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前科部!  作者: 蛇猫
夏の始まり
77/108

幻中夢奈


「......なあ、幻中」


「・・・はい」


「幻中って確か、あんまり親との関係良くないんだよな」


確か俺が初めて彼女の家を訪れたとき、そういった趣旨のことを幻中は言っていた筈だ。


「・・・良くはないと思います」


「今から来るらしいけど大丈夫か?」


幻中は未成年なので、当たり前だが医療費を払うのは親だ。そして親の知らない

ところで子供が救急車に運ばれたら、病院は当然親に連絡を取る。そのため幻中の

親が来ることを避ける手立てが有るかと聞かれれば、無いのだが少し気になった

ので聞いてみた。


「・・・電話で近況報告をすることはあるものの、あの人と実際に会うのは

 かなり久し振りなので、大丈夫かと聞かれれば大丈夫ではありません。

 ......まあそんなことを言っても仕方がないのですが」


親のことを『あの人』と呼んでいることから、彼女と両親の間に出来た溝は

決して浅くないのだということが分かる。


「......そか。迷惑じゃなければもう少し此処に居たいんだが、良いか?」


「・・・はい。貴方が近くに居てくれると、何と無く心強いですし」


「幻中でも怖いものとか有るんだな」


俺は少し幻中を茶化す。


「・・・はい。それはもうたくさん」


「さっき幻中が倒れたときに見てた夢の内容も『怖いもの』だったのか?」


怯えた様子で謝罪の言葉を連呼していた幻中が脳裏にちらつく。一体、何が

あの無表情でクールな幻中を彼処まで追い詰めていたのだろうか。


「・・・怖いもの、ですか。あながち間違いではありませんね」


「というと?」


俺が幻中の回答に再度質問を投げ掛けると、彼女は俯いた。


「・・・聞きたいですか?」


「......幻中が嫌じゃないなら」


もしかしたら、その夢の内容に幻中の頭痛の原因が隠されているかもしれない。


「・・・分かりました。お話します」

 

そう言うと幻中は夢の内容を俺に打ち明けた。どうやらその夢は幻中の過去に関する

ものだったらしく、幻中は自らの過去を語るのに必要な補足を話の要所要所でして

くれたので、結果的に幻中の家族関係等のことも俺は知ってしまった。


「......余計なお世話かもしれないが、苦労してきたんだな。幻中も」


両親はほぼ愛情を注いでくれず、自らの理想像を押し付けられたために勉強を強制され

学校では虐められ、周りの大人も助けてくれなかった。そんな人生は正に『壮絶』と

言われるべきものだろう。


「・・・いえ、余計なお世話なんてことはありません。ありがとうございます」


「この前の自然観察の時も幻中、同じような感じで苦しんでただろ? もしかして

 あの時も今回と同じような感じで記憶が呼び覚まされたんじゃないか?」


この前の件と今回の件が酷似していることにずっと疑問を抱いていた俺は苦笑する

幻中にそんな質問を投げ掛けてみた。


「・・・はい。あの時も確かにあの記憶......彼女、『蜂須賀梓(はちすかあずさ)』と過ごした日々と

 裏切られたときのことが脳裏に浮かんでいました」


やっぱりか。医者が幻中の頭痛は精神的なものの可能性が有ると言っていたがどうやら

その推測は正しかったらしい。幻中はその時の記憶がトラウマになっていて、そのことを

思い出すと今回のようなことになるのだろう。専門家ではないので断定は出来ないが。


「......医者にはそのこと、伝えた方が良いぞ。言いにくかったら過去にも特定の

 嫌な記憶を思い出して同様の症状が起こったことがある、みたいな感じでも

 良いだろうから」


「・・・ありがとうございます。本当に」


「おう。ところで、その『蜂須賀梓』って奴はどんな奴なんだ?」


誰にでも別け隔てなく接するノリの良い、元幻中の親友ということは聞いたのだが

それ以外のことはあまり知らない。


「・・・可憐な淡い緑色の髪を持つ、優しい人でした。クラスの中でもかなり良い

 立場に居たらしく、彼女を嫌う人はほぼ居なかったと思います」


幻中は病室の天井を見ながらそう言った。


「ん? 淡い緑色の髪?」


「・・・どうかしましたか?」


「いや、何でもない。その蜂須賀って奴は今もこの辺に住んでるのか?」


「ご説明した一件を境に彼女とはほぼ絶縁状態に至ったため、引っ越している可能性も

 ありますが恐らく私達と同じ街に住んでいるかと。高校は違うようですが」


「......ふ~ん。あの街に、ねえ」


これは一度電話をしてみる必要が有るな。というか『蜂須賀』という名字、何処かで

聞いた覚えが有るのだが。忘れてしまった。


「こんにちわ」


俺が首を傾げていると、背後から突然そんな声が聞こえてきた。慌てて後ろを

振り返ると其処に居たのは幻中よりも長い銀髪に、猫のように鋭く青い瞳を

持った女性。


「あ、ど、どうも。玲奈さんのお母様ですか?」


心臓がバクバクと鳴り始める。ただ単に俺がコミュ障だということと、突然彼女が

現れたことも理由の一つだろうがそれ以上に彼女の放つ圧倒的な存在感と威圧感が

俺の心を刺激した。俺が最も苦手とする瞳だ。


「ええ。幻中夢奈(まもなかゆめな)と申します。貴方は?」


「上里祐也、玲奈さんの知人であり、彼女が倒れた現場に居合わせた者です。

 状況説明のために救急車に同乗し、今に至ります」


俺は幻中の母が発する空気に負けないように淡々と話す。......成る程、幻中が無口で

話し方が淡々としているのはこのせいか。少しでも隙を見せたら殺されそうなきらいが

あるもんな。


「それはどうも。娘を送ってくれたのは感謝します。ですが、一旦席を外しては

 くれませんか? 今からは親と子の話をするので」


俺は身震いをした。幻中の母がナチュラルに無機質で乾いた殺意を放ったのだ。

ウチの母(紡ネキ)には不可能な芸当だ。しかし、同時に俺の脳は『此処で席を外しては

いけない』、という命令を俺に送ってきた。


「失礼ですが、親と子の話とはどのようなことですか?」

 

俺は幻中の母に歯向かうことを決めた。たたでさえ幻中は今、心が不安定だと言うのに

よりにもよって苦手としている母と二人きり、というのは流石にキツいだろう。そして

実際に幻中の方に目を向けると彼女は恐怖に満ちた瞳をしていた。


「貴方には関係のないことだと思うのですが。まあ、簡単に言えばこれからのことです。

 聞けば玲奈は水族館で倒れたと言うじゃないですか。私は娘をそんな施設に行くような

 人間に育てた覚えはありません。そんな時間が有れば勉強をしろ、と言って育てた筈。

 玲奈が一人の方が勉強に集中出来る、と言うから家を買い与えましたがどうやらそれは

 失敗だったようです。玲奈には家に戻ってきてもらいましょう」


「・・・え?」


母のそんな言葉に幻中は虚ろな声を漏らした。


「つい、話の本題を貴方の前で話してしまいましたね。特に大事なことを話すつもりは

 もう有りませんし、別に同席してくれても構いませんよ。上里さん。ということで

 玲奈、帰ってきなさい。幸い、私の職場は家とその近くの事務所。貴方がきちんと

 勉強をしているかずっと見張れるわ」


この人は、幻中夢奈という人間は、確かに善人ではないが今まで俺が見てきた

悪人......山本や佐藤のような小物ではない。俺はそのことを本能で感じ取った。


「・・・それは......」


幻中が明らかに嫌がっていることは分かる。幻中が明らかに悔しがっていることは

分かる。しかし、彼女達の話していることは彼女達の家庭の話だ。俺がどうこう

言う資格は無い。


「お医者様に聞いたけれど、どうやら精神病の疑いが有るそうじゃない。昔から貴方

 精神に異常をきたしていたけれど、成る程。病気のせいだったのね。私は弁護士で

 医者じゃないから、分からないけれど薬か何かで治るんでしょう? 障害のある

 娘なんて私には要らないからさっさと治してね」


その言葉を幻中の母が放った瞬間、幻中の顔が酷く歪んだ。心の奥底から

グツグツと熱いものが沸いてくる。駄目だこの母親。本当に。


「・・・お母......さん」


瞳に涙を溜めながら、そう呟く幻中に何時ものクールな姿は無い。しかし、俺は。


「取り敢えず私はお医者様と詳しい話をして医療費の支払いを済ませたら帰るわ。

 近いうちに貴方の家に迎えに行くから、必要なものは纏めておきなさい」


「・・・分かりました」


しかし、俺は幻中に慰めの言葉を掛けることも、庇うことも出来ず、虚しい気持ちを

抱きながら彼女に別れを告げて帰路を辿った。


何時もありがとうございますっ! 蛇猫ですっ! ブクマ、評価、レビュー、感想お待ちしておりますっ!


特に感想! 『好き』とか『頑張って』とか、一言だけでもすごくモチベーション向上に繋がります。

どうか、どうか、お願いします!

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