしまった。
「冗談です。たまには、ね」
ふっ、と力が抜ける。
「あのねぇ……え、どっからが冗談?」
「簡単に言ってしまえば、からです」
「ですよね、で?本当の理由は?」
なんだこの下らないやり取りは。ボクは欠伸をしているクラウスを見ながら言った。確かにカロルが冗談を言うのはクラウスが野菜を食べるくらいには珍しいけど、明らかに時間の無駄でしかない。さっさと聞いてさっさと断ろう。
「━━そ、うですね。率直に言いますと、貴方に巡っていただきたい場所があるのです。」
「━━ぇ、巡る?」
表情は見てなかったけど、カロルが言葉に詰まったのにつられてボクもキョドってしまった。
思えば、カロルが言葉に迷うのもまた貴重だった。ボクの言葉に傷ついたって感じでは無さそうだし、なんか不思議だったけどそれ以上に巡って欲しいってのが、この時は気になった。
「実は、魔物たちが増えている理由はなんとなく検討がついています。……解決するには貴方でなければ、と」
「原因わかってるの!? えっと、ボクじゃないとダメってのは?」
「あなたの能力、いえ、まず『神様の力』と呼ばれているものを覚えていますか?」
「え」
そう言えば、あった。『神様の力』って呼ばれてたんだっけ。相変わらず、幼稚な呼び方だ。もうちょっとカッコイイ呼び方、無かったのかな。
神様といっても昔の「神様」の概念とは少し違う。簡単に言えば「神様みたいな力をもった者」のことを今は形骸的に「神様」と呼んでいる。もう昔の「神様」の概念はほとんど忘れられてしまっていて、昔こそ宗教戦争とか激しかったみたいだけど、神様の概念そのものが変わったおかげでそんな争いはほとんどなくなった。
ボクは「神様」と呼ばれているけれど、本当は「神様みたいな力を持った者」が正しい。これはボクだけじゃなくてここにいる3人にも当てはまる。力は神様でそれぞれ異なっていて、それがボクじゃないとダメって理由になると思った。
「もしかしたら、貴方の『万世の縲』を使うことになるかもしれないのです」
「まさか、この平和な時代にそれを聞くとは思わなかったな」
ルシルが思わずと言った風でつぶやく。聞いておいてなんだけど改めてその呼び名を聞くと、ボクもアホ顔をしているだろう、クラウスのように。
『万世の縲』とは、簡単に言えば悪いやつをかならず捕らえるってやつで色々と不安定だった時代の「神様」は結構使ってたみたいだけど、こんな平和な時代では知ってる者の方が少ないと思う。でも、それにしても違和感がある。
「どうして、そんな話に? 魔物が多くなったんだって話だよね」
そう、なんだか話が飛んでる気がする。魔物が増加したことと『万世の縲』がどう関係してくるのか。ボクの能力は戦闘にも使えはするけど、魔物なら騎士たちに任せてもいいんじゃないか。すっごい急にすっごい強い魔物増えた~とか報告が出てるなら話は別だけど。
「実は今、バリバラナ嬢がズー国に居ない疑惑が出てきまして」
そういったカロルの顔は、今まで見たことのないくらいとても険しいものだった。
おねがい、幼稚だなんて