ごめんなさい
苦しそうに頭を抱え、言葉にならない呻き声を発し続けていた幻中は突然
静かになり、虚ろな目をした。
「・・・ごめんなさい」
「いや、謝らなくて良い。念のために病院行くぞ」
呻き声は止まったものの、目の焦点が合っておらず体が小刻みに
震えている幻中に俺はそう言った。
「・・・ごめんなさい」
しかし、幻中はその場を動かず、ただ謝った。
「いや、だから大丈夫だって」
「・・・ごめんなさい。ごめんなさい」
「え?」
その時、俺はやっと気付いた。幻中の発している謝罪の言葉は俺に向けられていた
ものではなかったのだ。
「・・・ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
まるで機械のように、抑揚のない声で幻中はそう繰り返す。その瞳からは涙が流れていた。
「幻中」
ようやく、事の重大さに気付いた俺は椅子を幻中の横に移動させてその名前を呼びながら
ゆっくりと彼女の背中をさすった。俺はこの状況に酷似した事態に遭遇したことがある。
あれは確か、初めて部活で自然観察に行ったの日の夜のことだったか。前も今回のように
幻中が突然、苦しみ始めたのだ。しかし、今回は前と少し様子が違う。
「う、うううう......」
俺ではない誰かに謝るのを幻中は突然止め、悪夢にうなされているような
低い声を発した。
「幻中、ちょっと待ってろ!」
今、自分は大変な事態に直面しているのだと察した俺は喘ぎ苦しむ幻中を置いて
走り出した。目指すのは自販機だ。幻中が頭を抱えていたのは、もしかすると
このあまりに酷い暑さが関係しているのかもしれない。しかし、幻中は俺よりも
小まめに水分をとっていたため、飲み物が切れてしまっていた。
たとえ暑さが幻中の変調の原因でなくとも頭痛がするときには水分をとるのが
良いと聞く。どちらにせよ自販機に行って損は無いだろう。自販機に経口補水液が
陳列されていることを確認して俺は硬貨投入口に百円玉を二枚入れようとする。
すると、俺の手とは別の手が硬貨投入口に伸びてきた。
「おっと少年。此処は私が先だぞ!」
その声が聞こえてきた方に視線を向けると、そこには淡い緑髪を持つポニーテールの
少女が居た。べっこう飴のような琥珀色の瞳は柔らかく、口調とは裏腹に随分と
大人しそうな印象を受ける。年齢は俺と同じくらいだろうか。
「いや、俺の方が先に手を伸ばしてましたし俺が先でしょう」
「いやいやいや、私の方が先に伸ばしてた!」
緑髪の少女は頬を膨らませて、抗議する。
「いや、俺の方が先」
「私」
「俺」
「絶対私。百歩譲っても99%私」
「じゃあ、残りの1%は俺ですね」
「それで良いのか少年よ」
少女は呆れたように俺を見る。俺としてはさっさと経口補水液を購入して
幻中の元に帰ることが出来れば文句はない。
「もう良いですから、さっさとしてください」
「う~ん。ソーダにしよっかなあ? それともコーラ? あ、間をとって
果物ジュースってのは......」
「敢えて遅くしてますよね!? 何!? 嫌がらせ!?」
「え? 逆に嫌がらせ以外に何が有るの?」
少女はとぼけた表情で平然と言いやがる。
「悪いですけど、今緊急事態なんですよ! マジで急がないとヤバイので
早くしてもらって良いですか!?」
「緊急事態? どしたの?」
「一緒に来てた知人が倒れたんです。だから、経口補水液が欲しくて」
「熱中症?」
「いや、分かりませんが......兎に角、早くしてくださ」
「はいこれ」
俺の話を遮るように少女が渡してきたのは俺の欲していた物。経口補水液だった。
恐らく、俺が説明している最中に買ったのだろう。あまりに動きが早すぎて
分からなかった。
「え? ああ、ありがとうございます。えっと? 160円......」
「迷える子羊である少年に奢ってあげるからお金は要らない。ほら、倒れた
知人さんのところに行くよ! レッツゴー!」
「あ、そっちじゃなくてこっちです」
行き先も分からないのに走り出した少女に俺は正しいルートを教えた。
「ふぇ!? じゃ、じゃあそっちにレッツゴー!」
少女は慌てて進路を修正すると、俺の指差した方向に向かって駆けていく。
疑問は尽きないが、取り敢えず俺も急ごう。
「幻中、帰ってきたぞ。取り敢えずこれ飲め」
俺が少女に奢って貰ったペットボトルを幻中に差し出すと、幻中は無言で
それを受け取りゴクゴクと飲んだ。
「・・・かみさとくん。すみません。あたまがくらくらしてて。ああああ」
やっと、俺を認識して言葉を話してくれたものの幻中の言葉は拙く万全とは言い難い。
「......え?」
暫くの間、黙っていた少女が突如そんな声を漏らす。先程まであんなに
騒いでいたと言うのに何事だろうか。
「・・・かみさとくん、あなた以外にだれかいるのですか?」
幻中がそんなことを聞くと少女はさっと俺の後ろに周り、幻中から隠れた。
「ああ。自販機の前で会った、ええと......」
「通りすがりの親切な人です!」
「いや、名前を教えてくださいよ」
まあ、間違いではないのだが。
「え、だって名前は個人情報だし」
「・・・そのこえ、どこかで......っ。ううう」
幻中は低い声を出して頭を振った。
「その人、歩けそうにないし取り敢えず救急車呼ぶね」
その様子に緑髪の少女は慌てながらそう言うと、スマホを取り出した。
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「・・・心配をお掛けしました。すみません。折角のお出掛けを台無しにしてしまって」
魂が抜けたように脱力した様子で病院のベッドに寝ている幻中がそう言った。
先程と比べると、随分言葉も流暢に話せている。
「いや、別に良い。それよりも幻中が無事で安心した」
「・・・あの方は?」
「......? ああ、あの人とは救急車の前で別れた。お大事にだとよ。一応、幻中の
容態を報告出来るように連絡先を交換しておいたから後で連絡しなきゃな」
基本的に俺は他人と連絡先を交換しない主義なのだが、彼女にはとても世話になった。
それに彼女が幻中の容態を気にかけてくれると言うのは俺としても嬉しい。そういった
理由が有るのなら、と俺は喜んで彼女に連絡先を渡したのだ。
「・・・そう、ですか」
「一応、大体のことは覚えてるんだよな? 救急車に運ばれてるときも意識は有ったし」
「・・・それが、あまり覚えていないのです。一応、昼食中に突然目眩がして
倒れたことと、貴方と見知らぬ人が助けてくれたことは覚えているのですが」
幻中は申し訳なさそうに言う。
「分かった。軽く説明する。俺は呻いてばかりでまともに言葉を話せていなかった幻中の
代わりに幻中が倒れたときの状況を説明するための人間、として救急車に同乗した。
病院に着き、色んな検査をされた幻中は検査を終えた頃には眠ってしまっていたから
今はベッドに寝かされてる。まあ、そんな感じ」
「・・・検査の結果は?」
幻中は恐る恐る聞いてきた。その表情は少し恐怖に歪んでいる。幻中が感情を
少しでも露にするのは珍しい。
「特に異常は見られないってさ。でも、俺の話を聞いた医者は精神病かもしれない
って言ってた。震えながら『ごめんなさい』って言ってたの、覚えてるか?」
俺の質問に幻中は俯き、口を開いた。
「・・・夢を、見ていました」
しかしその言葉は、俺の質問の回答と関係がなさそうなものだった。
「夢?」
俺が幻中の見当違いな回答に疑問符を浮かべると
「幻中様のお母様と連絡が繋がりました。直ぐに来ていただけるそうです!
あ、幻中様、眠りから覚めたのですね」
突然、女医が部屋に入ってきてそう言った。
評価が100に乗ったあああああああああああああああああ!
ありがとうございます。本当にありがとうございます。まだまだ稚拙な文章では
有りますが、頑張ります!




