幻中玲奈という少女
パンを咥えた遅刻少女との激突も無く、俺は至って安全に登校し、教師に指定された席に座っていた。隣の席には銀色の髪のTHE優等生、といった雰囲気の少女が座っている。身長は猫背の時の俺より少し下くらいで何処と無くクールなオーラを漂わせている。
一応、隣なのだから、挨拶するべきだろうか。しかし、俺はこう見えて重度のコミュ障だ。話せる気がしない。
「あ、あの......」
「・・・はい」
「あの、その」
「・・・?」
どうにか話し掛けたものの、やはり、挙動不審になってしまった。
「あー、そのだな。上里祐也だ。今日からよろしく頼む......」
「・・・はい。幻中玲奈です。こちらこそ宜しくお願いします」
良くやった、俺。本当に良くやった。
「・・・あまり私と関わらない方が良いですよ」
勇気を出して彼女に話しかけた自分を褒めていると、突如、幻中がギリギリ聞き取れるくらいの声量でそう言ってきた。
「どういう事だ?」
「・・・・」
それから昼休みになるまで、幻中が言葉を発することはなかった。
「俺なんか悪い事したか?」
幻中は俺にこれ以上関わるな、と言ったのではない。関わらない方が良いと、俺の身を案じる様に言ったのだ。きっと、嫌われた訳ではない筈だが。
幻中は学食にでも行ったのだろう。教室に彼女の姿は無い。そして、俺は金も弁当も忘れたので、こうして机に突っ伏している訳だ。
「前の学校ではアイツが毎日弁当作ってくれてたからな......」
兎に角、俺は昼飯を持っていない。弁当を分けてくれる友達も居ない。なので、じっと昼休みが終わるまで待つしかないのだ。あー、お腹空いた。
すると、教室で昼飯を食べていた担任が食事を中断して、俺の席に近寄ってきた。今朝も顔を合わせた女教師だ。思わず俺が顔を上げると、教師は口を開き
「よお、上里調子はどうだ?」
と、自棄にフランクな口調で話し掛けてきた。
「見ての通り、昼食がないので倒れてます」
「......明日からは弁当か金を持ってこいよ?」
「いや、流石にこの空腹を味わったら明日も忘れることは無いと思います」
本当に辛い。午後の授業に支障が出るレベルでお腹が空いた。
「まぁ、お前の空腹はどうでも良いとしてだ」
「え? なんか酷い」
「お前、部活はどうするんだ?」
「そうですね......。何が有りますか?」
「お前な、転校先の部活も知らないのか。まあ良い。お前、恐らく運動系は苦手だろ?」
「ええ、良くわかりましたね」
「お前の顔はどう見ても運動系には見えないからなそうだなあ。運動以外だと、科学とか文芸、吹奏楽とかだな」
「『とか』ってことは、他にも有るんですか?」
俺がそう聞くと教師はニヤリと笑った。
「ああ、あるさ、我が校が日本に誇る部活がな......」
俺はゴクリと唾を飲む。よく分からないが、何か凄い部活のようだ。
「そう! 自然観察部だ!」
「ええ.......」
教師が口にした部活名はとてもじゃないが、インパクトのある部活名では無かった。
「なんだと、上里!? お前全国の自然観察部の部員に謝ってこい!」
「いや、アンタが変に溜めるからショボく聞こえたんだと思うんですが!?」
自然観察部が日本に誇れるかは別として、科学や文芸、吹奏楽の次に普通に自然観察を挙げていれば、珍しい部という印象にはなった筈である。
「因みに活動は?」
「良くぞ聞いてくれた! 自然観察部の具体的な活動内容は大きく分けて4つだ! まず、文字通り野外へ自然を観察しに行くこと。自然の物であれば生物でも植物でも構わん」
凄い自信に満ちた顔で言っているが、普通にそれは部活名から分かると思う。てか、自然を観察しないのに自然観察部を名乗るのは詐欺。
「二つ目は野外での軽い研究の様な物だ。別に論文を書けとは言わんから気になることを実験しろ」
ふむ、確かにただ見るだけでは観察ではない。そこはしっかりしてるんだな。
「そして、三つ目は野外で観察したものについて分からないことや気になること等を全員で話し合うミーティング。......以上が自然観察部の主な活動だ。何か質問はあるか?」
「活動内容、大きく分けて4つじゃなくて3つじゃ......?」
「私は質問を聞くと言ったのだ。いちゃもんは聞かん」
「ええ......」
「で? 質問は有るのか? 無いのか?」
教師はグイグイと俺との距離を縮め、そう聞いてくる。適当に質問をして終わらせよう。
「じゃあ顧問は誰なんですか」
「クックク、やはりお前は私が睨んだ男だ。その質問をしてくるとはな......」
いや、もう察しついてますけど。
「この宗里花凛こそ岬川高校2年3組の担任にして我が校が日本に誇る自然観察部の顧問である!」
うん、知ってた。
「というか、もしかして、部員不足だから......」
「グハッ!」
「顧問として部活を存続させる為に俺を引き入れようとしたんですか?」
「グホォッ!」
分っかりやすいなこの人。
「それで? 上里は何処の部に入るんだ?」
凄い宗里先生がキラキラした目でこっちを見てくる......。
「あはは、残念ですが俺は文芸に......」
「あ?」
怖い。これでもかと言うほど睨んでくる。怖い。
「いやだって俺、前も文芸だったんで」
「なら尚更だ! 新しい体験をしてみないか?」
「まあ......確かに一理ある気もしますけど。どうしましょうか」
俺が悩んでいると先程までとは打って変わって宗里先生の表情は少し厳しいものになった。
「幻中に何か言われなかったか?」
その言葉に俺は大きな衝撃を受けた。
「......もう一度、言ってください」
「幻中に何か言われなかったか、と聞いたんだ」
やはり、聞き間違いではなかったらしい。
「......聞いていたんですか?」
「ということは言われたんだな?」
「ええ、まあ、少し。何故、分かったんですか?」
「幻中ならどうせお前に何か言うだろうと思ってな。多分、『自分と関わるな』とかじゃないか?」
幻中の喋った内容まで当ててきたぞ。この人マジか。
「よく分かりましたね」
「ああ、まあな。幻中らしいと言えば幻中らしい」
「先生は何か知ってるんですか?」
「知らん。私は幻中じゃないから」
宗里先生は『ただ』と呟き
「自然観察部に来たら少しは幻中の事もわかるかもな?」
先生がそう言った瞬間、昼休み終了五分前を示すチャイムが教室全体に響いた。先生は『じゃあな』と言ってその場から立ち去っていく。
そして、先生と入れ替わる様に幻中が帰ってきた。
「おう......」
「・・・・」
一応、目が合ったので軽く挨拶をしてみたのだが、やはり、返ってきたのは無視だった。まあ、分かってはいたが。
「自然観察部、か」
俺は幻中にも聞こえない程、小さな声で問題の部活の名前を意味もなく呟いた。




