ドウキイキギレメマイヅツウ
今思えば、自分は実につまらない人生を送ってきた。母と父は一流の大学を出ており
父は医者で母は弁護士。所謂エリートだ。そしてそんなエリートの両親は娘の私に
自分達と同じようになることを求めた。物心付いた頃には既に勉強を強制させられて
いた覚えがある。塾にひたすら通わされ、友人は疎か知人を作る暇もなく学校では
休み時間でさえ問題集を解いていた。
『玲奈。貴方はとても賢い。きっと将来は私達のように一流の仕事に就けるわ』
母はあまり笑わない人だったが、私が勉強を頑張っていると時々そう言って
誉めてくれた。
『良いか? お前は将来のことを考えないで遊び呆けている馬鹿な奴等とは違う。
だから、お前はきちんと勉強をしろよ?』
父は厳しく、恐ろしい人だったが、私が周囲の人間との関わりを断ち勉強に
集中しているとそう言って私を鼓舞してくれた。私はそんな状況に僅かな
疑問を持ちながらも、それを口に出すことは無かった。
『玲奈って、何か暗いよね......』
『うんうん。何時も勉強してるし、嫌な感じ』
そんな声が私の耳に入り始めたのは何時頃だっただろうか。初めは多少傷付いたが
直ぐに慣れた。というか、慣れなければやってられなかった。
『先生、私の給食が自棄に少ないのですが』
『ん? あら、ホントね。きっと給食当番の子が配分を間違えちゃったのよ。
許してあげなさい』
『先生、今日も私の給食が......』
『だから、配分を間違えちゃったんでしょ。しつこいわね』
『ですが、昨日も......』
『何? 給食当番の子を責めるの? 皆のために働いているのに?』
『......もう良いです』
私が出会ってきた教師は皆、私の虐めを解決しようとしなかった。陰口や無視なら
どうにでもなる。だが、給食を他の児童の一割程度しか貰えなかったり、家の鍵を
隠されたりするのには流石に困った。暴力を振るわれることはなかったのでその点は
良かったが。
小学校を卒業した私は中学受験をして名門の私立中学校に入った。金は有るから
遠慮なく勉強をしてこい、というのは私の両親の言葉だ。勉強は嫌いでは無いが
好きでもない。しかし、私にはそれ以外に出来ることも興味の有ることも無かった。
それに、両親の言葉は絶対だったので中学校でも勉強に明け暮れていたのだ。
虐めはと言うと、学力の高い生徒が集まる中学校ならマシになるかもしれないと期待
していたのだが結果は真逆。連絡先の交換を断っただけで完全にコミュニティから
閉め出され、小学校の頃よりも酷い虐めを受けるようになった。具体的には弁当に
消ゴムのカスを入れられたり、机の中に大量の虫の死骸を入れられたりだ。
勉強ばかりさせられている現状への疑念を強め、中学校に新しい生活と自らの変化を
求めていた私にとって、それはかなりショックなことだった。しかし、直ぐに私は
気付く。自分がやるべきことは今まで通り勉強をして両親を喜ばせることなのだと。
そんなことに気付き、諦めがついたと同時に溜め息を吐いたときだった。
『玲奈ちゃん、今日一緒に帰らない?』
授業が全て終わり、帰る準備をしていた私に突然クラスメイトの少女が声を掛けてきた。
一応、名前と存在は知っているが話したことはない。
『私、ですか?』
『うん。てかこのクラスに玲奈って人、一人しか居ないじゃん』
柔らかく彼女は笑う。
『何故、私なのですか?』
『え? ああ、いや、その、何と言いますか。ほら、玲奈ちゃんと私ってあんまり
接点無かったでしょ? だから仲良くなりたいなと思って。......駄目、かな?
あ、今の上目遣いはキュンとするところ』
『分かりました。そういうことなら』
彼女が悪意を持って私に接触してきたとは到底思えない。一緒に帰宅する
くらいなら別に良いだろう。
『マジ? やったあ。それじゃ、おうちにレッツラゴー!』
こうして私は彼女と出会った。勉強に支障の出ない程度のものだったが、彼女との
関係は長く続いた。彼女は沢山の友達を持っていたので自分はその中の一人。いや
一人にすらなれていなかったかもしれないが、私にとって彼女はかけがえのない
友人だった。
『てか、玲奈ちゃんの髪めっちゃ綺麗だよね。欲しいな。欲しいな。欲しいなあ』
『私の髪の毛など、不潔なだけなので』
『嘘つけ。玲奈ちゃんの髪、めっちゃサラサラだし良い匂いがするじゃん』
『顔を髪にうずめるのは止めてください』
そんな他愛ない会話をする日々が楽しくて仕方がなかった。
『私達、ずっと友達だよ?』
『......はい』
『じゃあ、指切りしよ!』
しかし、その関係は突如終わることになる。彼女は私が虐められていることを
知らなかったのだが、その日彼女は私が暴言を吐かれているところに出くわして
しまったのだ。
『ちょ、何で玲奈ちゃんにそんなこと言うの!?』
『え? 玲奈だからに決まってるじゃん。この際、言わせて貰うけどこのクラスの
女子の殆どは玲奈のこと嫌ってるからね?』
『そうそう。皆アンタは純粋だから、って言ってソイツとアンタがつるむのに目を
瞑ってたけどソイツを庇うなら話は別。アンタは友達だと思ってたんだけどな』
『……分かった』
私に暴言を吐いていた女子二人の言葉に彼女がそう呟いた。
『『ん?』』
『玲奈ちゃんとは縁を切る。私を見捨てないで』
『・・・え』
彼女の言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で何かが崩れ落ちた。
『あ、そういうことならこれからも友達ね』
『うんうん。玲奈あ? 庇ってくれる人、居なくなったけど大丈夫?』
限界まで膨らました風船が軽く爪で突かれて割れたような、そんな感覚が私の身を
襲った。破裂した風船からはドブ川の水のように濁った液体がどろどろと流れ出る。
『・・・あああ』
人間は実に恐ろしい。彼女に裏切られたとしても、元の生活に戻るだけだ。しかし
甘い蜜に慣れた私は、それを取りあげられて米の磨ぎ汁を飲む毎日に戻るのが
非常に恐ろしく感じた。この世で何よりも怖いものは慣れと期待なのだ。
でも、何故だろうか。今思い返すと、彼女に裏切られたことより苦しいことが
あった気がする。この違和感の正体は......。
「・・・ッッ!? ああああああああああああああああっ!」
頭の中で、誰かが叫ぶ。目の奥で、白黒の映像がチカチカと点滅した。舌が
ビリビリと痺れ酷く頭痛がする。それに続くように感情が沸々と沸いてきた。
―――何で? 何故? どうして? ―――誰のせい? 奴等のせい? それとも
私のせい?
記憶の中の彼女は、何故か泣いていた。
もう少しで総合評価100......チラッ、チラッ。




