不在
放課後、自然観察部の部室は理科室であることを宗里先生に教えて貰い、其処へと俺は真っ先に向かった。
俺は理科室の扉の前で立ち止まる。この先には幻中、小戸森、先輩、そして、もう一人のまだ見ぬ部員がいるのだ。まあ、全員が先に部室に集まっていたら、だが。俺が緊張しながら扉に手を掛けると、突然、背中を何者かに叩かれた。
「祐也君、こんにちは」
「ああ......先輩ですか」
先輩には常に『君』と呼ばれていたので名前で呼ばれるのは新鮮である。
「白嶺先輩ね」
ムッとした様子で訂正する先輩。面倒臭い。
「あー、はいはい。白嶺先輩ね白嶺先輩」
「良く出来ました。私も君のこと、祐也君って呼んでるんだから良いよね?」
何その謎理論。俺は頼んでないんだけど。
「じゃあそろそろ入ろっか?」
先輩はそう言ってドアを開け、中に入った。それに俺は続く。
黒い机と背もたれの無い椅子が並べてあり、理科室然とした部屋だ。その机には小戸森と見慣れない紫がかった髪色の少女が居た。つーか女子生徒しか居ないんじゃねえのこれ。それに、気掛かりなのが......。
「先輩、幻中は?」
そう、幻中玲奈の不在である。部室内を見回したところ、彼女の姿は見当たらない。
「あ、ほんとだ居ないね。小戸森さん、幻中さんの事知らないかな?」
黙々と教科書とノートを開き、勉強をしていた小戸森に先輩が話し掛ける。
「幻中先輩は先に帰りました」
事も無げに小戸森は言った。
「え~、肝心の幻中さん帰っちゃったのか」
先輩は俺に『ごめんね?』と謝る。
「いや、別に良いですよ。幻中目的で入部した訳でもあるまいし。......これって、自己紹介とかしなくて大丈夫ですか?」
「うーん......一応、しておこっか。皆、新入部員を紹介するよ。じゃあ、祐也君、自己紹介お願い」
先輩の言葉に俺は頷き、自己紹介をするため彼女と位置を代わる。ヤバい。何を言えば良いのかさっぱり分からん。
「自然観察部に新しく入部した上里祐也です。えーと、これから宜しくお願いします」
「祐也君、ありがとう。君の席は......まあ、適当に座ってくれていいよ」
「適当でいい、と、何でもいい、が一番困るんですよ」
あ、今の俺結婚3年目くらいの主婦みたいな事言った。
「うーん。じゃあ、調月さんの横でお願い」
おい待て。誰だ調月。いや、分かる。消去法で分かるが、初めて聞いたぞその名前。俺が彼女を知っている前提で話を進めないで頂きたい。
「先輩、調月さんって......」
「ああ、ごめんごめん。ほら、あそこの子だよ」
先輩は慌てて紫髪の少女に目をやりながら答えた。
「一応、皆も祐也君に自己紹介しとこうか」
先輩の提案には賛成である。小戸森は兎も角、調月のことについて俺は全く何も知らない。
「あ、私は部活外で既に自己紹介しました」
小戸森が何時もより声もテンションも低めに答える。やはり、部活動中の彼女と俺と飯を食う時の彼女には温度差があるようだ。
「私もしました」
そして、姓を調月と言うらしい彼女も小戸森に続いた。いや、お前は違うだろ。
「え? でも祐也君は調月さんの事を知らなかったみたいだけど......?」
「チッ」
先輩、それも部長に向かって舌打ちしたぞコイツ。怖い。とてつもなく怖い。何だよ。そんなに俺への自己紹介は嫌か。
「調月雹霞、二年四組」
面倒臭そうに雹霞と名乗った少女は名前と学年、それからクラスだけを俺に伝えるとそっぽを向いた。同級生、だったのか。
「あ、ああ......調月な。宜しく」
もうある程度察したぞ。コイツも何か面倒臭いタイプだな。というか、紫がかった長髪に猫背、腐った瞳に溢れる陰キャ感、コイツ何処かで見たことがある気がするぞ。
あ、俺か......。キャラ被せてんじゃねえよ。
「じゃあ、早速、部活動を始めよっか」
先輩はそう言って、教師用の机の中からプリントを取り出して俺に渡す。
「それ企画書。其処に自然に関する調べたい事や行きたい観察地を書いて提出してね。それが提出されないことには何も出来ないから」
「成る程。この企画書をまともに誰も出さないから活動がロクに出来ていないんですね?」
俺は企画書の内容に目を通しながら先輩にコソッと耳打ちした。先輩はバツが悪そうに『あはは...』と笑う。
「君には敵わないなあ。そう、その通り。誰もそれを出さずに勉強したり、寝たりしてる。此処はそういう部活」
俺は『はあ......』とため息を吐き、小戸森と調月が座っている机の方に行くと二人に声を掛けた。
「おい、お前ら企画書書けよ貰ってるんだろ?」
「五月蝿い。私の身体は私によってのみ、拘束され、使役されるの。勝手にさせて」
「いやいやいや......部活なんだからさ」
「だからといって、今日入ってきたばかりの貴方に指図される謂れはないわ」
「入部期間は関係ないだろ」
「大有り。私は入部してから今日まで短くない期間をこの部活でこうやって過ごしてきたの。でも、退部にはなっていない。それは顧問と部長が私の部活における態度を認めているからよ」
「暴論にも程があるだろ......」
そんな風に言い争っている俺達を他所に突如、小戸森は企画書を出して書き始めた。俺の言葉を聞いてくれたらしい。流石、めぐめぐ。天使だ。
「後輩がこんなに真面目にやっているのに、先輩であるお前は何も思わないのか?」
「ええ」
即答。
「この世界では出来る限り怠けて、如何にその怠けた反動を他者に押し付けれるかが大事なの。知らなかった?」
調月は鼻で笑いながらそう言った。
「いっそ清々しい開き直りには素直に称賛の言葉を送るよ」
「どうもありがとう」
「褒めてねえから」
「開き直りと言う言葉は私に対する最高位の誉め言葉よ」
「さいですか......」
「貴方と話していると疲れたわ。部長、今日はもう帰ります」
コイツ折れるどころか逃げやがった。
「え、あっ、ちょ...」
先輩に止める暇すら与えず、調月は『じゃあ...』と言ってドアを閉めてしまった。
「先輩、あれ良いんですか」
「良いか悪いかで言うと、悪いね。それで、調月の第一印象は?」
「逆に今の一連の会話を聞いていて、先輩は俺がアイツに好印象を持ったとでも?」
『まあ、そうだよね。あはは......』と、苦笑する先輩。何だかとてつもなく疲れた。
「なあ、小戸森」
「何ですか?」
企画書と睨み合いをしていた彼女が顔を上げる。
「幻中が帰ったこと、何で知ってたんだ?」
「部室に行くとき、偶々、幻中先輩と会ったんです。それで、今日は用事があるから休むと伝えてくれって言われて」
「成る程......」
俺が来るから休んだんじゃないだろうな、幻中。




