逃亡
「ねえねえ調月ちゃん、何時まで俺に抱き付いている気なの? もしかして俺のこと
好きなの? ごめん。流石に愛の告白が情熱的過ぎて上里さん困っちゃうから
告白するなら普通にして?」
不法侵入してきたかと思えば、突然俺の体に抱き付いてきた調月に俺は言う。
彼女の紫色の髪は不自然に濡れていて、光沢を帯びていた。
「黙りなさい。私が貴方に恋心を抱くなんて......想像しただけで体の全器官が
停止しそうだわ。気持ち悪いし、おぞましいし、精神にも体にも毒よ」
体の全器官が停止するって、それ死ぬじゃん。俺の軽い冗談にどれだけの
殺傷能力が有ると言うんだ。
「じゃあ離れろ」
「嫌」
「色々と当たってるんだよ」
「美少女の体が自分の体に密着していることに発情して、息を荒くするなんて
救いようのない豚ね。受精卵からやり直したらどうかしら?」
自分で自分を美少女って言うな。そして罵倒が酷い。
「発情してないし、息も荒くしてない。後、冷静に考えたら当たっている物は
何も無かった。お前の胸の装甲薄いし」
「......チッ」
「舌打ちしながら胸を密着させるのやめて? 無いものは無いから」
調月の胸の大きさは小戸森と同レベルだろうか。調月には悪いが必死に胸を
押し当てられたところで感じるのは硬いあばら骨だけだ。
「別に胸が小さいことにコンプレックスは抱いていないけれど、貴方に
馬鹿にされるのは屈辱的だわ」
「いや、馬鹿にはしてないぞ? 貧乳はステータスだし希少価値だ」
「貴方に褒められるのも屈辱的だわ」
じゃあどうしろと。
「......で、マジでこの状況何なんだよ。何で俺はお前に抱きつかれているんだ?
あ、もしかしてこれ抱きつかれてるんじゃなくて拘束されてんの? とぐろなの?
毒蛇にとぐろを巻かれてんの?」
だとしたら是非とも丸飲みはやめて頂きたいところだ。
「......急に押し掛けてごめんなさい。一応、反省はしているわ」
「いやまあ、それは別に良いけど。雪加とか合鍵で勝手に入ってきて俺の部屋で
寝てたりするし」
「それはそれでどうなの?」
「幼馴染みだからね。仕方ないね」
フッフッフ。世の人間共、羨ましいか? 上里さんにはラブコメ主人公のように
幼馴染みがいるんだぞ! 料理も上手いし、勉強も教えてくれるしちょっと中二病で
変人で俺の個人情報を何故か全て知ってることを除けばラブコメのヒロインレベルで
ポイント高いんだぞ! いや、アイツに恋愛感情を抱いているとかそういうのでは
ないが。
「......ねえ、貴方の家族は今居ないの?」
「ああ、母さんも親父も仕事だ」
「そう。それは良かった。貴方の両親にこの状況を見られたら貴方を
性犯罪者として警察に突き出さなければいけなかったから」
「いや何、さらっと俺に冤罪吹っ掛けようとしてんの? 不法侵入してきたのも
俺を押し倒して抱きついてきたのも全部お前だからな?」
全く、幻中の件でかなり精神が疲弊していると言うのにまた変な事態に巻きこれたよ。
「失礼ね。不法侵入ではないわ。貴方から許可は得ているもの」
「そんな許可出した覚えが無いんだが」
「貴方の記憶能力が酷く低いのか、ただの薄情者なのか分からないけれど
どちらにせよ人ではないわね。先程の貴方の発言を考慮すればやはり
豚が妥当かしら? ほら、豚。卑しく鳴いてみなさい」
調月の罵倒に熱が入る。コイツ、ただの毒舌家だと思っていたがどうやら
Sの才能も合ったらしい。
「カミカミッ、カミサトッ」
「何その気持ち悪い鳴き声」
何だって? 可愛いだろカミサトちゃん。
「お前がSMプレイのS側の台詞みたいなことを言い出したから
乗ってやったんだろうが」
「乗り方が明らかに違うと思うわ。......はあ」
「どした。後、俺を口汚く罵る余裕が出てきたなら離してくれない?」
「何度も言うけど嫌よ。もう少し我慢しなさい。......ゾウリムシと同レベルの
記憶力しか持ち合わせていない貴方は忘れてしまっているようだから思い出
させてあげる。貴方はこの前何か危険を感じたら自分の家に逃げ込んできても
良い、といった趣旨の発言を私にしたわ。あれは許可ではなかったの?」
調月は俺を罵りながら言う。アレかあ......。
「ああうん。すまん。確かに言った。何か有ったのか?」
「暴走したわ」
「......は?」
意味不明な調月の返答に俺は疑問符を浮かべる。
「私の母親が暴走したわ」
「え、こわ」
「母は最近、自動車事故を起こしたり職場でミスを犯して上司に叱られたりで
ずっと機嫌が悪かったの。どうやら自分がストレスを溜めているというのに
夏休みで休んでいる私が許せなかったらしいわ」
そう前置きをすると、調月は俺の家に助けを求めなくてはいけなくなった
経緯を話し始めた。
「今朝、私が勉強をしていると母は突然私を怒鳴り付けたの。何を言っていたのかは
忘れたけれど、ちくはぐで話の一つ一つに関係性が見られない内容だったのは
覚えているわ。多分、ただの八つ当たりだったのでしょう。私は何時ものことだと
思い、無視していたわ」
「何時ものことなのか......」
調月の母親が犯罪者レベルで屑なのは知っていたが、やはり彼女の家庭環境は
狂っているのだと再認識させられる。
「八つ当たりくらい、あの人にはよく有ることよ。何時もは基本的に言いたい
ことだけ言うとすっきりして何処かに行ってくれるのだけど今日は違った」
「というと?」
「度重なるトラブルと夜勤のせいで情緒と精神がかなり不安定になっていたの
でしょうね。八つ当たりを無視していた私に話を聞け、と母はヒステリックに
叫び、近くに有った花瓶を私の頭部目掛けて投げつけてきたわ」
「......大丈夫なのかそれ」
てか、頭が濡れてた理由それか。
「さあ? まだ、痛みは有るけれど幸い頭が割れたり花瓶の破片が体に突き刺さる
ことは無かったわ」
俺はその言葉を聞くと、無言で抱き付いている調月を引っ張って冷凍庫まで行き
氷を取り出して、それをタオルで包んだ物を調月に渡した。
「取り敢えず冷やしなさい。後、せめて移動するときくらい離れろ。お前は雪加か」
「......ありがとう」
調月は俺が急遽作った簡易保冷剤で頭を冷やして、礼を言った。
「いやまあ、うん。頭に花瓶を投げつけられた奴と普通に会話するのはこっちも
嫌だからな。別に良い。後、礼を言うなら離れろ」
離れろ、と言っても無駄だと半ば理解しながらも俺は僅かな希望を抱いて調月に頼む。
「......話を戻すわ」
「やっぱり無視されたか」
何時もあんなに俺を軽蔑し、嫌い、罵倒してくる調月が何故俺に抱き付いて
きているのかは不明だが仕方がない。取り敢えず今はコイツの抱き枕に
なってやろう。
「母が投げ付けたときに割れた花瓶の中から飛び出した水は私が自主勉強のために
纏めていたノートを乾かしても戻せない程までに濡らした。確かに私は母の前では
臆病者だけど、流石に其処までされて反論しないほど愚かでもない。私は理不尽な
母に一矢報いようと反論した。と言っても、そんなに強い口調ではなかったけれど」
「......それで?」
「私が反論したことに母は怒り狂い、甲高い声で『出ていけ』『出ていけ』と
叫んできたから危険を感じて此処まで逃げてきた、と言う訳よ」
彼女の言葉を聞いて、頭の中で整理をするまで俺はかなりの時間を要した。
感想ヘルプ! 評価ヘルプ! ブクマヘルプ! レビューヘルプ!




