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前科部!  作者: 蛇猫
そして前科者『上里祐也』は鳥好きになった
42/108

雨の中


「ジャガイモとニンジンがあったから、今日はシチューかカレーだな」


主婦のような事を考えながら、初めてのスーパーへと向かう金曜日。

調月の相談に乗った日から二日という月日が経っていた。

折角、天気予報で豪雨が降るとかほざいていた癖に全く降る気配がない。

しっかりしてくれ、天気予報。雲一つ無いぞ。


「お、あれか」


俺の視界に現れたのは特別大きい訳でなく、小さい訳でも無い並程度のスーパー。

俺の見たことのない系列のスーパーだが、親父曰く『この辺りの奴らは全員利用する

地域密着型、安心安全のスーパー』らしいので、大丈夫だと思われる。

てか、親父の異常なこのスーパーへの愛はなんなんだ。


「ふむ」


スーパーの店内に入ってみると、最初に目に留まったのは入り口の

近くにある野菜コーナーだった。野菜の質もスーパーの評価に

欠かせないポイントだ。例えば俺の大嫌いなこのトマト。『固くて

ヘタが緑で赤く鮮やかなものが、鮮度のよい証拠』だ。見渡したところ

殆どの物が条件を満たしているようだ。


まあ、俺が食う訳じゃないからこれに関しては何でも良い。

次にジャガイモ。これは、『シワや傷があったり、緑がかっているものは

省いた方が良い』。勿論、芽がでているものは論外だ。これも、見たところ

悪そうな商品は一つもない。他にも人参や玉葱、茄子、胡瓜と見てみたが

どれも綺麗且つ品質の良いものばかりだった。


成る程。野菜に関してはとても良い品が揃っていると見て良いだろう。

次に、肉だ。肉に関してはあまり、詳しくないが『牛肉から赤い汁が

出ていると鮮度が落ちている証拠』だと何処かで聞いた気がする。

ということで、見てみた物の一切赤い汁が出ている物はなかった。

ドリップって言うんだっけか、これ。


肉も多分だが、合格だろう。次に魚。魚は色々な部位が有るが

これも大体肉と似たようなもので、切り身の場合『水や血がでておらず

鮮やかでハリのある』ものが良いらしい。因みに俺は肉より、魚派だ。

THE 健康食。魚も大体粗悪そうなものは見当たらない。成る程。

親父が彼処まで言う理由が分からないでもない、か。


「取り敢えず、カレーは親父の専売特許だしシチューにするか」


親父は自分のカレーのレシピを持っているらしく、年に一回か二回。

昼からずっと、煮込んだりしながら作ってくれる。これがまた

美味いのだ......総合的な分野でいけば俺の方が勝っている自信はあるが。


「シチューのルーとかの品揃えも悪くないな」


何時も使っているルーが無いと嫌だったが、割とメジャーな

商品なこともあり、見つけることが出来た。買い足すものは

牛乳と鶏肉くらいで良いか。玉葱はあった筈だし。


その後、美味しそうに見えた桜餅を和菓子好きの俺は即買い物かごに

入れて、他の品々と一緒にレジへと運んだ。牛乳と鶏肉、桜餅、その他

切れていたティッシュ等の生活必需品を買ってもかなり安かったので

中々良いスーパーらしい。


そのまま、レジ袋を引っ提げて店内の外に出ると大粒の雨が

降ってきていた。風はあまり無いが雨量は凄まじく、とてもではないが

傘なしでは帰れそうになかった。先程まで晴天だったせいか、傘がなくて

茫然としている人が多数見受けられる。ありがとう、天気予報。

結婚しようぜ、天気予報。


手のひら返し甚だしい台詞を口にしながら、大きい紫色の

蛇の目模様の傘を開く。両親に誕生日、貰ったものだ。絶対あの人たち

センスオカシイ。というか、紫の蛇の目傘ってもっと似合いそうな奴が

いると思うんだが......。天気予報を信じず、傘を持ってこなかったせいで

多くの時間を雨宿りと言う形で無駄にした者達を横目にスーパーから

立ち去ろうとすると、雨宿りの者達の中に見覚えのある影を見つけた。


「・・・・」


それは心配そうに空を見つめる姿さえ、哀愁が漂い様になっている少女。

幻中だった。彼女もまた、傘を忘れた者達の一人のようで立ち尽くしている。

こんな時、一応彼女の知り合いである俺はどうするべきだろう。

折角の儲け時の季節だと言うのにこのスーパーにはビニール傘の一つも

売っていないのだ。買ってきて渡すと言うことも出来ない。


かといって、俺が彼女に傘を貸せば俺がさす傘がなくなるし聡明な

彼女ならばそれを解して、受け取らないだろう。俺の頭には今

3つの選択肢が浮かんでいる。一つ一つ順番に整理しよう。


まず、ひとつ目は彼女に無理矢理俺の傘を貸すことだ。

そうすれば、彼女が傘を受け取らなくても強引に押し付けることが

できる。但し、この場合先程も言った通り俺がさす傘が無くなる。

それに、偽善行為丸出しで自己満足にしかならないだろう。

後、冷静に考えて俺のキャラじゃない。


二つ目、俺が見なかったことにすること。一番これが現状を脱する為の

有効打となりえる方法だ。幻中も別に周りに助けてほしいとは

思っていないだろうし、俺も濡れずに済む。誰が悪いという問題でも

無いので俺が罪悪感を感じる必要もない。


三つ目、同じ傘に入って幻中を送る。はっきり言って一番

悪手だと思うのだが一応、選択として不可能ではない。只、これを

選んだ場合幻中を送る労力を差し引いても、世間一般から見たところの

『相合い傘』なるものになってしまいお互い色々と恥ずかしいことになる。

後、九割五分彼女に拒否されると思うので恥をかいて終わる可能性が高い。


「消去法で二つ目の選択肢が一番良いのか?」


一番目も三番目も大概、無理のある選択肢だ。やはり見なかったことにしよう。

そう思い、俺は幻中に出来るだけ気づかれないようにスーパーの前から

家路へと歩を進めた。と、其処から少し進んだところで目の前にコンビニが

現れた。俺は何かを忘れているような気がしながら、コンビニを見つめると

あることを思い出した。


多くのコンビニはビニール傘が売っている。つまり、俺が此処で傘を買い

傘をさしたまま幻中に届ければ誰も濡れず、誰も恥をかかず俺の心の靄も

晴らせるのではないだろうか。俺は自分で何故この考えに至らなかったのかと

驚きながら、やはり売っていたビニール傘を購入し、足早に例のスーパーへと

向かった。


「よ、幻中」


スーパーの入り口に着くとあくまで偶然を装い、俺は幻中へと話しかける。


「・・・こんにちは」


「こんな所で会うなんて奇遇だな」


少し、台詞がありきたり過ぎたかもしれないが大丈夫だろうか。


「・・・そうですね」


「ほい」


俺は軽い口調で、蛇の目の方の傘を差し出す。明らかに良質な

傘と粗悪な傘を持っていて、粗悪な方を貸すのもどうかと思ったので

貸すのは此方にした。


「・・・これは?」


俺が差し出した傘を幻中は不思議そうに見つめる。


「傘。忘れたから、雨宿りしてるんじゃないかと思ってな。

 あ、実は人を待ってるだけで傘は折り畳み傘を持ってたりするか?」


さも当たり前のように、幻中が傘を忘れたのだと思い込んでいたが

その線を忘れていた。もし、この考えが当たっていたのなら

かなり恥ずかしいが......。


「・・・いえ、その。普通に忘れました」


幻中の言葉に俺は内心、安堵する。何とか、別の理由で

恥をかくのは防げたようだ。


「そうか。じゃあ、使えよ。偶々、スーパーに置き忘れてて

 回収したら二つになっただけだから」


勿論、大嘘なのだが幻中のためにわざわざ買ったと言えば

幻中の性格上、受け取らなかったり代金を払おうとする可能性が高い。


「・・・貴方が一度、スーパーを出て帰るのを見ていましたが

 その時、持っていた傘は一つだった気が......」

 

「え」


「・・・それにそのビニール傘余りにも綺麗過ぎませんか?

 例え、大事に使っていてもそんなに新品同様のように使うのは難しい気が......」


幻中はどんどん俺が吐いた嘘の矛盾している点を突いてくる。


「......いやまあ、このビニール傘は最近買ったばかりだし。

 傘は多分、見間違いじゃないか? うん」


恐らく、幻中には大体バレているのだろうが一応、嘘に嘘を重ねておく。


「・・・そうですか」


言葉では納得したようだが、幻中の俺を見つめる瞳は何処か訝しげだ。


「ま、まあ。取り敢えず、貸しておくからな」


「・・・待ってください」


自分の吐いた嘘が完全に露呈するのを嫌い足早に帰ろうとすると

そんな俺を幻中が鈴のように綺麗で消え入りそうな声で引き留めてきた。


「どうかしたか?」


俺が振り向いて、そう聞くと幻中は大きく頭を下げ


「・・・少し、思うところはありますが......ありがとうございました」


と、柔らかな表情で言った。幻中も最近は表情が豊かに

なってきた気がする。


「おう。じゃあ、帰るか」


「・・・ちょっと、待ってください」


俺が帰宅を提案すると、また止めてきた。礼はもう言って

貰ったのだが。


「・・・このまま帰宅するのであれば、何故一度帰ったのに戻ってきたのですか?

 てっきり、買い忘れた物が有るのかと思っていましたが」


そういえば、幻中には最初から見られていたんだった。

買い忘れて、戻ったのにそれを更に忘れてたなんて言ったら

怪しすぎるし......ヤバい、言い訳が思い付かない。


「・・・そのビニール傘、其処を曲がったところのコンビニで

 売っている物ですよね。もしかしなくても、私のためにわざわざ

 買ってきてくれたんですか?」


怖い。幻中、怖い。白嶺先輩なんてゴマ粒に見えるくらい

ずっと探偵してる。幻中、恐ろしい子。


「か、勘の良いガキは嫌いだよ」


「・・・図星ですか」


幻中は『はあ......』と溜め息を吐いて言う。


「・・・いつぞやの自然観察では、自分の保身のためになら私以上の

 ことも平気でやるとか言って、かなり自分を卑下していましたが

 その割には随分とお人好しですね」


幻中も最近言うようになってきたな。


「......一応、幻中と俺って知り合いだろ? そっちは席が隣で部活が

 同じだけの知人未満の存在と思ってるかもしれないが。取り敢えず

 一応他人じゃない奴が困ってたら......まあ、助けれそうなら助けるだろ」


言葉にしていると、まるで正義の味方のようだがきっと俺はそんなに

御綺麗な存在ではない。


「・・・優しいですね」


「断っておくが、最初は濡れない俺がコンビニで買ってくるって方法を

 思い付かなかったから、見なかったことにしようとしてたからな?」


正義の味方と俺がかけ離れた存在であることを、認識してもらうため

俺は幻中にそう言う。


「・・・方法を思い付いたら実行してくれたり、助けれたら助けたいと

 思う。その考えを持っているだけで十分優しい人に値すると思いますが......」


幻中は、謎に俺を誉めちぎりまくり『それに』と付け加え

挙げ句の果てには


「自分よりも、他人を優先する人より、他人よりも自分を優先しつつ

 余裕が有れば助ける人の方が人間味が有るので、ずっと好きです」


と、まで言った。


「・・・・」


思いもよらない幻中からの好意を受けて俺は完全に黙ってしまった。

確かに最近は出会った頃に比べて表情も柔らかくなったし、幾らか心を

開いてくれたようだった幻中だがここまで明確な感情をぶつけられたのは初めてだ。

というか、今幻中特有の言葉の最初の沈黙が無かったような......。


「......あ、そ、そうか。ありがとな?」


こういう時はどうするべきだろうか。笑えば良いのか?


「・・・はい」


幻中は顔をほんの少しだけ紅潮させながら、顔を下に向けて答える。

勢い余って言ってしまったが、冷静に考えると恥ずかしくて俺の

顔が見れない、といったところか。先程も言ったが、こんなに色々な表情を

見せる幻中は極めて珍しい。


「まあ......この前も言ったが、俺程度の何処にでもいる陰キャに

 其処まで言ってくれるとは嬉しいが、期待は余りしてくれるなよ?」


「・・・はい、私自身はっきり言って貴方を完璧な

 聖人君子だとは思っていませんので......」


幻中は、小さな声でくすりと笑って言った。


「そう言って貰えると助かる。それじゃあ、三度目の正直で帰るか」


「・・・はい。あ、それとビニール傘の代金は......」


幻中は気を使うように聞いてきた。なるべくその話題に

触れないようにしていたのだが、やはり聞いてきたか。


「別に必要ない。どちらにしてもうちの家にはボロボロのビニール傘

 しかなくてな。買い換える予定だったから、丁度良かったんだよ」


幻中の為に買ったのではなく、あくまで自分のために買ったのだから

幻中は俺に金を返す必要はない。

 

「・・・いや、でも......というか、何故貴方がビニール傘の方をさして

 私に布製の傘を貸してくれているのですか? 普通、逆では?」


理由は勿論、先程言及した内容だ。


「ああ、別に。特に意味は無いが、そっちの方が質は

 良いと思うし別に良いだろ?」


「・・・不満が有るとか、そういう話では無くて......」


「まあまあ、兎に角帰るぞ......というか、幻中の家ってこの近くなのか?

 俺の家の方向と同じなら、一緒に帰ろうと思ったんだが......」 


小戸森の家も先輩の家も、何と無く聞いたし調月の家も正確には

分からないものの、俺の家の近くに家があることは知っているが

幻中だけは唯一、自然観察部員で家を全然知らない。


「・・・・」 


しかし、幻中は黙り俺の質問には答えない。


「すまん、流石にデリカシー無さすぎた。じゃあ俺、此方だから帰るわ」


俺は若干焦りながら帰宅する方向を指差した。幻中の性格上嫌なことを

聞かれても、流されて答えてしまうかもしれないということを完全に

考慮していなかった。先程の俺の軽々しい、個人情報の開示を求める

要求は完全に失言だっただろう。


「あ、いえ、嫌とかでは無くてですね。少し、考えていただけで......。

 あの今から30分程お時間頂けますか?」


失言を気にして、冷や汗を垂らしながら家へと逃げ帰ろうとする

俺を幻中は焦ったように止めてきた......それも、俺の腕を掴んで。


「え、あ、あ、う? じ、時間? まあ、全然大丈夫だが」


幻中が俺のデリカシーの無い発言を気にしていなかったこと。

あの常に冷静沈着な幻中が焦って言葉の前の沈黙がなかったこと。

何故か、急に時間があるかと聞かれたこと。幻中が俺の腕を掴んだこと。

情報量が多すぎて、俺には何が何だか全く分からなかった。


「・・・そうですか、有り難うございます。それでは私に

 着いてきて貰えますか?」


「ああ......別に良いが。その、幻中、手が......」


もう、俺は止まっているというのに幻中はまだ俺の腕を離さず

掴んでいたので、そのことを幻中に伝える。すると幻中は視線を

ゆっくりと幻中の手と俺の腕の接続部分へと落として、状況を確認した後

自分のしていたことに気付くと、直ぐ様俺の腕を離した。


「・・・すいません。無意識でした」


「いや、別に謝ることはないと思うが」


「・・・本当に申し訳ありません......では行きましょうか」


幻中はやはり無意識とはいえ、恥ずかしかったのか俺と顔を

合わせないように言った。


「因みに幻中さんは、俺を何処に連れていくおつもりで?」


似たようなことが前もあった気がする。あの時は先輩に連れられて

みさごに行ったんだっけか。


「・・・行けば分かるので、この場で言うのはやめておきましょう」


「そ、そうか?」


まあ、大体予想はついているのだが。幻中の後ろを追うように俺は

付いていくとスーパーから徒歩15分くらいの地点にマンションがあり

幻中は其処で足を止めた。


「幻中、此処って......」


「・・・私の自宅です」


やっぱりか。 幻中の家の場所についての話をしていたというのに

いきなり、付いてこいと言うのも変だとは思ったが......。同様する俺を

そばに幻中は持っていたカバンから、カードキーを取り出して扉を開けた。


「・・・どうぞ」


幻中は開いた扉のほうに掌を向けて、通るように言ってきた。


「ちょっと待て」


「・・・何でしょうか」


「これ、どういう状況?」


言われるがままに、来てしまったが今の俺を客観的に見ると

調月に何か言われても文句を言えないようなことになっていた。


「・・・扉が閉まるので、お話は上で」


幻中はカードキーで開けた扉を見て言う。そう言われると

これ以上のことは言いづらい。


「......分かった。くれぐれもこの後、俺を通報したりするなよ?」


俺はそう言い、音を鳴らしながら今にも閉まろうとしていた

扉の中に足を踏み入れた。


「・・・少々、疑心暗鬼が過ぎませんか?」


「別に付き合っている訳でもなければ、特別な関係でもない異性の俺

 なんかを家に入ようとしてるんだから、疑われても仕方ないと思う」


「・・・まあ、そうもかもしれませんが......此方です」


俺は案内されるがままに、とあるエレベーターの前にまで連れていかれた。

幻中は丁度停まっていた、エレベーターのボタンを押し中に乗り込むと

俺も入るように言ってきた。毒を喰らわばなんとやら。後戻りは出来ない。

幻中が『13』のボタンと『閉まる』のボタンを押すと、扉が閉まり

エレベーターが上にへと上がっていった。


「懐かしいな」


「・・・何がですか?」


「俺も引っ越す前、マンションだったんだよ。8階だったから

 此処まで景色よくなかったけど」


俺は何処か吹っ切れたように、思い出を語る。そもそも、まだ

マンションの中に入っただけで、家に入った訳じゃない。

つまり、セーフ。おら、春っぽい文を書く新聞社、駆けつけてきてみろ。


「・・・貴方が引っ越してくる前、ですか」


「ああ。アイツ......雪加は向かいの棟だったんだけどな。

 このマンション程立派じゃなかった」


幻中に連れられて来た、このマンションは見るからに高そうな

見た目で階もエレベーターを見たところ17階まであった。


「・・・こんなに豪華な家、私には勿体ないんですけどね」


「幻中に勿体ないんだったら、誰に見合うんだよ。優等生」


最低でも俺が今まで生きてきた中で一番このマンションが似合うのは

幻中な気がする。


「・・・別に、優等生では......」


「だから、幻中が優等生じゃなかったら誰が優等生なんだよ」


幻中は謙遜するが、幻中程の優等生はいないと思う。

何故、こんなに良い奴が虐めの標的にされなければならないのだろうか。


「・・・話が脱線してしまいましたね。すいません」


そう言いながら、幻中はゆっくりと足を進め標識に『幻中』と

書かれた扉の前で止まった。


「・・・一先ず、中に入りましょうか」


幻中はそう言いつつ、鍵を開け、大きな呻き声を響かせる扉をひらけた。


「いや、それは色々と不味くないか?」


要件がまだはっきりとしていないことなんてこの際微々たること。

俺が心配しているのは女である幻中の家に男である俺が入るという

ことへの問題だ。


「・・・やはり、私の家には入りたく有りませんか?」


幻中は声を所々掠れさせながら言ってくる。


「いや、違う。そういうことじゃない。幻中だからとかではなくてだな。

 女の家に男の俺が交際しているわけでも無いのに入るのはやっぱり

 如何なものかと思ってな」


「・・・別に、貴方が男性だからといって関係ないと思いますが。

 それとも、貴方は私の家に入ると私に何か危害を加えるのですか?」


幻中は少し、俺の立ち位置へと踏み出し近づいて言った。


「いや、断じてそんなことはないが......」


「・・・なら、良いじゃないですか」


「いやまあ、そうなんだが......なんか幻中お前、性格変わった?」


前までは、今の何倍も内気な感じで口数も少なかったのだが

自棄に今日の幻中は口数が多く、積極的に迫ってくる。言うなればそう。

若干二次創作で性格がぶれたキャラクターみたいだ。


「・・・そうでしょうか? 自覚は有りませんが」


「いや、滅茶苦茶変わってる。特に初めの頃に比べると」


もしかすると、虐められたりされていたことによって人間不信になって

いただけで、今は少しずつ本来の幻中に戻ってきているのかもしれない。


「・・・そう、ですね。貴方は周りの方よりも会話がしやすいので

 最初の頃の私とは乖離が起きているかもしれません」


幻中は意外なことにすんなりと認めた。


「・・・時間は有限ですので、納得していただけたなら

 取り敢えず中に入りましょう」


幻中は再び、扉を開けて言った。


「......了解した」


確かに幻中の言う通り、此処でグダクダやっているのはかなりの時間の浪費だ。


「お邪魔します......」


友人がいないせいで、他人の家に入った経験なんて殆どない俺にとって

恐らく初めてになるであろう、訪問の相手が女子であるというのは

中々、酷だった。俺はまるで、敵地に連れてこられた捕虜のように

縮こまりながら、恐る恐る中を見渡す。


「・・・どうかしましたか?」


幻中は心配そうに言った。俺がまじまじと家の中を見つめるので

不備がないか不安になったのだろう。


「ああ、すまんジロジロ見て。只、綺麗だと思ってな」


何処を見ても埃一つ見つからず、清潔且つ美しい家だと

玄関先を見ただけで分かった。


「・・・そうでしょうか?」


「ああ、俺の家なんて今、親父と二人暮らしだから結構散らかってる。

 あの人、変なところ潔癖な癖に物を床に放置とか平気にやるんだよ」


本人曰く、埃も髪の毛も汚い。汚れもシミも汚い。だけど別に物が

散らかってるのはその物自体が汚い訳じゃないから不衛生じゃない、らしい。


「・・・二人で......そうですか」


幻中は何故か、視線を落として若干言いづらそうに言う。


「そういえば、幻中は良いのか? 俺みたいな男を家に入れて」


流石に、現時点で家の中に親が居ると言うことは無いだろうが

それにしても後から帰ってきて鉢合わせになったら大変だ。


「・・・私は一人暮らしなので......」


しかし、返ってきたのは中々衝撃的な言葉であった。


「高二で一人暮らしって、マジかよ」


「・・・はい」


大学生なら兎も角として高校生で一人暮らしというのはあまり聞かない。

ラブコメの主人公とかは、高確率で一人暮らしか可愛い妹とかと

二人暮らしだったりするが。


「え、ということはこの家の掃除も?」


「・・・私が行っていますが」


「幻中のスペック、俺にも幾らか分けてくれ」


高校生という、決して楽ではない職務を果たしながら家を此処まで

清潔に保つことは難しい、というかほぼ無理な気がする。


「料理は?」


「・・・自炊です」


「負けました」


いや、俺は何と張り合っているんだ。別に? 料理男子だから高校生相手に料理出来る

自慢で内心マウントとってたとかじゃないし? 学校と両立しつつ家事をやってる

ハイスペック女子が居て格の違いに絶望したとかそんなんじゃないんだからね!


「・・・家賃や光熱費とかの生活に必要な金銭は仕送りして

 貰っているので誇れることではありませんけどね」


「いや、十分に規格外だから安心してどうぞ」


改めて、幻中の優等生......完璧超人さに驚かされたが此処が人の家だからか

息を吐くこともできなかった。まだまだ、俺の世界は狭そうだ。


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