電話
『・・・上里君。水族館に興味は有りませんか?』
電話からそんな声が聞こえてきたのは終業式を終えた夏休み初日のことだった。
「水族館?」
『・・・仕事で頂いたらしく、父が水族館のチケットを二枚送ってきたのですが
二枚も消費出来ないので持て余してしまって......」
幻中は申し訳なさそうな口調で言う。
「成る程。それで水族館なのか。でも、何で俺なんだ?」
『・・・部活の皆さんに渡しても良かったのですが、上里君の方が渡しやすいので』
「俺だと渡しやすい?」
渡しやすさなら白嶺先輩辺りの方が勝っていると思うのだが。
『・・・ご存知の通り私は口下手で、会話をすると酷く緊張するのです。昔に比べ最近は
幾らかマシになってきたのですが、それでも自分から話し掛けるのは中々出来なくて。
ですが、不思議と貴方との会話はあまり緊張しないのです。そういった理由から渡す
なら貴方に、と』
「俺との会話は緊張しない、か。本当なら嬉しいけどな」
『・・・世辞は嫌いです』
受話器の向こう側からは少し不機嫌な声が聞こえてきた。
「そっか。すまん。それで何時行くんだ?」
『・・・何時行く、とは?』
「水族館だよ。一緒に行くんだろ?」
『・・・いえ、上里君と行くつもりは有りませんが』
幻中は淡々と俺に告げる。
「え」
『・・・このチケットは7月の一日から来月の31日までが有効期限です。
敢えて二人で行く必要は無いかと』
「え、あ......そう」
我ながら恥ずかしい勘違いをしてしまった。てっきり、一緒に行こうと誘われて
いるのかと思ったのだが。自意識過剰だったようだ。
『・・・・』
「・・・・」
俺と幻中の間に沈黙が生まれる。凄く気まずい。穴が有ったら入りたい、とは
こういう感情を指すのだろう。
『・・・上里君』
「何だ?」
『・・・私のような者と一緒に居ても楽しくないでしょうし、気分が滅入るだけだと
思うので、私は貴方と一緒に水族館へ行くつもりはありません。ですが、絶対に
無いと思いますが、もし仮に、何かの間違いで、貴方が私と一緒に行きたい
言うのなら......私は嫌ではありませんよ』
其処まで自らを卑下にしなくても良いだろう、そう思わせる程に幻中は自分を
下げた言い方をした。
「まあ、確かに幻中って一緒に居ても其処まで面白くないよな」
『・・・そのことは私が一番、分かっています。私と一緒に居てもつまらな......』
「いいや、幻中は分かってない」
俺は彼女の言葉を遮るように大きな声で言った。
『・・・ですが』
「確かに幻中と一緒に居て、面白いことはあまり無いかもしれない。
でも、幻中と一緒に居ると凄く楽しいんだよ」
『・・・楽しい、ですか」
「ああ。何て言ったら良いんだろうな。単純に面白くて笑えるから楽しいってこと
じゃなくて、一緒に居ると落ち着くんだ。そして不思議と高揚感が沸いてくる。
言葉にすると難しいが、何と無く分かるだろ? 一緒に居る人の心を満たすことが
出来るのは幻中の才能だと思う」
一緒に居ると安心出来る、と言えば雪加もそうだがアイツと一緒に居て感じる安心感は
実家のような安心感、対して幻中と一緒に居ると自分の家のような安心感を感じる。
どちらも人を落ち着かせることに長けていて優劣を付けることは出来ないが少なくとも
幻中と一緒に居ることがつまらない、なんてことは無い。それだけは確かだ。
『・・・それは、私の言葉ですよ』
俺の話を聞いた幻中が静かにそう言った。
「え?」
『・・・私の顔は殺風景なので、意外かもしれませんが私の精神は
非常に不安定なのです』
「ああうん。知ってた。幻中って変なところ敏感で感受性強いもんな」
確かに幻中は無表情で一見、何を考えているのか分からないが最近の俺は彼女の
感情の動きを察することくらいは出来るようになってきた。
『・・・そんなに私、顔に出ていましたか?』
「いや、幻中の顔は何時も無表情だ。ただ、まあ......お前と付き合い初めて
何ヵ月か経つからな。それにお前、顔以外には結構感情出てるぞ。放つ
雰囲気とか、口調とか、態度とか、行動とか」
『・・・そう、ですか。兎に角、貴方と出会う前の私は毎日のように、形容の出来ない
不安感に襲われて息切れを起こしたりしていました。ですが、今のように貴方と会話を
している時だけは心がとても休まるのです』
「そういうことなら......水族館、一緒に行くか? 俺は基本的に何処に行くのも
独りが好きなんだが、幻中と一緒なら楽しそうだし」
そんな俺の誘いに幻中は
「・・・はい」
簡潔且つクールに答えを返したのだった。




