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前科部!  作者: 蛇猫
歪み始める日々と狂気
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陰惨


「取り敢えず、幻中に話そうとしている話を俺にしてくれませんか?

 それで決めます」


体が、心が、記憶が、警鐘を鳴らす。何か、硬いもので殴られたような激痛が

頭を走り、名も知らぬ感情が胸を引き裂き、壊れたブラウン管が映し出す映像の

ようにチカチカと脳裏に白黒の悪夢が映る。この場所を立ち去れば、この苦しみ

から直ぐに解放されるだろう。しかし、私の足は全くと言って良い程動かなかった。


「うん。私が玲奈ちゃんにしたい話は二つ。一つは中学生の頃、色々あって

 事実上の絶縁をしちゃったけど、やっぱり仲直りしたいって話。そして

 二つ目は......」


本来ならば心地よい筈の彼女の声。それは今の私には不快な金属音の

ようにしか聞こえなかった。


「二つ目は?」


私が歯を食いしばって彼女の声に耐えていると聞き馴れた声が聞こえてきた。

温かく、優しい声だ。......しかし今は彼の声に逃げてはいけない。現実から

逃げてはいけない。幾ら不快だったとしても今の私は彼女の発する声を聞き

戦わなくてはならない。


「玲奈ちゃんの、間違った記憶を訂正するための、お話」


「というと?」


......間違った記憶? 


「玲奈ちゃん、私が虐めっ子達に迫られて玲奈ちゃんを裏切った、みたいなことを

 少年に教えたんでしょ? 玲奈ちゃんが嘘を吐く筈がないし、きっと玲奈ちゃんの

 中ではそれが真実になってるんだろうけど、実は違うんだ」


訳が分からない。この記憶が、嘘の記憶だと言うなら何故、私はこんなにも今

苦しいのだろうか。何故、彼女......蜂須賀梓を思い出すと胸が痛いのだろうか。


「違う?」


「うん。本当はね、私は玲奈ちゃんとの縁を切るように虐めっ子に言われたとき

 断ったの。でも、私は玲奈ちゃんを庇ったことで皆から虐められちゃってね。

 気付いたら玲奈ちゃんとの関係は消えちゃった。玲奈ちゃんはそれを切っ掛けに

 転校しちゃったし」


その話を聞くと足が軽くなり、先程まで動かなかった足が動いた。

私は軽くなったその足で突然駆け出す。


「ちょっ、幻中!?」


思考を停止した頭で最後に聞いた言葉は彼の慌てた声だった。



「遅かったわね。待っていたのよ」


マンションに帰ると、自宅の扉の前で母が立っていた。


「・・・用件は?」


「この前貴方が病院に運ばれたとき、話したでしょう? あの話の続きよ。

 遅れて悪かったわね。このマンションの売却について大体話が纏まったわ」


「・・・そうですか」


「来月辺りには引っ越させるつもりだから、準備しておきなさい」


「・・・分かりました。......一つだけ聞いていいですか?」


「何?」


「・・・何故貴方とお父さんは私に勉強をして欲しいのですか?」


私がそう聞くと母はクスリとも笑わずに


「名誉よ」


と言った。


「・・・名誉?」


「分からない? 私は弁護士、あの人は医者。そんな私達の子供が一流の道に

 進まなかったら私達の名誉が汚れるじゃない。本音を言うと、子供なんて

 必要なかったの。でも、産まれてしまったものは仕方がない。義務として

 養育費だけは払うつもりよ。その代わり、私達の名誉のために一流の大学を

 出て一流の職に就きなさい。学費は払ってあげるから」


子供の頃は私の為だ、と言って勉強をさせていた母。しかし、結局は自分の

ためだったらしい。......酷く惨めな気持ちになる。


「・・・今日はもう、帰って下さい」


私は母にそう言い残すと家の扉を開けて中に入り、直ぐに閉めた。行動に思考が

まだ追い付いていない。ふらふらと覚束ない足取りで台所に行き、包丁を手に

取るとその刃先を見た。


「・・・・」


この刃先を胸に突きつければ、直ぐにこんな世界、なかったことにしてしまえる。

そう考えると何だか全てが滑稽で薄っぺらく思えた。包丁の刃先を胸に少し押し

当てて胸から血を流させると突然ある事実が頭を流れる。蜂須賀梓が言っていた

ことは全て真実だということだ。私を庇ったせいで彼女は周りから馬鹿にされ

蔑まれ、暴力を振るわれ、よく見せていた笑顔さえ失った。


そのことを卑怯で、薄汚く、恥知らずな私は記憶から消していたのだ。しかも

記憶を消したことで発生した空白に彼女を悪者に仕立てあげた偽りの記憶を

植え付けて。


「ふふ、ふふふ、あはっ、あはっ」


......包丁で創った胸の痛みと心を締め付ける様々な感情。そして突然蘇った記憶。

それらが混ざりあって私は可笑しくなってしまったようだ。目からは涙が分泌され

ているのに私は声を出して笑っている。そろそろだと思っていたが今なのか。私が

狂って壊れるのは。とっくに精神は限界を迎えていたらしい。


せめて最後に彼女に謝りたい。謝りたい......が、やっぱり止めておこう。私は

恥知らずで最低な人間なのだから。そんなクズが蜂須賀さんの前に性懲りもなく

現れて、醜く謝るなんてことはあってはならない。それに私は......今の、この

狂って壊れていく感覚さえ甘美に思えるような絶望的に頭の可笑しい人間なのだ。

いや、もう人間でもないか。ただの醜い怪物だ。醜い怪物の最後は酷く汚く

いい加減で、生温くて良い。


「ふっふふっ。あははははは......」


「其処までにしとけ。メンヘラ幻中。上里さん、闇堕ちは嫌いじゃないけど

 そういうグロかったり、見てる方も精神的にキツイ奴は苦手だ」


突然、聞こえる筈のない声が聞こえてきた。そして、後ろから伸びてきた

手が私の持っていた包丁を奪い取る。


「え?」


「いやあ、幻中のリスカ? 自殺? よくわからんがそれを止められたなら

 わざわざ不法侵入した甲斐が有ったな。......あ、幻中救急セットって

 何処にある? その胸の傷、手当てしたいんだけど」


「上里、君?」


私が振り向くと、其処には確かに包丁に付いた私の血をハンカチで拭き取る

上里祐也の姿があった。


「そうそ。上里君だよ、上里君。救急セット何処?」


「パソコン室の棚の上です」


「ひえ。パソコン室なんて有るのか。流石金持ち......あっち?」


「いえ、そっちです」


「了解」


何時ものように余裕の有る態度で私の指し示した部屋に入っていく彼。彼は私に

無表情だというが、彼も大概心が読めない。何時も大袈裟なリアクションをしたり

私をからかってきたりするが、腹の底では何を考えているのやら。


「救急セット持ってきた。胸出してくれ」


「えっと」


「どうしたんだ? 取り敢えず消毒を……あ」


ようやく彼は自分のしようとしていることの意味に気付いたらしい。


「あの、服をめくってから気付かれても困るのですが」


「・・・医療行為ですので」


彼は何時もの私のような口調で言う。確かに彼の思考は読みにくいが

こういうときの反応は露骨だ。


「手当てなら私がやるので上里君は向こうを向いて下さい」


「......すまん。怒ったか?」


「いえ、別に」


「あ、結構怒ってるヤツだこれ」


彼は苦笑しながら言う。かなり恥ずかしかったので怒っていないといえば

嘘になるかもしれないが、別に不快だった訳ではない。胸の傷に消毒液が染みた。


なんか、祐也ブレねえな。

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