進展
「・・・どうぞ」
椅子にもたれ掛かりながら料理を待っていると、幻中が夕食を運んできてくれた。
きんぴら蓮根に味噌汁、そして秋刀魚の塩焼きだ。
「秋刀魚を買った覚えは無いんだが」
「・・・お嫌いでしたか?」
「いや、めっちゃ好き。ただ、幻中に渡してない食べ物が出てきたから
驚いただけだ。この秋刀魚、幾らだ?」
「・・・冷蔵庫に余っていたのでお出ししただけです。材料費は必要有りません」
「......そうか。じゃあ、有り難く頂いておく」
幻中は意外に頑固だ。俺が『それでも材料費を払わせてくれ』と言っても彼女は
その頼みを拒むだろう。なので、此処は素直に幻中の厚意に甘えることにした。
俺は次から次へと幻中の料理を食べていく。どれも心暖まる、優しい味わいだ。
「・・・どうでしょうか?」
「なんか、実家の味って感じがする。毎日食べたい」
「・・・そうですか」
「ああ。......そう言えば、胸の傷はどうだ?」
俺は秋刀魚にかぼすを絞りながら、ふと思い出したように尋ねる。
「・・・あまり深くなかったので、もう乾燥しました」
「そうか。良かった。学校には何時来るんだ? いや、急かすつもりは無いが」
「・・・私は今日、体調不良で休んだ筈ですが」
訝しげな表情を浮かべながら幻中は言う。
「知ってる。宗里先生に聞いたらそう言ってた」
「・・・でしたら普通、体調が整い次第登校するのが普通です。わざわざ
聞かなくても良いのでは?」
「俺が聞きたいのはその体調不良はどれくらいで終わりそうなのか、ってこと。
......幻中が今、色々悩んでいて、とてもじゃないが皆に顔を合わせられる状態
じゃないのは知ってる。でも、幻中が居ない部活は物足りないからさ。一応
何時、学校に来れるようになりそうなのかは知っておきたいと思ってな」
俺は目線を料理に向けながら言う。彼女は今、どんな表情をしているのだろうか。
余計なお節介だ、と迷惑そうな顔をされていないかがとても不安で顔を上げて
彼女と目を合わすことが出来ない。
「・・・今のところは、何とも言えません。私が昨日のように衝動を抑えられなく
なって、皆さんの前でまた可笑しな行動に出てしまう可能性も0ではないので」
「......そうか。ま、俺はゆっくりで良いと思うぞ。自殺を試みるくらいだ。
そんな簡単には何時もの調子に戻れないだろ」
バツが悪そうにそう言ってきんぴら蓮根を食べる俺。やはり、幻中の表情が
気になる。......気付くと俺は顔を上げて幻中の顔を見ていた。
「・・・貴方も蜂須賀さんから聞いて知っていると思いますが、私がこの前
貴方に話した『蜂須賀梓』という人物は本当の彼女とは全くの別物。私が
責任を逃れるために作った、空想だったのです」
手を震わせながらそう話す幻中は、泣いていた。
「確かに聞いたな」
「・・・それで分かったでしょう。私が大嘘吐きだということが」
幻中は掠れた声で、まるで何かを諦めたかのように言う。
「いや、一つ良いか? 幻中」
「・・・はい」
「幻中が蜂須賀と俺の話を盗み聞きしてたのは取り敢えず許すとして、お前
蜂須賀の話を聞くまで本当の『蜂須賀梓』のこと忘れてただろ。本当の
ことを忘れてて、間違ったことを言うのは別に嘘吐きではないと思うが?」
幻中の涙の勢いが少し強くなった。
「・・・何故、そんなことが分かるのですか?」
「だって幻中が蜂須賀のことを覚えていたなら、お前が蜂須賀のことを
思い出す度に目眩がする現象の説明がつかないだろ?」
俺は小さく深呼吸をすると、話を続けた。
「恐らく、当時の幻中は自分を庇ったせいで虐められている蜂須賀を見て
自分の責任だと思い詰めたんだろう。それで、気が狂う前に幻中の脳が
記憶を改変したんだよ。幻中がこの前まで本当のことを思い出しそうに
なると、目眩がしていた理由はきっとそれだ」
幻中が本当のことを思い出すと、確実に大変なことになる。それを分かっていた
幻中の脳は、どうにか彼女が真実を思い出すのを止めようとしていたのだろう。
実際に真実を思い出した幻中は自殺をしようとしていたので、彼女の脳は正しい
判断をしていたと言える。
「・・・医者には心的外傷後ストレス障害......PTSDだと診断されました。
過去に強いストレスを受けたことが原因で起きるストレス障害だそうです。
私は軽度のもののようですが」
どうやら、俺の言ったことは正しかったらしく幻中は観念したようにそう言った。
しかし、その体は震えていて、目からは依然として涙が流れている。
「......じゃあ、やっぱり蜂須賀のことを思い出したことが自殺を試みた原因か?」
「・・・はい。丁度、その日にこの家を訪ねてきていた母に『子供なんて必要
無かった』と言われ、自分の責任を無かったことにするだけでは飽きたらず
最後まで私の味方でいてくれた蜂須賀さんを悪役に仕立て上げていたことを
思い出し、理性が途切れてしまったのでしょう。自暴自棄になって狂った私は
気が付くと包丁を胸に刺していました」
幻中は自嘲の笑みを浮かべてそう言った。
「幻中......」
幻中をこんな表情にはさせたくなかった。そんな気持ちが俺の心の中で
渦を作り、胸をサワサワと撫でる。
「・・・私は自然観察部を止めようと思います」
「え?」
「・・・私が病院で母と話したときに同席していた貴方なら知っていると思い
ますが、私の母は私に勉強をさせたいのです。だから、部活を止めて勉強に
集中しろと母から今日、電話がありました。昨日、言い忘れたそうです」
「......だから、退部すると?」
「・・・はい。籍だけ置いていても迷惑なだけですし」
幻中は俯きながらそう言った。
「幻中はどうしたいんだ?」
「・・・私は両親の操り人形です。それに逆らうことは出来ません。
私の意思なんて、話したところで意味が有りませんよ」
「......逆らうことは出来ない、って一度でも逆らったことが有るのか?
あ、ご馳走さま。美味かった」
俺の言葉を聞くと、幻中は鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くした。
「・・・それは、無いかもしれません」
「じゃあ、逆らえないかどうかなんて分からないだろ。この前病院で幻中の母親が
自分の家に連れ戻すって、言ってたがあれも本当は嫌だったんじゃないのか?
幻中が親の言うことに従いたくないんだったら、逆らってしまえば良いと思うぞ」
俺の両親は放任主義だったので、そもそも逆らわないといけないことがなかったが
俺の両親が幻中の両親だったら俺は絶対に逆らっていると思う。
「・・・そうですね。上里君は、どちらが良いですか?」
幻中は少し、表情を明るくさせるとそんなことを聞いてきた。しかし
質問の意味がよく分からない。
「え?」
「私が両親の言うことに従って退部し、引っ越すか、両親の言うことに逆らって
部活に留まり、独り暮らしを続けるか、どちらが良いですか?」
それは俺が決めることじゃないだろう......いや、待てよ。この状況には覚えがある。
雪加の進路相談だ。あの時、私立の中学を受けようとしていた雪加は彼女の意思を
尊重しようとした俺に『無理矢理にでも止めて欲しかった』と言っていた。今の
幻中もあの時の雪加と同じなんじゃないだろうか。
「......俺は幻中に部活に残留して欲しい。幻中が居ない部活は味気ない。
後、独り暮らしも続けて欲しい。定期的にこの旨い料理を食べに来たいし」
幻中が欲しがっているのは恐らく、俺の意見ではなく自分の意思の肯定だ。
自分の意志を遂行することが他人にも望まれているのだと感じると、人は
不思議と自信が沸いてくる。
「・・・分かりました。母に話をしてみます」
「おう。頑張れ。......調月と言い、幻中と言い、大変だな」
「・・・調月さん、ですか?」
幻中は突然、俺の口から出てきた名前に首を傾げる。
「ああ、そう言えば幻中にはまだ言ってなかったな。調月も親で苦労してて
最近、俺の家に亡命してきたんだよ。……アイツ、何時まで居るんだろうな」
「・・・では、母との話し合いに失敗してこの家を売却された場合に
私にも亡命先が有るという認識で問題ないでしょうか」
「待て。その理論は何かが可笑しい」
いや、親父と母さんのことだから喜んで匿ってしまいそうだが。
「・・・冗談です。これ以上、貴方に迷惑は掛けれません。私のことは
私で何とかしてみせます。母のことも、蜂須賀さんのことも」
気が付くと幻中は泣き止んでおり、その目は何時もの美しい曇りの
ないものになっていた。
「......じゃあ、最後に一つだけお節介を焼いて良いか?」
「・・・お節介、ですか?」
「ああ。お節介だ。幻中、スマホは有るか?」
「・・・はい、此方に」
幻中は如何にも幻中らしいシンプルなカバーを付けたスマホを取り出した。
「蜂須賀の連絡先、教えておく」
「・・・え?」
「『玲奈ちゃんが私のことを拒まないようになってくれたときに教えておいて
欲しいな』とか何とか蜂須賀に言われたんだよ。蜂須賀と仲直りするなら
連絡先は必須だろ?」
「・・・ありがとうございます。また、何時か料理を食べに来てください」
「おう。あ、皿は俺が洗う」
こうして、どうにか俺は幻中と蜂須賀の関係を安定化させることに成功した。
仲直り出来るかは、幻中と蜂須賀次第だ。......それにしても、本当に幻中の
料理は美味かった。
はいはいはいはい、お久し振りですっ! 蛇猫ですっ!
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堅物な美少女悪魔と心優しい少年がひょんなことからパートナーとしての契約を結び、冒険したり、ほのぼのしたりするヒロインtueeee!系の異世界ラブコメです! あ、あっちの方の評価、ブクマ、感想、レビューもおなしゃすっ!
異世界ラブコメですよ、異世界ラブコメ! 蛇猫初の異世界モノです!(実は昔、書いてたことがあったけど納得がいかなくて没にしたなんて口が裂けた人外系美少女に迫られても言えない)
勿論、前科部の評価、ブクマ、感想、レビューもお願いします!
あ、感想は『面白い』とか『草』とか『(^○^)』みたいなので全然良いですっ!
皆さんが思う数千倍はモチベーション上がります。
レビューも
『面白い。オススメだよーーーーー』
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