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マップに従い、俺は今目的地の部屋のドアの前に立っている。
中では相変わらずというのはおかしいのだが、バタバタしているままのようだ。
男性の罵声と女性の泣き声、ひたすら謝りつづけるメイドの声が入り乱れ、時より硬い物が地面に落ちる声も聞こえてくる。
俺は無表情の顔を保ちながらその門の前に立っている。
同じ門の外に並んでいるメイドや執事は緊張しながら、俺の様子をこっそり伺おうとする視線を感じながら、俺は視線を宙に浮かぶ端末の画面に走らせた。
この場所に来て他の人間と出会った瞬間、《本》に変化が起きたのだ。
具体的にタブが増えたのだ。同じこの役の名前だけど、名前の後に数字で「2」と書かれているものが。
最初に来たとき、俺はただ念のためにバックアップとしてこの本を開いたままにしていたが、まさかこんな変化が起こるなんて考えもしなかった。
当時びっくりした俺は思わず人目があるのを忘れてそのまま手で新しいタブを触ろうと手を上げてしまった。
上司が現場にいる状態でこんなことをやったらから、それを注目してほしいと捉えて視線を集めてしまうのは当然のこと。
だから俺は慌てて掌をあけて、止めるようなサインを出す。このまま黙って待機するようにと。
執事はなにかを話そうとしたが、俺は仕草をそのままに目線を合わせたら、慌てて俯いて下がってくれた。
はぁ、びっくりした。
やはり手で操作するのは不便だな。人目があるところで特に。
だがこの仕草のおかげでちゃんと画面に触れることができたから、タブを変えることができた。
俺はそれ以降、門の前で立ち聞きをするような感じで立っていながら、ずっとそのタブにある新しい内容を読み続けていた。
問題の中身なんだけど。
前半のほとんどが最初のタブとほぼ同じ内容を映し出されているが、文字化けしている部分はそのまま、だが後半の空白の部分が常に変化をし続けているようになっている。
俺は立ち聞きしながら、今起こっているイベントの部分だけを見続けていたら、そのパターン変化は俺の行動によって左右されている状態になっていることがわかった。
部屋の中で聞こえてくる内容によって、この役の心情を語る部分が追加されていく。
新しく書かれている内容がこのまま入っていくことを前提としているものばかり。だが俺がそれをせずにずっと門の外で立ち聞きをするのと、その部屋に入る前の部分の内容が変化し続ける。
面白い、そしてすごい。
この役の記憶もない俺には、この役を演じるのにあたってこれ以上ない便利な機能だ。
『そろそろ怪しまれますよ?』
そして先輩からのアドバイスが来たことで、俺はまたもや時間を忘れていたことを思い出す。
確かに、俺はこの変化を見るのに夢中でもうかなり長い間ここに立っていたのだ。しかも待機されている下の者も多数いるこの状態で。
えーと・・・どうしよう。
思わずすがる思いで《本》の中身をみると、今のこの役の心情が書かれていた。
それは自分の息子を不甲斐なさを思うあまり、失望しかけている内容だった。
お、これは使える。
俺はすこし悲しむように演技する、つもりなのだが・・・そういえば自分で自分の顔が見られないから、一体どうなっているのかが全然わからないのだ。
だが俺の様子をこっそり見続けている執事やメイドには伝えたようだ。メイドはすこし慌てるようにこっそり下げて、執事は憐れむような視線を送ってきている。
どうやら一応、この体の持ち主は家の者には悪く思われていないタイプの人間らしい。
さて、下がらせるか。これから先に親子喧嘩が起こるのはどうやら決定事項らしい。その部分だけはいくら待ってもなにも変わらなかったからだ。
『貴族の振る舞いの心得その二、極秘事項のものでなければ、下の者の目を気をつける必要はありません。良くも悪くも、堂々とするのが貴族です』
あー。そうっすか。
まぁ、貴族なんて現実では遠い過ぎるものだったからな、ならここは先輩のアドバイスに従おう。
一度顔を下に向き、そして深呼吸をする。
これから先のことを思い、心情を調整して演技をする準備しているだけど。メイドや執事にはどうやら別の意味で捉えられたらしい。
みんな、ドアの近くから離れて廊下に並ぶように移動した。
えーと。目を気にしていないようにとアドバイスをもらったが、これは・・・気を使われているのか?
まぁいいや。
俺は覚悟を決めて、ドアを押し開けた。
そして「ポンっ!」と、目の前に飛んできた花瓶にまんまと頭をぶつかることとなる。
痛そう・・・