怒り
「あ、やっと戻ってきた」
白嶺先輩が帰ってきた俺達を見て呟く。
「皆さん、先輩方をわざわざ待ってたんですよ?」
「「ごめんなさい」」
小戸森に責められた俺達は素直......
「……チッ」
舌打ちをしてる蛇もいるが、少なくとも俺は素直に謝った。
「全く、待ちくたびれたよ。することもないし~」
小戸森に続けて俺を責める有馬は干し芋を頬張っていた。
「因みに待ちくたびれてすることもない有馬先輩、その干し芋は誰の物ですか?」
「ん、そりゃ小戸森さんの」
「ふんっ!」
有馬が其処まで言うと小戸森は話の続きも聞かずに彼に拳を降り下ろした。
「あぶね!?」
しかし、有馬は驚きつつも軽やかに小戸森の拳を回避した。
「何故、避けるんですか」
「そりゃ、誰だって殴られそうになったら避けるでし、あぶなっ!?」
「畜生」
小戸森がなんか怖い。
「もう、野蛮だなあ。小戸森さんたら。あぶなっ、あぶなっ、あぶなっ!?
ちょ、三段階攻撃止めてっ!? って、あぶねえっ!」
とか何とか言いながら小戸森の攻撃を横移動だけで避け続ける有馬の
運動神経、どうなってんだ。
「......すみません先輩。ちょっと今日のボク、穏やかじゃないです」
「痛い痛い痛い。止めてめぐめぐ。苛立ってるからって無関係の俺の
腹をつねらないで」
「元はと言えば先輩が勝手に何処かに行ったからボクの干し芋が食べられ
ちゃったんじゃないですか! ......そうですよ。先輩が全部悪いんです。
先輩が居なければボクの干し芋は......」
虚ろな目で俺を見る小戸森。やだこの娘怖い。
「あのだな、それを言うなら調月も同罪だと思うんだよ」
「調月先輩を殴るのは流石に無理なので先輩が罪を全部被って下さい」
え、殴る前提? 俺殴られんの?
「ちょ、幻中助けて!」
「・・・・」
目を逸らされた。
「セ ン パ イ ?」
「待て小戸森。有馬に攻撃が当たらなかったせいで怒りをぶつける対象が
消えて困っているのは分かるけど待って」
「おらあっ!」
「ありがとうございます!?」
なんか今日、暴力振るわれる率高くない?
「......ごめんなさい。錯乱してました」
小戸森は突然、そう言って俺に頭を下げた。どうやら、正気に戻ったらしい。
「謝るなら最初からやらないでくれ」
まあ、なんかしょんぼりしてて可愛いから許すけど。
「上里君、大丈夫? あらら、小戸森さん酷いなあ」
「「お前は一回黙れ」」
「……はい」
俺達がそんなやり取りをしている一方で、雪加と蜂須賀は木を見ていた。
「あっちにいるのが、エナガ」
「おおっ。モコモコしててカワユイ! 流石ですね青ノさん!」
「それほどでもない」
おお、ちゃんと自然観察してる。
「玲奈ちゃん見て! エナガだって! 無茶苦茶可愛いよ!」
「・・・そうですね」
「玲奈ちゃん、あんな感じの白くてフワフワした服似合うだろうなあ。
今度、一緒にショッピングモール行こうよ。冬服買お! 青ノさんも!」
「アズは玲奈を着せ替え人形にしたいだけ」
「そ、そんなことないっすよ~」
何かあの三人組、尊いな。
「あ、少年も来る?」
「百合に挟まると殺されるんで止めときます」
「え~? 玲奈ちゃんも少年に冬服選んで貰いたいよね?」
「・・・えっと」
「そういう話は後で良いでしょう。一応、今は部活動中です」
俺は蜂須賀のペースに呑まれないように、無理矢理話を切った。
「でも、あっちの地味な人は筋トレやってるよ?」
「151、152、153......」
「井上、お前は何で腕立て伏せをやっているんだ」
「ん? ああ上里、帰ってきてたのか。いや、暇でさ。やることないから」
結構、切実だった。
「それはその、悪かった。てか、宗里先生は?」
「ああ。それなら......」
俺が先程から姿の見えないうちの部活の顧問の名前を出すと、井上は静かに
マラソンコースの方を指差した。
「貴様ああああああああっ、取り消せよ今の言葉っ!」
「な、なんなんだよこのハバア!?」
「あのババア、速すぎる......! 追い付かれるぞ、もっと速く走れ!」
「誰がハバアじゃワレえっ! 私はまだ30代前半だっ!」
其処には高校生くらいの少年二人を全速力で追いかける宗里先生の姿があった。
「……何アレ」
「宗里先生を女子高生だと思ってナンパして、顔を見た後に『何だババアかよ』と
呟いた男二人の末路だ。俺達もあの人の扱いには気をつけないとな」
こわあ。
「取り敢えず、あの人は無視で先に進むか。どうせ、あの少年二人をこってり
絞ってからじゃないと戻ってこないだろ。あの人」
「だな。おーい、そろそろ進むってよ!」
そして、井上は大きな声で皆に俺の言葉を伝えたのだった。
「そういえば、先輩」
そして、皆が動き始めると小戸森が俺に話し掛けてきた。
「どした」
「さっき、調月先輩と何してたんですか?」
顔をしかめもせずに首を傾げているあたりその質問は単なる彼女の
好奇心から飛び出たもののようだ。
「ん? ああ、調月の相談に乗ってたんだよ。アイツも色々と面倒臭い奴でな」
俺は苦笑しながらそう言うと、話を聞いていたらしい調月が少し離れたところから
睨んできた。事実だろうが。
「......ふーん」
小戸森は含みのある笑顔を俺に見せた。
「何だよ」
「いえ、やっぱり先輩って極度のお人好しだなあと思いまして」
「俺にも一応、関係のある話だったからな。それに相手が調月だったし」
俺が顔を逸らしてそう呟くと、小戸森はまたもや含みのある笑いで
「先輩って、普段はナルシストぶってますけど、いざ褒められると分かりやすく
動揺しますよね」
「いや別に、ナルシストぶってる訳ではないんだが」
「因みに先輩、相談相手がボクなら相談に乗ってくれてましたか?」
俺がぼやくと、小戸森は間髪入れずにそう聞いてきた。
「めぐめぐは可愛いから幾らでも乗る」
「か、かわ、可愛い!?」
「お前も褒められて動揺してるじゃねえか」
「仕返しのつもりですか!」
小戸森は顔を紅くして怒ったように言う。
「どうだろうな」
「この男......」
俺達がそんなやり取りをしていると、自然観察部の集団は一組のカップルと
すれ違った。爆発しろ、とは思ったがそれ以外に彼らへの感想も興味もなく
俺は直ぐにそのカップルに視線を向けるのを止めた。しかし、井上は何故か
そのカップルをまじまじと見つめていた。
「どうしたんだ」
「いやほら、夢......山本のことを思い出して」
「ああ、成る程」
彼女に利用された経験のある井上にとって、カップルという関係はトラウマに
近い何かなのかもしれない。
「それに、あっちの女。山本に似ててさ」
「あー確かに、ん? ん? んん? アレ、山本じゃないか?」
野鳥を見るための双眼鏡を用いてそのことを確認すると、やはりそのカップルの
女は山本夢華だった。幻中の財布を奪い、井上を利用して濡れ衣を俺に着せてきた
俺にとっても井上にとっても幻中にとっても苦い思い出のある人物だ。
「ちょっと貸してくれ」
俺の言葉に井上はピクリと体を震わせて反応すると、俺の双眼鏡を使って
カップルを見た。
「......悪い上里。ちょっと行ってくる」
そして、あの女が山本だということを確信したらしい井上はそう言った。
「え?」
「これ以上、山本の被害者を出さないために破局させてくる」
井上はニコリと笑いながらえげつないことを口走ると、そのまま先程の
カップルの方に進み始めた。
「待って。それならコレを持っていきなさい」
すると、どうやら話を聞いていたらしい調月が井上に自分のスマホを渡した。
「これは......?」
「山本夢華が財布を盗んだときの証拠映像が入ったスマホよ。画面をタップすれば
直ぐに再生できるようにしているから、くれぐれもそれ以外の所を触らないように」
「あ、ありがとう!」
一瞬、戸惑うように顔をした井上だったが直ぐに顔を明るくして走っていった。
「スマホをそのまま渡すとか無用心だな」
「彼なら多分、大丈夫よ。貴方と違って」
「ポッと出の井上の信頼度が高くて、俺の信頼度が低いのはどないなん?」
「安心して。私は貴方が生粋の変態マゾ野郎だと信じているから。絆は確かよ」
「そうかそうか。ありがとうな。毒舌怠惰自称美少女」
やはり、調月はこういう会話の応酬が出来るときの方がイキイキしている。




