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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第九十六夜:禁断のゲーム(11)

歴史をちょっと語ります。

最強ルアーが決まります。


時は1989年。その後30余年に渡り、日本のバスフィッシング界を牽引していくこととなる若きIKが、JBTA年間チャンピオンを2年連続で獲得した年である。

ベースメイク、若しくはそのままウィニングルアーとして語られることが多かったのが、鉛のヘッドに短冊状のラバースカートが装着された奇妙な物体。

(このルアーはザリガニを模したもの)という意見が当時のバスアングラーの主流。

(スカートが水中で開いたり閉じたりする動きは、ザリガニが尾っぽを伸びたり萎めたりする動き)という説明は、私も含めた当時のバスアングラーには、納得できるようなできないような、大変に微妙なものだった。


それでも(どうでもいいじゃん、釣れるんだから)と言うような、アメリカ人的大らかさを許容できない日本人の民族性を、あの頃強引に納得させるに一役買ったのが、比較的入手が容易だった“ギドスジグ”という名称のそのルアー。“ギドスジグ”の“ギド”は固有名詞で人の名前。 “ギドスジグ”より100倍有名だったのが、同人物がプロデュースした“ギドバグ”という名のリアル系クローワーム、つまり今では一つのジャンルとして確立されているザリガニ型ワームの元祖。

釣り雑誌で紹介される“ギドスジグ”には、大抵この“ギドバグ”がコンボされていて、従って、ラバージグ≒ザリガニという印象になった歴史があるのだ。今を時めく藤〇君も、三〇君も、こんな歴史は全く知らないことだろう。


新しいものを生み出すのは苦手だが、既存のものを昇華させる能力に関しては、右に出るものない日本人の民族性が、このラバージグなるアメリカ製ルアーに関しても発揮されたのが1990年代初頭。日本オリジナルと言えるフットボール型ディープラバージグの登場である。

ターゲットとなるレンジは5メートルから8メートルのディープウォーター。ソルトウォーターなら深海に棲む甲殻類は存在するが、淡水域となると沼エビやスジエビのような小さなエビくらいしか生息していないレンジを直撃し、そして釣果を上げる“ザリガニを模した”はずのルアー。このルアーの登場により、いよいよこのラバージグなるルアーの正体は混沌を極める。


さらに2000年代に突入し、琵琶湖を席捲したのがスイミングラバージグによるビッグフィッシュパターン。何もない中層をただただ真っすぐ泳ぐスカートを纏った鉛の塊は、全くもってザリガニのイメージからかけ離れてしまった。

それまで杓子定規に、ルアーを自然界のベイトに結び付けようとしていた日本人も、遂にそのことを諦める。


(ラバージグはラバージグ)


世の混沌を一喝するかのように、“フットボールジグを使えば世界一”と称されたプロアングラーが満を持して放ったこの一言により、このラバージグなる奇妙なルアーに纏わる様々な議論は終焉を迎えた。


(どうでもいいじゃん、釣れるんだから)


日本人アングラーはちょっとだけアメリカナイズされた。



フィールドに立つなり、ちゃんと自分で購入し、しかもちょっとした細工まで施したシャッドテールワームを、当然の如くBはリグり始めた。ノーシンカーリグだ。冷夏の影響でウィードの発育は例年より遅かったが、それでも所々に水面まで伸びたモス、すなわち藻の塊が目視できる。たぶん偶然なのだろうけど、このBがリグッたノーシンカーリグはシチュエーション的に最も今に最適と思われた。


(ベイトタックルから糸を出す場合、クラッチを切って糸を出すよりも、ドラグを緩めて糸を出す方が、仕掛け作りの際にはトラブルが起こりにくい)


いくつかそんな仕掛け作りに関してのアドバイスをBに与えたが、そこは割愛する。

そして私が最初にセットしたのは、他でもないラバージグ。

しかもナチュラルさとは程遠い“チラシカラー”と呼ばれるピンク、黄、白、黒からなるチラシ寿司の具のようなカラーのそれ。ワゴンセール品でなければ、多分手にすることのなかったカラー。自然界のベイトの形状、色合いから程遠い、まさに(何だ、これ?)って感じの物を敢えて選んだのだ。

私がそれをリグる様子をちらりとみたBは、(へぇ~)って感じの表情を見せる。

そうだろう、そうだろう。


「こいつはスモラバって言ってね、スモールラバージグってやつ」


求められてもいないのに、そんな説明を私はBに押し付ける。


(ああ)と愛想ない生返事をしたBが、この日最初の一投。

ほぼ私たちの立っている護岸と並行、岸際ぎりぎりにルアーを落とす。

これはたまげた。初心者とは思えない、いや初心者どころか正真正銘初釣行の人間のキャストなのだが、これが何とも様になっている。しかもベイトタックルだ。

そしてキャスト以上に驚いたのが、まさにルアーを落としたその場所だ。

私はこれまで何十人という初心者と釣りをしてきた。彼らの第一投目は、例外なく沖に向かってルアーが投げられるものなのだ。その幾度、(岸際から攻める方がいいよ)とアドバイスしてきたのだが、そのアドバイスの必要がなかった最初の初心者が、Bということになる。


Bの投じたシャッドテールワームが岸際を泳いでくる。

巻き速度は、私が西の湖でやったスイミングと同じ位。多分、Bの中でも、その時の印象があるのだろう。

それにしても、いつ魚がバイトしてきてもおかしくないと思える程、雰囲気がある。

その立ち姿だけ見れば、とても初めて釣りをする人間には見えない。


突然決まった釣行なので、もう日が高く昇ってしまっているが、いまが朝マズメの時間帯だったなら、あっさりと魚のバイトを得ることができただろうというのが、私の経験測だ。ならば、もうBに細かく声を掛ける必要もない。

黙って私はスモラバをショートキャストで水深1メートル近辺の岸際にプレゼントする。

水の透明度は50センチ程度。着水後すぐに目視できなくなったスモラバのフォールが止まる。着底までの時間は3秒程度。スローフォールに分類される沈下速度だ。


「何秒?」


自分の釣りに集中していたと思っていたBが、私にそう声かける。

横目で私のキャストを見ていたのだろうか。


「何秒とは?」


「着底までの時間だよ。何秒くらいかかってる?」


「ああ、3秒くらいかな。水深は1メートル強といったところだろう」


「ふ~ん、それなら半径7.5メートルまでの距離にいる魚が喰ってくる可能性があるな。少し水が濁っているから、その分を差し引いて6メートルってところか」


なかなか数字が具体的だ。しかし7.5メートルと言う数字は、私が考えていた数字と比べてだいぶん大きい。


「そんなに長い距離をバスは追っかけてくるものなのか?」


「ああ、1秒で2.5メートルが目安と考えていい。この季節ならな」


つまりBが言うには、3秒の間落ちているルアーは周囲半径7.5メートルの魚にアピールするということだ。

一端いっぱしの釣り人を自負する者にとっては、初心者との釣行なんて、本当に只のストレスってなことが多いものなのだが、今日に至っては本当に勉強になることが多い。

全くキャストに関しても不安を感じさせないBが、投げては巻き投げては巻きを繰り返し、水面を右に見る格好で歩いていく。つまり池の周辺を右回り。この方向はたまたまなのか。


「魚の後ろにルアーを落としたくないんだ。右回りに回遊している魚の頭が向いてる方向にルアーを落とすイメージだ」


これにも驚いた。ちゃんとBは魚の回遊する向きも考えてルアーを投げていたのだ。

元魚博士、恐るべしと言ったところだろう。


Bの(投げて巻き釣法)のリズムと、私の(ショートキャスト&フォール、少し揺すってピックアップ)のリズムを比較すると、少しだけBの釣りの方が、テンポが速い。

それに伴い少しずつBとの距離が開いていくが、まあいいだろう。Bの性格をよく知る私は、変なアドバイスはむしろ不要と考えたのだ。好きにさせるがよい。



「あっ、なんか追っかけてきた!」


距離にして15メートル程先行していたBが、そう言ったのは池の周囲をちょうど半周くらいした頃だった。


「よし、周波数変更作戦だ」


ごそごそとワームを付け替えているB。意外と楽しそうだ。

このルアーチェンジで、あっさりと魚のバイトを得る・・・なんてことは、やっぱり無かった。

魚釣りとは、そうは人にフレンドリーではない。

そんなBの挙動を横目に見ながらも、スモラバを小さくシェイクしていた私の右手が違和感を読み取った。もぞっと重くなるような微かな変化。す~っと聞き合せると一気に重さが生命反応に変わった。ショートディスタンスの釣りだったので、合わせと同時に魚の横腹が金色に水中で光る。

それ程大きな魚ではない。30センチあるかどうか。

多少水面でバチャバチャと暴れられたので、Bも私のヒットに気付いたようだ。

(釣れたよ)なんて声も出さず、ひょいと抜き上げる。

釣れて嬉しくない訳はないのだが、その程度の大きさの魚で喜んでると思われるのが嫌で、私は表情を崩すことを意識してしない。釣り人らしい奇妙なプライドだ。

Bが寄ってくる。


「チラシで釣れたのか」


「うん、チラシで釣れた」


まずは(何だ、これ?)釣法が、(周波数作戦)を先制する形で、私達のフィールドワークは幕を開けた。



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― 新着の感想 ―
[一言] お疲れ様です。奇妙なプライドの持ち主です。 読みつつ思ったのですが、ルアーは擬似餌という感覚は、個人個人にとっても歴史でみても、ルアーマンが通過する場所だと思いました。 IKは、あの時代…
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